ジュラキュール・ミホーク:同会社・専務。前妻とは死別している。剣道師範代。
ミホークの娘:保育園に通っている。キッズ剣道三段。
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「なんでウサミさんがここにいるのよ」
お父さん譲りの鋭い眼光が、グサリと私を貫く。仕事終わりにダッシュで向かって玄関口に駆け込みしな、掛けられた第一声だった。ハァハァ息を切らしながらアリスさんを見ると…心底うんざりした様に溜息を吐いて視線を逸らされる。
彼女の隣にはぐずぐず泣き腫らした男の子が3人、その向こうに保育園の先生と、彼らのお母様方。
…つまり、ちょっとした地獄絵図。
「保護者代理のウサミと申します。この度は、大変申し訳ありませんでした。皆さんお怪我はありませんか…」
見たところ大きな怪我は無さそうで胸を撫で下ろしながら深々と頭を下げ、駅ビルで購入してきた菓子折りをお母様方と先生に配る。
「大した怪我は無いみたいなので、全然大丈夫なんですけど…」
「先生も目を離してたって言うし」
「す、すみません…!」
「あんまり女の子が乱暴なのも、…ちょっとねぇ?」
アリスさんが、ピクリと僅かに肩を揺らした。私は彼女の前にしゃがんで視線を合わせる。
「アリスさん。」
「……なに」
「もう一度、ちゃんと謝りましょう!」
「いやだ。わたしわるくないもん。そうじしないやつがわるい」
「いいえ。どんな理由があろうと、相手を傷つけてしまったら悪くなってしまうんです。」
「………。」
「お父様の教えを思い出してください」
掃除の時間に勃発した喧嘩なのか、アリスさんは腰のあたりに剣よろしく子供用のホウキを携えており、その柄を握る手にぐっと力が込められた。
「アリスさんの剣は、人を傷つけるためのものではありません。」
「……よわきを、まもるため…」
お父さんの言葉を反芻する様にボソリと呟く彼女に、にこりと微笑んで頷く。
「………ごめんなさい。」
まだ若干不服そうではあるものの、きちんと男の子たちに向き直って謝罪の言葉を述べられたので、私は彼女の後ろで口角をあげた。
「…さ!君たちも、アリスさんに謝ってください。」
「!」
立ち上がり、アリスさんの肩に手を置いてその向こうの男子たちに呼び掛ける。私の発言が意外だったのか、アリスさんは驚いたようにこちらを振り返り見上げた。
「はぁー?」
「なんでおれたちがあやまんなきゃいけねーんだよ!」
「おれたちヒガイシャだぜ?」
「ちょ、ちょっと、ウサミさんっ…」
「うちの子が何か悪いことしたって言うんですか?」
「手出してきたのそちらなんでしょう」
「この子たちが謝る必要ないと思うけど」
大ブーイングの子供たち、慌てふためく先生と、ざわめく親御さんたち。
「喧嘩両成敗という言葉があります。アリスさんは理由もなく暴力を振るう方ではありません。…君たち、本当に自分は1ミリも悪くないと思いますか?掃除をしていなかったと、アリスさんは言っていましたが」
「ンだよ、このおばさん」
「うっぜ」
「ぼくたちそうじしてましたぁー」
「…あくまでシラを切りますか…良いでしょう。それなら、これは何ですか?」
肩に置いていた手を移動させ、アリスさんの額を撫でる様に前髪をめくって見せる。
「「「!」」」
彼女のおでこには、擦り傷があった。子供も大人もその場に居た全員がそこに注目し、状況が変化する。
「ちょっと!何あれ、あんたたちがやったの?!」
「っ、…ち、げーし!どうせじぶんでやったんだろ!」
「正直に言いなさい、ママ怒るよ?」
「だって、さきにやってきたの、そっちじゃんか」
「アリスさんは謝りましたよ。…これでもまだ、自分は悪いことをしていないと言いきれますか。」
…この年頃の男子だ、なかなかすぐに切り替えるのは難しいだろう。私は彼らに直接問い掛けている様でいて、親御さんの言動にも目を光らせていた。
「……めて」
「?」
すると突然、下の方からアリスさんのか細い声が聞こえてきて、視線を落とす。…同時に、額に置いたままだった手を、思いきり振り払われてしまった。
「もう、やめて!こんなのぜんぜんいたくない!!よけいなことしないで!!」
「アリスさんっ、す、すみま…」
「あんたなんかきらい!ママでもないくせにッ!!」
「……、…」
言葉が、出てこない。
またやってしまった…またつい、余計な口出しを。
……母親でも…ないのに。
「すまない、遅くなった。」
気まずい沈黙を打ち破る様に低い声が飛び込んできて、一瞬だけ止まっていた時が再び動き出す。
「パパっ!」
アリスさんは私の横をすり抜け、玄関口に現れたミホークさんの膝元へ抱き着いた。…駅から走って来たのか、ジャケットを腕に掛けほんの少しだけ呼吸が上擦っている。
((((ジュラキュールさん…今日も素敵…!))))
