ジュラキュール・ミホーク:同会社・専務。前妻とは死別している。剣道師範代。
ミホークの娘:保育園に通っている。キッズ剣道三段。
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「勝負あり!」
審判旗をあげるミホークさんの声が体育館に響き渡る。ワッと歓声があがり、周囲につられるまま拍手をした。今日はキッズ剣道の大会にアリスさんが出場されるとのことで見学にやって来たのだった。ミホークさんは朝からずっと主審を務めている。
腕時計に目を遣ると、…現在午前11時45分。確か12時から一時間ほど昼休憩に入るはずなので、そろそろお弁当の用意をしなくては…!アリスさんの試合は午後の部に控えていた。
彼女はキッズ部門とはいえ有段者という、大人顔負けの実力を持つ。が…試合前は誰しも気が立つものだし余計なことで集中を乱したくはないので、今日私が来ていることは内緒にしておいてほしいとあらかじめミホークさんにお願いしていたのだ。なので昼休憩に入り次第、持参した手作りのお弁当を彼へ託してから早々に姿を隠さなければならない…!
というわけで私は一人、観客席を後にした。休憩前のロビーはまだ人の往来もまばらで、どこでミホークさんが出てくるのを待つのが良いかと視線を巡らせながらうろうろしてみる。
「…ん?ミツキか…?」
通りすがりに後方から名前を呼ばれた気がして振り返ると、そこには道着姿で小脇に竹刀を三本抱えた青年がこちらを見て立っていた。
「ロロノアくん!来てたんだ!」
「おう、まァな。」
ロロノアくんはミホークさんが教えている社会人剣道の門下生で、一番弟子だ。私も道場へお邪魔することがあるのでよく顔を合わせる。
「…今日…試合、じゃないよね?」
「あァ…いやその、娘のウォーミングアップに付き合えって師範に頼まれてよ。」
「そ、そうなんだ…(すごいなアリスさん)」
「お前こそ何してんだこんなとこで」
「私はその娘さんの試合を見に…あっ、そうだ!これ良かったら」
カバンの中からおにぎりを二つほど取り出して彼に渡した。突然何事かと驚きながらも促されるままそれを受け取るロロノアくん。…一瞬、互いの指先が触れる。
「これからお昼だよね?ちょっと作り過ぎちゃってさ」
「いいのか?」
「うん!お口に合うかわからないけど」
「……ありがとう。」
ロロノアくんは片眉をあげながらポリポリと頬をかく。おにぎりくらいでそんなに照れなくてもいいのに。
「それじゃ、私はこれで!試合がんばってね!」
「俺ァ試合じゃねェっつの!!」
「あはは!そうだったー!」
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「どうした?あまり箸が進んでいない様だが」
「うん…」
「お前の好きなたこさんウインナーもあるぞ」
「………。」
(ウサミさんが、きてる。…ロロノアとたのしそうにはなしてた。)
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「…大丈夫か?」
「、なにが」
「お前、今日調子悪いだろ」
「べつに。ふつう」
「そうか?…ならいいけどよ。」
「あのさ、ロロノア」
「ん?」
「………なんでもない。」
「?」
(ていうか、なにしにきたわけ?いつもはパパにつきまとってるくせに…ほんとムカつく。あーイライラするっ!)
