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第一話前編「長髪女と金髪ヤロウ」

 ここは二月の雄英高校のグラウンド。冬の厳しい寒さが頂点に達する時期である。そんな冷気が佇む中、絶対に負けられない熱い戦いが繰り広げられていた。そう、特待生試験である。ここには筆記試験に受かった受験生たちが集まっていた。
髪木(周りにいるのは十人。ここから特待生が決まるんだな。)
もちろんこの女、髪木もいた。ちなみに彼女は緊張しすぎて夜も眠れなかったとか。
髪木(いや、周りも緊張している!俺だけじゃないぜ!…ん?なんだあの女、アクビなんかして。)
近くにいた金髪で大きな黒いリボンがよく目立つ女が、随分と眠そうにしていた。
髪木(俺と一緒で緊張で眠れなかったのか?)
するとふと金髪の女と目があってしまった。髪木は高い瞬発力で目を逸らす。
髪木(気まずっ!)



 ついに特待生試験が始まった。まずはボール投げだ。試験監督に呼ばれた受験生たちが次々とボールを投げていく。
男1「さあ行け!」
男は地面に生えていた、枯れてヒョロヒョロの植物を校舎より高く立派に生長させた。そして植物はまるで生きているかのようにボールを高く遠くに飛ばした。
試験監督「記録は613メートルね。」
やはり特待生試験だから、一人一人のレベルが高い。そして八人目になった。
試験監督「それじゃあ次は、受験番号一番さん。」
亜理子「はい。」
さっき髪木と目が合った女が呼ばれた。
髪木(アクビしてたやつだな…。)
女はボールを持った。緊迫感を表すかのように、冷風が背中にビュウウと当たってくる。
亜理子「行きます!」
するとボールを投げると同時に炎を繰り出した!生徒たちは口をあんぐり開けながらボールを目で追う。
女1「私と同じ個性なんですね!!!」
六番目にボールを投げた女が目を丸くして叫んだ。そう、この女も炎を操る個性なのだ。
髪木(炎を操る個性なんだな…。)
試験監督「えーと、記録は750メートル。現在トップね。」
女1「負けたーっ!!!」
金髪の女は何事もなかったかのように戻ってきた。髪木にとってはそれが自信の表れに見えた。
髪木(すげえ、やるな…!)
髪木たちが待機しているところに女が戻ってきた。女は座りながらため息をついた。
亜理子「ま、眠くなってしまうほど余裕ね。」
髪木(余裕…だと…?)
髪木は女がぼそっと呟いた言葉が聞こえてしまった。



 次は短距離走だ。これもまた試験監督に呼ばれた受験生たちが次々と走っていく。髪木の走る順番は五番目だ。髪木はクラウチングスタートのポーズをする。そして考える。
髪木(俺は運動するのに有利な個性じゃない。でも今まで頑張ってきたんだ!)
残念ながら髪木の個性は髪をツルのように動かせるだけで、伸縮までできるわけではない。つまり本当に便利で良い個性というわけではないが、今まで周りの誰よりも努力してここまできたのだ。
試験監督「位置について、よーいドン!」
乾いた空砲の音が鳴った瞬間、髪木は全力で地面を蹴った。並外れた身体能力で髪をなびかせながら虎の如く駆けていく。髪木が通った地面には砂煙が舞っていた。
試験監督「ゴール!ええと、記録は5,32秒!」
髪木は走り終え、元の場所に戻った。次にクラウチングスタートのポーズをとっていたのは金髪の女だった。
髪木(アイツ炎使ってどうやって走るんだ?)
試験監督「よーい、ドン!」
女は炎を繰り出す…と思いきや、風を発生させて走って行った!
髪木「アイツ風も操れんのかよ!」
あまりの衝撃に髪木も大きな声を出してしまった。
男2「あら!アタシと同じ個性でもあるのね!」
この男も実は風を操れる個性を持っているのだ。
試験監督「記録は4,09秒。トップよ!」
男2「まあ、アタシより速いなんて凄〜いっ♡」
女はまた無表情で戻ってきた。
髪木(なんだよアイツ、断トツじゃねーか!)



