花言葉は、

  *

「その花を覚えているか、胡蝶」
 自身が手向けた花に目を向けながら、義勇はまたゆっくりと話し始めた。
「房藤空木……おまえがあの時教えてくれた花だ。本来は、夏から秋にかけてが盛りらしいな」

(そういえば、あの会話をしたのは秋だった気がする……赤とんぼが飛んでいた)

 窓辺で揺れる藤色の向こう側を、優雅に横切っていく茜色。そんな光景を、義勇は今さらながらに思い出した。

「嘴平が蝶屋敷の裏山に入った時に、季節外れに蕾をつけていたものをたまたま採ってきていたらしい。今朝、神崎が綺麗に咲いたからと、わざわざ俺の屋敷まで持ってきてくれた」

『しのぶ様に、返事をして差しあげてください』

 房藤空木の小さな花束を抱えてやってきたアオイの言葉と懇願するような表情が、義勇の脳裏によみがえる。
 花言葉を尋ねたあの時――きっと彼女は、答えを聞いた義勇の動揺と後悔に気づいていたのだろう。
 そして、自身の敬愛する少女が遺した意図にも。

『ねぇ、冨岡さん。約束ですよ。いつかきっと、お返事聞かせてくださいね』

 そう言って顔を覗きこんできたしのぶの笑顔を思い出し、義勇の胸が軋む。
 いつものたおやかな、彼女の姉のそれを模した偽りの笑顔とは違う、はにかんだ微笑。
 そんな、まさに十代の乙女にふさわしい可憐な表情に、義勇は思わず見惚れてしまったものだった。

「あの時のおまえの言葉の意味が、あの笑顔の意味が、ようやく分かった。だが、気づくのがあまりにも遅すぎた……本当にすまない……」
 義勇の後悔が絞り出された苦いつぶやきを、柔らかな風が攫っていく。
「神崎に背中を押してもらわなければきっと……俺はずっと、ここに来ることさえできなかった……彼女には感謝しかないな」
 己の不甲斐なさに自嘲の笑みをこぼすと、暗い気持ちを追い出すようにひとつ深呼吸をし、義勇は改めて目の前の墓碑に刻まれた少女の名に向きなおる。
「こんなに遅くなってしまって、なにを今さらと思っているかもしれないが……どうか、俺の返事を聞いてほしい」

 そうして義勇はようやく、ずっと彼女に伝えたかった想いを口にした。
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