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第15時間目「とある日の髪木」

 雄英高校1年A組は今日もお楽しみの下校の時間になった。走太の個性はスピード。動きが速くなる個性だが、本当はのんびりするのが好きなのだ。自由気ままに歩いて、景色を見て、家にいればリラックスするのが走太の趣味なのだ。今日はまだ冬の名残りがあるカラッとした晴れの天気である。しばらく経つと、走太の知っている女子を見つけた。そう、髪の毛が弦のように長く、男っ気がある女子である。
走太「おーい!髪木さん!こんにちは!」
髪木は走太に気づいたのか、手を振って返す。走太は髪木に近づいた。
走太「もう私服なんて、学校近いの?」
髪木「学校から10分に家があるんだぜ。」
走太は羨ましそうに髪木を見た。走太の家は学校から1時間過ぎの所にある。通学に時間がかかるのは承知で雄英高校に通っているが、やはり通学時間が短い所に住んでいる人が羨ましいのだ。体力、学力の面でも学校に近い人の方が有利だと考えている。それはさておき、髪木は走太にとある提案をした。
髪木「6時ぐらいになったら夕飯が出来るから、食べていかないか?」
走太「いいね!でもちょっと待って。母さんに聞いてみる。」
走太は母に電話をかけた。そして20秒くらい話して切った。
走太「大丈夫って!」
髪木「よし!それじゃあついて来いよな!」




 二人は髪木の家に着いた。だがそこは少し古いアパートだった。
走太「アパートに住んでるんだ。」
髪木「家じゃなくてアパートって言ったほうが良かったかもな。」
2人はアパートの二階に上がり、203号室に入った。髪木が「ただいま。」と言った瞬間、ドタドタドタドタと足音が聞こえてきた。
妹1「ねーちゃんお帰り!」
弟3「アネキ!昼ごはん何!?」
髪木「お前ら気が早えって。」
走太が数えると、弟は6人、妹は3人いた。つまり10人兄弟で、髪木は一番年上なのだ。
妹3「ねねぇちゃん、このひとだあれ?」
走太(ねねぇちゃんだってよねねぇちゃんだってよおおおお〜!)
髪木の妹の愛らしさに心も顔もとろけている走太。髪木はドン引きしたが、とりあえず走太のことを紹介した。
髪木「今日はこのでっかい兄貴も一緒に食べるから、いつも以上に頑張って作るぞ!」
でっかい兄貴とは走太のことである。
弟1「はい!あの、速光さん。もしよろしければ僕たちが料理している間に弟と妹の相手をしてくれませんか?」
走太はよろこんで承知した。




 そして夕食が出来上がった。それぞれに野菜がたっぷり入ったみそ汁と、山盛りの白米、そして中央に大量の唐揚げがどんと置かれた。どれもほかほかと湯気が立っていて、食欲をそそる。
髪木「いっぱい食べてくれよ!」
      「いただきます!」
弟、妹たちはすぐに箸が唐揚げに向かう。みんな唐揚げを食べるとすぐに満面の笑みを浮かべた。走太は微笑ましそうにみんなを見ていた。
髪木「速光。早くしねぇとなくなっちまうぜ?」
走太「あ、うん!」
走太はゆっくり唐揚げを口に入れる。噛むと衣がサクッと鳴り、肉からじゅわぁと肉汁が溢れた。熱々だが、肉はホロホロして食べやすい。
走太「美味しい!料理上手だね!」
髪木と長男は息ぴったりにドヤ顔をする。走太はさすが血の繋がった兄弟だと感心した。走太はせっかくの機会なので、髪木にこんな質問をした。
走太「髪木さんはなんでヒーローになりたいの?」
髪木の箸が止まった。そしてゆっくり走太の方を向く。その顔は笑っていなく、どこか寂しそうだった。
走太「か、髪木さんゴメン!なんか変なの掘り出しちゃった…!?」
髪木「いや、いいんだよ。むしろ話した方がスッキリするかもな。ちょっとこっちに来てくれ。」
2人は立ち上がり、もう一つ向こうの部屋へ行った。そして髪木はヒーローになりたい理由を話した。
髪木「あのジジイ、不倫したんだ。」
走太「ジジイ…?不倫…?」
唐突に重い言葉を言われた走太はキョトンとしてしまった。髪木はそうなるのも当然だと軽く笑った。
髪木「俺の父さんは不倫したんだ。俺が生まれた時から。父さんの不倫が分かったのは俺が小学5年生のときさ。母さんはもちろん大激怒。」
 

 


