2075年夏、東京、昼。熱気を帯びるひび割れたアスファルトに人の影が落ちることは無い。
　デジタル技術の進歩により、人間の生活は豊かになった。メタバーズの実用化が進み、家庭への普及が98%になった今、在宅にいながら仮想空間でのコミュニケーションが可能になった。仮想空間内の自分は、最初こそDNAにも付いたアバターが割り当てられるが、自由に変更することも可能だ。好みの外見にいつでも変えることが出来る。相手の年齢は承認を得ることができなければ、知ることができない。国籍、性別、年代関わらず、フランクな関係を持つことができる。それでも、人の人生は限りあるもので、年代ごとの役割・タスクは2000年とそう変わらない。適齢期になれば、就学し、就活し、結婚等するようになる。ただ、仮想空間内で人生のほぼ全てが事足りるだけだ。
　今年25歳になる私は、目前に就活を控えている。いつもの無機物な椅子に腰掛け、備え付けられているボタンを押す。椅子は機械音を鳴らしながら、私の白い四肢を包み込み、やわい目を覆った。今の健康状態と、視界、聴覚、腕、手、明日が機会とリンクできれば、仮想空間内の自分と同期が完了する。
　
　HALLO , NEW WORLD
　目の前に映り出される文字。
　
　今日は一社の会社説明会に参加する。私は参加企業の特設サイトに入場した。司会進行役のアバターが話し出す。「本日は、トキメキライフ株式会社の会社説明会にご参加くださりありがとうございます。私達は、「トキメキをそばに」を企業理念に掲げ、ユーザーのヒトによるヒトらしいデジタルライフの情緒的支援を行っています。　今回は私達のリアルな仕事内容の一部をご紹介します。秘密保持契約のため、本説明会で見聞きしたことは他に漏らさないようにお願いします。我が国のデジタル省の統計結果によると、晩婚化による少子化が進み、異常な速さで国の人口が減少しています。昨今の世界情勢により、国間の人口の出入りが禁止されたため、外国の労働者を招き入れることができません。国家機能を維持する為の労働人口は30年後には65%になる予想が有力視されています。私たちは、人口の減少を食い止めるため、若者人口の異性に対する性的興味、嗜好の教育支援を行います。私たちの事業の結果が出れば、25年後の労働人口は100%になる予定です。・・・」

　環境破壊が進み、地球温暖化や異常気象は増すばかりだ。夏の昼間の温度は47度を連日更新している。また、新規ウイルスの蔓延がひっきりなしに続いている。外で活動するのは、ロボットと犯罪歴がある人とロストタウンの人と一部の物好きだけだ。優秀だと評価されている人類は閉じ篭もるようになった。45年前と比べて不便だと老人は嘆くが、便利になったこの世界は最高だと私は思う。

HALLO , NEW WORLD。私たちは自由だ。