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・
午後の部が始まった。いよいよアリスさんの出番だ。ミホークさんが主審として見守る中、位置について構えている。場内も私も一様にして緊張が高まった。
(……パパをきずつけたりしたら、ぜったいゆるさないんだから)
「始め!」
ミホークさんによる開始の号令と共に、凄まじい気迫でもって一気に踏み込むアリスさん。ゴォオッと風を纏うその姿に誰もが息を呑んだ。
「やぁぁぁあ!!!!」
竹刀を打ち付ける音が激しく響く。一本…二本…と目にも留まらぬ速さで有効を獲って、あっという間に勝利を収めてしまった。私を含め、観戦に来ている親御さんたちは彼女の別格強者たる姿にワァッと沸き上がって喝采を贈る。
(さすがアリスさん!かっこよかっ…)
大会が終わって、二人の元へ駆けつけようとロビーを急いでいた私は急ブレーキをかけ立ち止まった。人の少ない廊下、数メートル先のベンチにアリスさんが座っている
…わんわんと、泣きじゃくって。
「アリスさん…?どう、されまし「ちょっと待った。」…っ!!」
明らかに嬉し泣きというわけではなさそうで、何事かと胸が締めつけられる想いで駆け寄ろうとした瞬間…後ろから肩を掴んで止められる。ロロノアくんだ。
「…あいつには俺がついといてやる。」
「でもっ」
「悪ィが、
そう言って親指を立てて指し示された先を見ると、少し離れた非常階段にズーン…と重暗い影を背負ったミホークさんが腰を下ろしていた。
「…世話のやける親子だ」
ロロノアくんはやれやれと口角を上げて、アリスさんの方へ歩いていってしまう。私は後ろ髪を引かれる想いで非常階段の方へ向かった。
「……親というのは難しいものだな。」
気配でわかるのか、私が近づいただけでミホークさんは顔も上げずにポツリとそう溢した。
「ミホークさん、アリスさんと何かあったのですか?」
目の前にしゃがんで俯く顔を覗き込んでみる。いつもの無表情で地面の一点をぼうっと見つめているだけで…どことなく、傷心しているらしいことが読み取れた。
出会ったばかりの頃は何を考えているのか全くわからない人だったのに。
「力を抜けといつも言っているだろう。何だ、あの剛剣は」
「でもパっ…、……しはん…」
「心の乱れが太刀筋に出ている。」
「………っ、…でも…」
「勝てばそれで良しというものではない。わかるな?」
「……はい…。」
「よく反省するように」
なるほど。今日の試合についてアリスさんを叱責したと…。
「師範としての指導は間違えていなくても、お父様として…正しかったのかどうか、気に病まれているのですね。」
「少し…言い過ぎたのかもしれん」
表情や佇まいは一切変えないまま、纏う空気だけが“パパ”になる。大事なアリスさんを泣かせてしまったことできっと動揺されているに違いない。
「私も剣道については素人ですから何も言えませんが…アリスさんなら、どんな厳しいお言葉でもご指導の賜物とおわかりになるはずです。とてもお強い方ですし、お父様の教えはちゃんと日頃から心得ていらっしゃいますから!」
「……だと良いのだが。」
ミホークさんがハァ、と溜息を反動にして腰を持ち上げたので私も一緒に立ち上がった。
「少し、時間を置いてから」
「?」
「今日頑張ったことを、
「………、」
「それに結果や内容はどうあれ、アリスさんが今日頑張っていらっしゃったことは事実です。午後からの試合に備え、朝早く起きてロロノアくんと稽古をして。なのでお父様としてそこを褒めてあげられたら…って、すみません!!また差し出がましいことを」
「いや、」
ミホークさんが一歩分の距離を詰め寄って影が落ちてきたと思った次の瞬間…ふわりと、その逞しい腕の中に閉じ込められてしまった。
「…!……ミ、…っ…」
「すまんが…しばらくこのままで。」
「…、…はぃ………」
(だ、誰かに)
見られでもしたら…!と思うと気が気では無く、全身が強張る。
普段仕事の時につけている上品な香水の香りが、今日は無い。ほんの僅かに汗を含んだ彼自身の匂いが鼻孔をかすめてそれがどうにも安心を誘うので、ほっとして徐々に力も抜けていった。ただ
(……あつい…)
細身に見えて意外としっかり筋肉質な体型のせいかミホークさんは代謝がとても良く、常に体温が少し高い。そんな彼に密着されてこちらまでじわじわと汗ばんできてしまった。
私の肩口に顔を埋めたままミホークさんがスゥ、と深く息を吸うのでドキリと心臓を鳴らしている間に、彼の唇が私の首元に押し当てられる。ほんの一瞬のことでちゅっと音を立てそれはすぐに離された。
「ならば」
「…、?」
急にいなくなった温度。爽やかな風が肌に残る余熱を撫でていく。
「……俺のことは、お前が労ってくれるのだろうな?」
それは、“パパ”とはまた少し違う
「………いい、ですけど…」
どう返すのが最善なのかわからないままモゴモゴと口籠る。彼の瞳から逃れることなど、到底できやしない。
「言ったな?」
「…う、!」
世話の焼ける親子だ