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露天商



「はぁ、」

カツンカツンと、高いヒールの音にため息がかき消された。

星が輝き、人々は寝静まるこの時間、この時間に職場から帰る私は……



(大佐がもう少し仕事をしてくれればっ…!)



万年サボリ魔の上司を恨めしく思っても、疲れがとれる訳では無い。しかし、今日は一段と忙しかった。あと判子を押せば終わる仕事がいくつあるか…明日こそは仕事をしてもらわないと…またこの時間に帰ることになる…。


「はぁ、」


書類と一緒に持っているのは忙しすぎて食べようと思っても食べられなかったサンドウィッチ、もうすでに美味しさを感じられない程にしなびれていて、いまのわたしの疲れを表すようにぐったりと袋から顔をのぞかせている。

ため息をついても何も始まらない。 今日は少し近道をしよう。

石畳の細い裏路地を左に曲がれば自分のアパートまでの近道だ、普段は人通りもなく治安が悪いこの道は軍人といえど遠慮したい。


……というか、怪しい場所に軍人がいれば 変なうわさがもれなく立つものなのだ。


カツンカツン、ヒールの靴が石畳を鳴らす。女性特有の華奢な音が人気のない路地裏に響く。




『そこのきれぇーなお嬢さん!お困りのようですね!!』



ぞくり、真後ろから声が聞こえた。

たとえ勤務時間外であっても、こんな路地裏で後ろを取られるなんてバカではない。


最小限の動きで右の太ももにつけてあるホルダーに手を添える。


くるりと音がしたほうに振り向くと。

黒いマントを顔が見えなくなるぐらいかぶった【商人】らしき人間が、コレまた真っ黒い敷物に所狭しと【商品】を並ばせていた



「貴方なにしてるのここで、」


『お困りの方を助ける素敵なものを売っています!!!』


表情も見えない、声もおかしい、ここの地区は露天売りを許可していない、こんな時間にまともな店は営業しない。
誰がどう見ても黒で(見た目の話ではなく)捕まえるには十分だ。

しかし、下手に刺激して朝まで取り調べコースはお断りしたい。。


「…許可は、もらってるの?」

この地区は露天営業を許可していない。ここで嘘をつけば……


『きょ、 きょ、許可ですか?あ、えっと……』


「……………」


さっきまでの威勢はどこへやら。まぁ下手に嘘をつくよりまだまともな商人なのかもしれない。


『もらって…るようなないような……』


「はぁ、駄目よ無許可でこんなことしちゃ」


『軍の人に見つからなければ!』


ガッツポーズを見せるが、残念

「わたしがその軍の人よ」

死刑宣告のような事実を伝えると、一切表情が見えないながらも〔焦り〕が伝わってきた。


『えええええ!!!こっ今回だけは見逃してください!あっ!お嬢さんには格安にしますから!!』

何の解決にもならない解決案を提示してきた商人。

よく商品を見てみても、どうみてもガラクタばかり。糸で編まれたなぞの飾り、首が揺れる金髪の男の子の置物、カラフルな飴が入っているビン、時計に至っては針が動いてはいるものの進んでいない………

「…格安って言ったって、なにを売ってるの」

なに屋だと聞けば10人がガラクタ売りだと答えるであろうラインナップ


『何でも売ってますよー、悩みにあった商品を提供させていただいております!!』

えっへんと言わんばかりに腰に手をあてて胸を張る商人。


「…(うさんくさいわね、)そうね、じゃあサボリ魔が仕事をするような物はある?」

とは言いつつこの商人の接客態度はなんだか惹かれるものがる、なんだか話を聞きたくなっちゃうような。

『おお!ちょっとまってください!……あったっけかな、』

商人はさらに後ろに隠していたのか黒い袋の中を漁っていた。それほど大きくない袋の中を入念に探している。




『これなんていかがですか?』



商人が取り出したものに 息を飲んだ



「…これは?」


ごくりと、またホルダーに手をかける


『ぱららっぱっぱら~ん!やる気のない人に打ち込めばすぐにやる気をだす銃~~』



銃、いま自分が手にかけているホルダーの中身と同じ、銃


先ほどまで少しまともな商人なのかと思っていた自分を殴りたい。


「……貸してもらえる?さわって商品を確かめたいの」


『どうぞどうぞ~ 気に入っていただけるとよいのですが~』

相手を刺激させないようにポーカーフェイスで手を伸ばし、チープな色合いに塗装された銃を受け取る。


受け取った瞬間、ガクリと肩から力が抜けた。

……軽い、軽すぎる。ありえない。


「コレが…銃??」

『ええまぁ!効果は保障しますよ? もちろん安心コースn「ちょっといいかしら」…え』


コレが銃なわけがない


「マガジンはどこに入れるのかしら」

つるりとしたおもちゃのようなボディをなでた


『ま、まがじ、、あ!弾倉のことでしょうか?残念ですがお客様は明けられない仕様になっておりまして……』


「そう。薬莢はどこから出るの?薬室に入ったまま?というか薬莢の匂いも火薬の匂いもしないし、それにこのボディ、触った感じ薄そうだけど撃ったときの反動で手元でばらばらに弾けないかしら?」


