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満月が似合う君が嫌いだ

晴天に恵まれた体育祭。少し肌寒い開会式のなか、雑多な群衆の前にして、緊張しつつも堂々と挨拶をする君を僕は知った。今にして思うと、初恋の瞬間だったと思う。
別にどうってことはないけど、学校の団体行動に嫌気がさす時がある。秋の学校行事の体育祭も例に漏れない。高校1年生だけど、こんなやつも1人ぐらいいるものだろう。参加競技も選択式にならば、生徒全員でやらなくてもいいのでは…楽しめる人だけで十分だろう、と内心に思いつつもモブキャラ以上でも以下でもない僕は一生徒として参加した。朝イチの開会式、気だるさを感じていた僕の視線の枠に彼女が現れるなり、僕の心臓の鼓動は力強くリズムを打った。美人かと聞かれれば、そうではない。しかし、不意に見せるくしゃくしゃの笑顔に愛嬌がある。ハキハキとした話し方も高く結んだポニーテールも色黒の肌、どれも彼女の完璧さが奇跡的なものだということを表していた。声が震えてる。そういえば、生徒会長選挙がこの間終わって、代替わりしたことを思い出した。彼女の一生懸命な姿を見ると心が騒ついてしょうがない。注目の的の壇上で役務を全しようとするその姿勢も良い。しかし、そんな彼女は、学年の違う接点の男子のことなど知る由もない。それどころか、彼女は全校生徒のいついかなる時も視線を浴びている。僕はただ、この先1年感全校集会や学校行事で、いつも彼女を見上げることしかできないのだ。

あれから1年が経ち、僕は2年、生徒会長は3年生になった。生徒会も世代交代が行われ、彼女の姿を定期的に見上げることはもうなくなった。廊下ですれ違う彼女は、思ったよりも背が小さく幼いように思えた。学校の制服が冬服に衣替えになってから彼女は髪を下ろすようになった。

僕は高校生から帰宅部を選んだ。下校してた後は、コンビニバイトに勤しんでいる。お金を貯める目的はないが、小遣い稼ぎで時間潰しをすることに慣れてしまった。実家近くのコンビニは、郊外にあるため学校の生徒が来ることがない。あったとしても、同じ中学出の同級生と、旧友だけだ。地元は偏差値の低い学校しかなく、進学校というものを体験したいとわざわざ距離のある学校を受けた。バイト時間の最後の客にタバコを渡す。夜バイトの先輩と交代し、帰宅しようと店を出たところ、さっきタバコの客とその連れにばったりあった。店員の役を降りた僕は目線を外すが、その過程で見た客の連れの1人は、前生徒会長と瓜二つというか、まさにその人であった。帽子こそ深く被っていたが、口元のほくろが彼女であることを証明していた。僕が私服でなく、制服であったらもっと彼女の反応が現れて確信が持てただろうに損をしたもんだ。しかし、彼女は生徒の模範とは真逆の不良のように見えた。タバコを口に運ぼうとしていたのだ。よく見ると、耳にかけた黒髪の下から覗く耳たぶにはピアス穴が空いている。20:05に出会った彼女は、生徒会長と全くの別人だと思いたい。ちょっとした苛立ちの原因がなんなのか、すぐには落ち着かず、その夜僕は自転車を性に合わず全力で漕いだ。

1ヶ月ほど経った。あの日からタバコの男はよく見るが、生徒会長の彼女の姿は見えなかった。ずっと、本人か、誰の連んでるのか気になっている。バイトから帰ろうとすると、またあの男が店内に入っていくのが見えた。まさかと思いあたりを見渡す。予想通り彼女の姿がそこにあった。僕は制服を着ていた。あの男が帰ってくる前に確かめることがある。使命にかられたように、僕は勇気を出して、外で待つ彼女に声をかけた。彼女はコートを着ていたので、制服を着ているのか分からないが、間違いなく前生徒会長であった。
「あの…、タバコは体に悪いですよ。受験生ですよね?」
「…君のことは見知っているよ。朝礼の時、君とよく目が合うの。…やっぱり、ここのバイト君だったんだね。ここは、学校ではないの、息抜きしてるだけだから、ほっといて。」
「トラブルに巻き込まれてるんですか?あの人との関係は?…すみません。僕は、きっとあなたのことを心配をしているんだ。」
「友達でもないのに?私はあなたと何も交流がない。」
「…ただの憧れで…生徒会長に関心があったんです。あなたに。」
「どっちも私だよ。学校での私も今の私も。君がどういう私が好みなのか知らないけど、結局のところ何者でもないんだ。だから、学校での私を知らない人とつるんで保ってる。私が綻ぶ前にね。あのひとの代わりは君には、できないよ。」

彼女の背後には月が昇りかけている。月は大きくて、明るくて、嫌気がするほど湿っぽかった。満月が似合う君と僕との間に、相容れない距離を感じた。帰りの自転車を全力で漕いだのだが、悔しさともの寂しさを風でかき消すためだった。目の前が滲んで、月がはっきりと見えなかった。
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