髪木「お父さん!お母さん!喧嘩しないで!」
ポニーテールに大きな赤いリボンをつけた少女が目を潤ませながら訴える。そう、彼女こそが髪木だ。
父「これは大人の世界だ。子供が突っ込む必要はない。」
母「ええ。その通りよ。」
父と母は冷静に髪木に言い聞かせる。髪木は悲しそうに下を俯いた。
母「なんで!なんでこんなことをしたの!?」
父「お前とお前の子供に飽きた!」
父は怒りまかせに怒鳴った。冷たいことを言われた髪木と母はショックを受ける。特に髪木はまだ小学5年生だ。当然泣いてしまうだろう。母はすぐに髪木の元へ駆け寄る。すると父はまた大声で怒った。
父「ツル!お前はいつも耳障りなほど高音でぴーぎゃーぴーぎゃー泣いていて、うるさいんだよ!」
母「泣いてもいいじゃない!声も当然高いわよ!まだ子供なんだし!」
父はその言葉に心の中に火がついたのか、顔を真っ赤にした。そして。
      ゴン!!
父は怒りまかせに母を殴った。母は悲鳴を上げて倒れてしまった。
父「お前たちは邪魔なだけだ!もういらない!」
母は無言で悔しそうに体を震わせる。一方で髪木のほうは、ただ父をずっと見つめていた。その目の奥は、真っ赤な炎が燃えていた。そして髪木は頭を地面にぶつける勢いで振った。そしてポニーテールが父の体へぶつかっていった。父は「痛え!」と叫んで、今までにない大音量で怒鳴った。
父「何をするんだ!!父親に向かってー」
髪木「よくこんなことをして!自分を父親だと言えるわね!!お父さんはもう!私の父親じゃない!私には!お母さんしかいない!!」
父は目を開いて髪木を見た。髪木も鋭利な目で父を見る。




 父は無言で去っていった。母はそのことに気付いて、立ち上がった。そして髪木にがっと抱きついた。泣きじゃくりながら、髪木に何度も何度もこう言った。
母「ツル!本当に惨めな母親でごめんなさい!本当に本当に!ごめんなさい!」
髪木「ううん、いいよ。悪いのは私。」
母「そんなこと、そんなことないわ!」
髪木「私、お父さんの言葉で分かったんだ。私は泣き虫。いつも泣いてばかりじゃ家族を守れない。」
母「みんなを守らなくてはならないのは私よ!」
母はヒックヒックと、しゃっくりが止まらなくなってしまった。髪木は母を優しく抱擁する。
髪木「お母さん。私、強い人になるわ。もう絶対に泣かない。どんなに辛いことがあったって…。強い気持ちでいるよ。あと、今から私をお父さんだと思って。」
母「え…?」
髪木「お母さんが寂しい思いをしないように、今から私がお父さんになるの。」
髪木は意を決した。髪の毛を結んでいた赤いリボンを思いっきり外した。そして声色を低くし、目を鋭くして、腕を組み、父親になりきった。
髪木「母さん。俺が家族を支えるぞ。だからといっても俺はまだ働けない。だから俺は将来この大家族を守れるように、いっぱい努力して、ヒーローになるぜ。」
母「ヒーローに、なる、ね…。ツル…。あなた、たくましくなったわね。私、嬉しいわ。」
母は優しい目でツルを見つめたが、顔はぐじょぐしょになっていた。髪木にとってそれがおかしく見えてしまった。
髪木「母さん、そんな面白い顔するなって!」
母「まあ!恥ずかしいわ!」
2人は笑った。先ほどまでの張り詰めた空気はもうなくなり、暖かい空気になったのだった。





走太「壮絶な過去…。」
走太は複雑すぎる家族に、何も反応できなかった。そして髪木は言った。
髪木「母さんはずっとこの大家族を支えるために、ずっと仕事に出ていて家にいない。だから、そんな母さんに恩返しするために俺はヒーローになって、金をジャンジャン稼ぎたい。」
髪木は真剣な顔で言った。
髪木「アイツ(父親)が、俺たちをいらないって言ったことを後悔をさせたい。」
走太「そっか…。」
髪木「父親になるって言ったけど、なんだかんだで弟と妹たちから俺は姉ちゃんって呼ばれているな。」
髪木は走太にも同じ質問をした。
髪木「お前はなんでヒーローになりたいんだ?」
走太「ああ、髪木さんのヒーローになりたい理由聞いてからなんだか話すの、怖いなぁ…。」
髪木「いいだろ?俺はちゃんと話したぜ。それにさっき言った通り、話せば少し楽になるかもしれない。」
走太「その通りだね、分かった。僕がヒーローになりたいのはねー」
弟1「姉さん!唐揚げがなくなったので、第二弾を作りましょう。」
髪木「お、おう!速光すまねえ。その話はまた後だ。」
髪木はいそいそと台所へ行ってしまった。
走太(あれ?なんかデジャブ…。)




 夕食を食べ終わり、走太は帰りの準備をした。
走太「今日はありがとう。」
髪木「構わねぇでいいぜ。こっちも俺の弟と妹が喜んでくれたし。」
走太は髪木と別れ、走太は帰っていった。

暗い空は、薄ら紫の雲に隠されていた。
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