長編パラレル
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「今日は流星群が見れるらしいぞ」
冬島に近づき、徐々に寒さが増してきたその日。
食堂で遅めの朝食をとっていると、横で新聞を読んでいたヤソップがそう言ってその記事の文頭を読み上げた。
「へぇ、そういえば見たことないです」
「じゃあ今夜は起きてられたら見られるな、ちょうど日付が変わる前くらいらしい」
起きてられたら、って…相変わらず子ども扱いだなぁと思いつつ、今夜は夜更かししようと決めた。ついでに見張り台の番を代わってもらおう。どうせ見るなら夜空に近い方がいい。
わかりやすく機嫌が良くなった名前は、そういうところがヤソップの子ども扱いの所以だということに全く気づかずに、ウキウキと食堂を出て行った。
今夜の見張り番の船員に訳を話すと、笑って快諾してくれた。え、でも流星群ですよ本当にいいんですか?と念押しするも、星より酒だと逆に喜ばれた。
今夜は甲板でも月見酒ならぬ星見酒で盛り上がる予定らしい。
それならばと、遠慮なく今日の不寝番を交代してもらった。
夕食を終え、厚着をして、毛布とコーヒーの水筒、その他暇つぶし道具の入った荷袋を肩にかけ、見張り台へと登る。風がなくてよかった。強風の中この大荷物で見張り台への縄梯子を登るのは骨が折れる。
「は、疲れた…」
ようやく登り切る頃にはだいぶ息が上がっていた。
登ってから荷物だけ引っ張り上げようかとも思ったが、担いで来て正解だっだと思う。この高さを引っ張り上げるのは至難の業だ。
毛布にくるまりコーヒーをすすると、ふぅ、と一息ついた。
流星群まではまだもう少し時間がある。
月は雲に隠れ、夜の海は真っ暗だった。明るかったら本でも読もうかと思っていたが…。
ふと下を見ると甲板でのどんちゃん騒ぎの灯りが煌々と明るく、騒ぎ声がこんなところまで聞こえる。明日はみんなまた二日酔いなんだろうな、そう思いながらしばらく甲板を眺めていた。
誰が誰かまでは判別不可能だが、一人だけどこにいてもわかる人がいる。
鮮やかな赤い髪、シャンクスだ。
いつもたくさんの人に囲まれていて、たまに周りからドッと上がる歓声で、盛り上がっているのがわかった。
「こーんな遠くに居ても目立つのね…」
思わず独りごちる。
たまにこうして離れたところから見ると、不思議なもので。ついついノリがよい普通の兄ちゃんと思いがちだが、仮にもこのレッドフォース号の船長で、この広大な海にその名を轟かせる四皇の一人なのだ。
そんなことを考えていると、今のこの自分達の間の物理的距離と同じように、なんだか少し遠い人のように思えた。
「よォ」
突如背後からかけられた声に、心臓が跳ね上がった。
通常このクソ狭い見張り台に人が2人入ることはない、というかガタイの良い男2人では普通に無理だ。もしや誰かがこの特等席を狙って登ってきたのか、と振り向くと、ついさっきまで甲板で盛り上がっていたはずの赤髪の男が見張り台の床に足をかけ、登りついたところだった。
「シャンクスさん…?どうしました?今日この席はわたしのものなので譲りませんよ」
「心狭いなオイ…」
シャンクスは少し眉をひそめ苦笑いでそう言うと、名前の隣にどかっと座った。
「じゃあ共有するのはどうだ?」
ニヤッと笑ってどこからともなく酒瓶を取り出す。まさかここで飲み始めるつもりだろうか…こんなぎゅうぎゅう詰めの状況で?
「いやちょっとせま…てかお酒くさい!相当飲んでますね?!よくここまで登って来られましたね…」
「ん?あー、そうだな、足もふらつくしもう降りるのは無理だな、てことで邪魔するぜ」
しまった、居座る理由を与えてしまった。余計なことを口走ったと後悔した。
居てほしくない訳ではないけれど、この距離感で二人きり。どうにも落ち着かない。
シャンクスはまたどこからともなく酒瓶を取り出し、名前に差し出すとカラカラと笑った。
「まぁまぁ、お前の分も持ってきたからいいだろ」
「わたし見張り番なんですけど…」
「いいじゃねェか今日くらい。こんな夜に奇襲かけてくる無粋な海賊もいねぇだろ」
海賊ってそんなにロマンチストなものだっけ…?