『さ、さすが軍人様……お詳しいのですね。。』

たじたじと言った様子で商人が一回り小さくなった(気がする)

……少し言い過ぎたかしら。

『大丈夫ですよお嬢さん!ご安心ください!!火薬なんて危ないものは一切使用しておりませんし!安心安全の誤射対応システムで損はさせません!!』


一切大丈夫なのは伝わらないが、まぁこのオモチャの銃なら警戒することもないでしょう。


『ですがお嬢さん、こちらの商品…』

「なに?」


『大変人気となっておりまして、在庫がこちらの1つしかないんですよ~よろしいですか?』

ゴマをするように擦り寄ってきた商人。いつの間にか買う流れになっていた、商売上手。


「…ええ、じゃあそれを買うから、もうここではお店を開かないって約束してくれる?」


『もっちろんです!早速お会計ですが…こちらは大変人気でして、皆様喉から手が出る程欲しがってお求めになるんです!いくらお嬢さんに格安でと言いましても…そうそうやすく』

ぐぅぅ~~~……

悲痛な叫びが路地裏に小さく響いた


「…これ、食べる?」

自分が差し出したのはどうせ捨てようかと思っていたサンドウィッチ、まぁこのまま持って帰ってもゴミ箱行きだし、

『いっいいんですか?』


「そのかわり、その銃と交換よ。」

銃と萎びれたパンを交換なんて、普通に考えたら割に合わない。


『うぐぅ、 商売上手ですね…わかりました!いいでしょう!!』

案外あっさりと交渉は成功した。

持ってみれば見るほどバカにしている銃だ、そういえば最近小さい子たちのなかで水鉄砲とか言うオモチャがはやってるとか聞いたわね……もしかして、これは、それ??


『もふもふまたのもふもふご来店をもふもふおまちもふもふしてもふます!!もふもふ』


「ねぇこれもしかして…」

食べながら聞こえてくる声に最後の質問をしようとした


が、


目の前には何もない路地裏が広がっているだけだった。


「え」


360度見渡しても、商人はいない。

もちろん商人と話してから自分は一歩も動いていない。


「は」


間抜けな声しか出ないが、半分夢でも見ていたのだろうかと、ふらふらの足取りで自宅に帰った。


___


「なんだったのかしら」

きっちりと軍服のボタンを上までしめ、大佐に渡す資料をかき集めても。浮かんでくるのは昨日のこと

あの後、やはり自分の荷物の中にはオモチャのような銃が入っていて、

分解しようにも一ミリも開かないボディに30分で根を上げた。 ほんの少しの好奇心で、迂闊にもトリガーを引いてしまった。しかし

何もおきなった、水が出るわけでもなく、弾薬が出るわけでも、銃身の中で何かアクションが起きた手ごたえもない。


「騙された……ってこと」


とりあえず仕事終わりに解体するために軍の射撃場の整備室を借りることにした。

そのためにも今日は大佐に仕事をして欲しい。

少しでもやる気を出してもらいたくコーヒーを入れたり、資料を見やすくまとめたりしているのに、


この人は仕事をしてくれない。


オモチャじゃなくて本物銃を打ち込んでやろうかと 悪魔のささやきが頭を過ぎる。


「はぁ」

ため息とともに視界に入ったのは昨日の銃


何度も試しうちをした。うんともすんとも言わなかった。

大佐は今日も仕事をしてくれない。

『やる気をだす銃~~』

商人の気の抜けた商品説明がちらついた


かちりとトリガーに指をかける

銃口をこっそりと大佐に向けた

「バーン、、なんてね」

撃つ振りだけして 自分の子供っぽさに呆れて銃を仕舞おうとしたとき

ピリッと 静電気のようなものが指先に走った。


まさか、


自分の上司に銃を向けたなんてしゃれにならない。顔から血の気が失せていく。


「たったい 大佐!」


自分の焦った声に大佐が振り向く

「ん?」

いつもと変わらない大佐、

「え、あの、何か…おかしなところは、ありませんか?」


「はぁ? どうした急に、いつもどおり見やすい資料だぞ」


「い、いえ、はい、そうですか…それなら……」


今のは、いったい……?


手元を見るとさっきまで握っていた銃がなくなっていた。

足元を見ても、落ちてはいないし、荷物の中にもない。

「どうした少佐、さっきから」

「は、 すみません」

今は仕事中だ、ふざけている場合ではない


「? まぁ、ほどほどにな、次の資料をもらえるか?」

「はい! 今すぐ………に?」


「どうした少佐、仕事がおわらないぞ?」

「は、はい!」




……まさか、ね。


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