 その後も試験は続いた。金髪の女は様々な個性を使い、ずば抜けて優秀な記録を叩き出した。



 特待生試験が終わり、髪木は帰ろうとして廊下に出た。
髪木(あ)
目の前にあの女がいた。そう、特待生試験でトップの成績だった金髪の女である。髪木は女に、今日の試験で何故あんなに個性が使えたのか聞いてみることにした。
髪木「…なあ、そこの金髪さん。」
亜理子「…。」
女は一瞬立ち止まったが、髪木を無視して歩いて行った。
髪木「待てよ。聞きたいことがあるんだ。」
女は立ち止まって、ようやく髪木の方を向いた。
亜理子「この私、鏡沢亜理子様に、何か用でも?」
亜理子という女は無表情で髪木を見た。
髪木「お前、鏡沢って言うんだな!俺は髪木弦!よろしく頼むぜ!」
髪木は亜理子に握手を求めたが、亜理子は握手を返さずに、蔑んだ目で髪木の手元を見た。さすがに察して手をおずおずと下げる髪木。
髪木「す、すまねぇ。それよりお前、今日の試験で色んな個性使ってたよな!炎とか風操ったり…!」
髪木は女が使っていた個性の様子を話すごとにだんだん興奮が増した。
髪木「なあ!なんであんなに個性使えるんだ!?」
髪木の目は子供の如く楽しそうな顔で亜理子を見た。だが、亜理子は全く表情を変えなかった。
亜理子「ま、そう思っておけばいいんじゃない?お馬鹿さん。」
髪木「は?」
沈黙が流れる。遠くでカラスが鳴いた。
亜理子「で、もう終わり?」
髪木「ああ。終わりだ。」
亜理子「ふーん。そのために、この私、鏡沢亜理子様を呼ぶなんて、時間を奪われたわ!」
髪木「…は?」
髪木は唖然とする。それに対して亜理子は一気にヒートアップして、怒った表情に変わった。
亜理子「いい?将来トップヒーローになるこの私に軽い気持ちで接するなんて、あなたどういうことなの!?」
髪木「いや、お前トップヒーローだなんて、まだそんなの分かんねぇだろ。」
苦笑いして返した髪木に対して、亜理子は真剣な顔で言う。
亜理子「いいえ!私は絶対にトップヒーローになるのよ!ま、あなたみたいな大したことない人には、夢が大きすぎたかしら?」
髪木「大したこと、ない、だと…!」
髪木にとって「大したことない」という言葉は、心の着火剤になったようだ。
髪木「ふざけんな!俺だってゼッテーになるんだよ!ヒーローに!」
亜理子「あーら、そんな怒ってばっかりだと、ヒーローになる前に心臓病とか脳出血で死んじゃうわよ?」
髪木「オメーが悪いんだよ!てか何だよ!初日からそんな舐めやがって!ムカつくぜ!」
亜理子「あなたが私を見くびってるから、私の凄さを教えてあげているだけよ?あなたはそんなんじゃ、試験に絶対に落ちるわ!」
髪木「そんなの分かんねーだろ!」
髪木も亜理子も感情をあらわにして言い争う。二人の声が廊下に響く。
髪木「ムカムカムカ…!」
亜理子「フググ…!」
      パキーン!!!
突然髪木と亜理子の声よりも大きく、鼓膜を破るように何かが割れたような高い音が廊下に響いた!
女生徒「キャアーーっ!!」
髪木「何だ!何の音だ!?」
髪木は何が起こったのか理解できず、ずっと周りを見回すだけだった。
亜理子「外の方からしたわ!もうあなたに構っていられない!これでお別れね!」
亜理子は髪木を置いてダッシュで外へ向かった。
髪木「構ってなんかねーし!てか、待てよ!」
髪木も慌てて亜理子を追いかけた。


             後編に続く
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