そんな違和感を感じつつも結局酒瓶を受け取った。船長から許可が出てるのだからまぁ、いいのだろう。
「…ありがとうございます、じゃ、カンパイ」
「おう」
ちょうどだんだん寒くなってきたことだし、アルコールで暖まろうそうしよう。酒瓶から直接酒をあおり、ふとシャンクスに目をやると、いつもの通りシャツとマントの軽装だった。この寒空に、深酒でこの格好…。この人死にたいんだろうか。
ハァ、とため息をつくと、右側の毛布を開いてシャンクスさん、と呼びかけた。
「お?おお、サンキュな。」
「……………いえ、」
「肌寒いなと思ってたんだ」
「そりゃそうでしょ…」
どう考えても肌寒いどころじゃない。
いそいそと毛布にくるまるシャンクス。先程一方的に心の距離を感じてたのは何でだったっけ?こうして近くにいて話していると、四皇で船長のはずシャンクスは、あっという間にただのシャンクスになってしまった。
「で、何でわざわざこんなとこへ?」
「ああ、せっかくの流星群だ、空に近いところで見てェと思ってな」
完全に名前と同じ理由だった。
であればもう何も言えまい。
「それにお前が一人で見張り台にいるって聞いたからな」
こんな狭いところで、2人でひとつの毛布にくるまっていて。どういうつもりでこういう発言をするんだろうこの人は。チラリとシャンクスを見やると、表情を変えることもなく酒を飲んでいて、きっとたぶん何も考えてないんだろうな、と視線を夜空に戻した。
「…流星群、もうそろそろだと思うんですけどねぇ、」
「…酒が先に無くなっちまうな」
先程からハイペースで飲み続けるシャンクスの酒瓶はすでに空に近い。それを見て名前はフフンと笑った。
「こんなこともあろうかと」
荷袋からスッと酒瓶を取り出す。
重さに耐えて持って登った甲斐があったというものだ。シャンクスはポカンとした顔で呟いた。
「…お前、」
「船長許可おりてますもん」
「っはは、さすがだな」
笑いながら酒瓶を受け取るシャンクスの指が、名前の手に微かに触れる。
「おまっ、冷たい手だな」
「あ、すいません。まぁそのうちあったかくなります、飲んでるし。」
「…」
少しの沈黙ののち、ニッと笑うシャンクス。
反射的に名前はギクリとする。忘れてた、酔ってるシャンクスは要注意なんだった。そう思い出した時には時すでに遅く。
あっためてやろうか、そう言うやいなやシャンクスの左手は素早く名前の右手をとらえた。上からかぶせるようにギュッと握られると、なるほど確かに彼の手は暖かかった。いやあったかい、あったかいけど。
「いや、ちょっと、お酒飲みづらいので大丈夫です」
「もうやめとけ、星が流れる前に寝ちまうぞお前」
「勧めたの誰ですか?!」
ダッハッハ、と笑い飛ばされ、でも握られた右手はそのままで。ゴツゴツとした手は暖かくて、否応もなくドキドキしてしまう。
こんなのきっとこの人にとってはいつものことだし、今日も相当な酔っ払いだし、なんてことないなんてことない。落ち着け心臓。じゃないと距離が近過ぎて動悸が聞こえてしまいそうだ。きっと顔も赤い。月が出てなくて、本当によかった。
手を繋いでるだけなのにこの威力。いやでも良く考えたら繋ぐどころか一方的に握られてるだけだな…そんなことでこんなドギマギしてるって。思春期でもあるまいし。いい年した成人女性なのにに逆に恥ずかしい気がしてきた。
それにしてもこの顔でこのスマートさ、タチが悪いにも程がある。今までどれだけ誑かしてきたんだろう。天然なんだろうか、タラシってすごい。でもまさか最初からこんなに何もかもスマートなはずないし、どういう過程を経てこうなったんだろう。そう言えばシャンクスさんの昔の話とか聞いたことないな、まぁわたしも別に自分の過去とか話したことないけど。
「…おい、名前?」
うっかり考え込んでしまっていたようで、シャンクスが怪訝そうな表情で顔を覗き込んでいる。
しかしお陰で無駄なドキドキも消え失せた。
「すみませんボーッとしちゃって」
「この状況で普通ボーッとするか…?」
シャンクスは何故かガックリと項垂れている。
まぁまぁ元気出してと一声かけようとした、その時。
「…わぁ…!シャンクスさん、見て…!」
星がひとつ、流れて消えた。
そしてまた流れては消え、また流れる。
その形容し難い美しさに、名前は釘付けになった。これが流星…。なんて神秘的なんだろう、ずっと見ていられそうだ。
そもそも星が流れるってなんだろう。どういう原理で?後でベックマンに聞くか、蔵書室で調べてみようか。
あの消えた星はどこに行ってしまったんだろう。綺麗で儚くて、なんだか切ない気分になった。
どれくらいそうしていたのだろうか。
ふと、そう言えば隣に人がいたことを思い出した。自分と同じように感動しているだろうか、それとも酒でも煽ってるだろうかと右隣に目を向けてみると、視線がバチッと合った。これは予想外だ。
「……流星、見てます?」
「ん?ああ、綺麗だな」
「…どれくらい続くんでしょうね、」
「ベックが夜が明けるまでは見られるって言ってたな」
「え、じゃあずっと見てられますね」
やったぜとばかりに視線を夜空に戻すと、隣から「寒ィ」と呟く声が聞こえた。
でしょうね、と何か暖まるものがないかと辺りを探していると、腰に手が回され抱き寄せられた。驚いて言葉も出ないのをいいことに、もう片方の手がスッと足の下に入ってきて、体をヒョイと持ち上げられたかと思ったら、すぐさまシャンクスの足の間に下ろされた。
え、これどういう状況?手慣れ感ヤバくない?