ゴクリ、と生唾を嚥下する音が聞こえてきそうなくらい、急に色めきだつご婦人の皆さん。ミホークさんが先生方やママさん方の間で密かにアイドル的存在となっていることは知っていた。ちょっと天然の気がある彼はそのことにまったく気づいていない。
「娘がご迷惑を、」
「いっ、いえいえ~!!こんなの大したことじゃないですぅ」
「ゴジバのチョコレートまでいただいてしまって~!!」
「ご丁寧にすみません~!!」
菓子折りは私の独断だったので、ちら、とミホークさんがこちらを見る。無表情からではその意図は汲めないが、何にせよ一先ず彼が来てくれたおかげで今し方まで凍りついていた場の空気が和んで良かった。
「…アリスちゃん、おでこ大丈夫?」
「そうよホラ、あんたちゃんと謝んなさい!」
「えぇ!なんでだよ!?」
「うるさい!言う事聞きな!ゲーム取り上げるよ!」
「ハァ、……すみませんでしたー」
夕日がビルの向こうへ沈んでいく遊歩道を、三人で歩く。
「おかげで助かった。礼を言う」
「いえっ私は何も……結局は専務のお力だったと思います。それに、」
少し身を乗り出してミホークさんを挟んだ反対側を覗き込むと、パパと手を繋いで歩くアリスさんがプイと顔を逸らした。
「アリスさん、とっても立派でした!」
「……。」
「立派?」
「はい!きちんとお友達さん方の目を見て謝罪されていましたし、ご自分も傷を負っていたのに…そのことでは彼らを責めたりなどせず、自ら律されていました。」
「ほう…」
「……うるっさいほんと」
アリスさんはとても鬱陶しそうに、顔を逸らしたまま小声で悪態をつく。
「かっこよかったですよ!」
「………。」
無視を決め込まれているけど、ほんのり横顔が赤く見えるのは…夕日のせいかな。私もミホークさんも、小生意気な彼女の愛らしさに思わずクスッと笑みをこぼした。
あんたなんかきらい
「すみません、わざわざ駅まで送ってくださって…!私はこれで失礼します。お二人とも、お気をつ……」
駅前の喧騒の中、二人にお辞儀をして、手を振ろうと中途半端に上げたそれを…ミホークさんが掴む。
「……菓子折りの礼をしたい。」
「えっ、い、いえ…!そんなつもりで用意したわけではないので!お気遣いなく…!」
「…いや、そういうわけには」
交わされるのは業務的な会話なのに手はぎゅっと熱を持って握られたままで…彼の、この目に捕らえられると、どうにも動けなくなってしまう。
駅から聞こえてくる電車の発車音がまるで警報の様にけたたましく鳴り響いた。
「食事に行かないか。」
「は、え、えっと…」
大の大人が、駅前広場の真ん中で、往来する人々に避けられながら。あたふたと煮え切らないやりとりをしているのを見兼ねてか、ついにアリスさんが大袈裟なほどの溜息を吐いた。
「ハアァーーー。はやくしてよ、わたしおなかすいた」
「あっ、はい!すみません…!では、あの、お言葉に甘えても良いでしょうか」
「もちろんだ。」
…恐らく良い感じの高級店にでも連絡を入れようとしたのか、その場でポケットからスマホを取り出したミホークさんの手を慌てて止める。
「おっ、お二人がよろしければ…サイジョリヤに行きませんか!」
「……ファミレス、の、?」
「そうです!サイジョを侮ってはいけませんよ、ミホークさん!ワインも美味しいですし、何と言ってもオリーブオイルが最高なんです!」
「……それは、そそられるな。」
つい口をついてミホークさんと呼んでしまった。仕事着だけど…プライベートタイムなので良しとしよう。それに、ミホークさんもゆるりと笑ってくれている。
「アリスさん!ドリンクバーでメロンソーダとコーラを混ぜたら、どんな味がすると思いますか!」
「はぁ?しらない、どうでもいい」
「ふふふ、では試してみましょう!」
「ばっかじゃないの。パパ、はやくいこ」