「…は?え?!…は?????」
「このほうがあったけェだろ」
「は?????」
恋人でもない異性を??正気?????
行きずりならまだしも明日も明後日も同じ船上で過ごすんですけどわたしたち。何この空気大丈夫??
「…シャンクスさんはいつもこういうことしてるんですか…………タラシ…………」
「いやお前絶対俺のこと誤解してるだろ」
「手慣れ感がハンパないんですもん…」
「それはまぁ…否定はしねぇが」
「こちとらシャンクスさんほど場慣れしてないので、ちょっと体勢変えてもらっても?」
「ダメだ寒ィ。凍える。」
「…」
「お前はすぐ逃げるから」
「…」
「こんな時くらいいいだろ」
どういうつもりなんだこの人、と思うけど、なんだか何も言えない雰囲気になってしまった。とどのつまり何が言いたいのか。聞きたいような聞きたくないような。
シャンクスの視線を感じて、言葉が出ない。
この瞳に捕まったら終わりなような気がして。
だから、逃げるのだ。いつも。
何も言えず、結局その体勢のままずっと流星を見ていた。シャンクスが星を見ていたかどうかは定かではないが。
ぼーっと星を見ていると、一瞬意識が途切れた。
頭がガクリと揺れて目が覚めるが、またうつらうつらしてくる。
「…眠いのか?」
「う、はい…ちょっと…」
何だかんだ後ろから抱き締められて毛布にくるまってるのは暖かい。アルコールのお陰もあるだろうか。
「この状況で寝そうってお前…」
「…………しょうがない…生理現象、…だから…」
「…」
「…しょうがねぇな、ホラこっちもたれろ」
横抱きのような体勢に変えられ、シャンクスの胸と腕のあたりに頭をもたれる。これならさっきより楽ちんだ。足も痺れそうにない。
「見張り…」
「今日はいい。俺が見とくから、お前は寝ろ」
「すいません…」
「気にすんな」
「ありがとう…」
ございます、は声にならなかった。
暖かいし、流星群は綺麗だったし、船長許可はおりたし。なんだか幸せな気持ちだからこのまま甘えてしまおうか、そう思った時、ふとシャンクスが動く気配がした。
唇に何かが触れた感触で、うっすらと目を開けると、視界の端に離れていく赤い髪が見えた。
「もう、そういう、とこ…ですよ…」
ちゃんと言葉になっていただろうか。
優しくて、かっこよくて、ずるい人。こういうことがサラリとできる人。本気になったら負けな気がして、いや好きじゃない好きじゃないといつも自分に言い聞かせてる。
それでも触れ合っている体温と心音は心地よく、手の温もりは暖かくて、ひどく安心した気持ちで身を委ねると、いつの間にか意識を手放してしまった。
腕の中でスヤスヤと眠る顔を見なら、非常に複雑な気持ちを抱えること小一時間。この状況で無防備にも寝てしまう女がいるなど、今までの経験からするとありえないことだった。
ちょっと手ェ出してみるくらいバチは当らねぇんじゃねぇかと思ったが、ちゃんと思いとどまった結果、とんだ生殺し状態になってしまった。
見張り台に一人でいると聞いてすぐに体が動いた。
この船内で2人きりになれることなんてそうそう無いのだ。
突然現れた俺に怪訝な顔を見せたかと思えば、寒そうだからと一緒の毛布に招き入れてくれ、そうかと思えばちょっとしたアプローチはすぐ流される。
流星は綺麗だったが、それを見つめる名前の瞳からはまるで俺の存在そのものが消えてしまったかのようで。
面白くない気持ちで抱き寄せてみれば、それほど抵抗するでもなく。(死ぬほど驚いてはいたが)
掴みどころがなくて、いつもスルスルと逃げられる。挙句の果てにこの状況でまさかの寝落ち。女の相手は数えきれないほどしてきたが、名前に関してだけは正解がサッパリわからない。なにがどうしたら響くのか。
そもそも手に入れたところで、名前はこの船の船員でもなければ、期間限定の相手として割り切れるような性格でもないだろう。
いつか船を降りることがわかっているのだから、そういった関係にならない方がいいことは明白なのだが。
顔を見るとするとそんな理屈も吹っ飛ぶのだ。
「…は、ガキみてェ」
でもそんな関係を悪くないと思っている自分に、自分が一番驚いている。
本気になる前にこの気持ちに歯止めをかけないと、いつか無理矢理にでも奪いたくなりそうで。
願わくば、そうなる前に彼女を捕まえられるよう。
そして、一際大きな星が静かに流れ落ちた。
翌朝。
見張り交代の時間をすっかり寝過ごした名前は見張り台下からの呼び声で目を覚まし、隣で赤髪の男が熟睡していることに仰天した。そして続けて縄梯子を降りてきた2人のことは、その後数週間ネタにされ続けたのだった。
「見張りしてくれるって言ったじゃないですか…」
「いやお前があったかくてついな、別に敵襲もなかったしいいだろ」
「ちょっと言い方!気をつけてください。…まぁでも本来私の仕事だったしな、ハァ…」
「まぁ気にすんな」
「しますよ!」
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