迷走ソネット
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これから十日間の身体機能強化トレーニングに入る。選手達には期日を知らせない上で有りもしない壱号棟のトレーニング待ちということになっている。甚八くん面の皮が厚すぎると思います。しれっと嘘つくんだから。
毎日伍号棟分のトレーニング結果を纏めたり、選手就寝後はスタッフと手分けして機器のチェックをしたりと忙しくやっている中、ある機械を製作中だ。ブルーロックにはもう資金源が底をつきかけてるのでスポンサー様便りになっているのだけど、まあ好感触だったからきっと大丈夫だろう。自信作だし。
「何カ国語まで調整できそうか」
「七カ国まで。でも二次選考後の試合までには間に合わないと思うよ」
「十分だ。励めよ」
「誉めてくれたらもっとやる気でるかも」
無視された。鼓舞ってものを知らないのか絵心甚八。
とまあこう忙しくしていたら選手と接することもなくなっていた。選手達は食事も八時頃でこっちは十時過ぎとかざらなのだ。それにトレーニングが過酷すぎて自主練する余裕もないようだ。点検しやすくて助かるんだけど一つだけ。
潔選手と全く会わなくなった。
一次選考最後の試合のゴールの話がほんのちょっとだけ、ほんのちょっとだけでもしたかったのだ。彼の方程式や武器はどうなったのか気になってたから。イヤでもコミュ障と話しても潔選手楽しくないだろうし……なんだこいつって思われたくないし……うーむ、この話やめにしよ。なんだか切なくなってくる。
そんなことを思いながら食堂へ向かう。時間は10時すぎ。消化のよいものを食べよう。うどんとかがいいな。暗くなった食堂の明かりをつける。
「…………え?」
「すーすーすー……」
「い、潔選手……?」
そこにはテーブルに突っ伏した潔選手の姿があった。噂をすれば何とやら……。いや、そんなことよりこんなところで寝てたら風邪引いちゃう!
「潔選手、潔選手。お、起きてください」
「うーん……? ……名前ちゃん……? 何で俺の布団に……?」
「こ、こんな固いとこ寝床にしないでください! おきて!」
「ええ……? あれ、ここ食堂……?」
「そうです。たぶん、疲れて寝ちゃったんだと思います」
「うわー……やらかしたな」
ふわぁと背伸びした骨はパキパキいっていた。しばらくここで寝てたらしい。
「風邪引いちゃいますよ」
「うん、ごめんね気をつけるよ」
「あっいえ、私に謝ってもらわなくても……! ただ心配だっただけなので!」
「………」
「潔選手?」
「名前ちゃん見たの久しぶりだ」
そう言ってこそばゆそうに笑う潔選手に胸がざわめいた。な、なんだか余計に緊張しちゃうな。服の袖をぎゅっと握りしめた。
「そんな余裕なかったからからな。最近はトレーニングについて行くのがやっとだったし」
「潔選手だけじゃないですよ、どの選手も必死になってやっていますから」
「うん……マジでいつまで続くんだとか、腹も減ってんのにロクに食えねえしとか、意味あんのかこんな練習とか色々考えてたら寝ちゃってたよ」
「は、あああ……!」
やっぱり期日くらいは言った方がよかったんじゃないかな甚八くん! 潔選手結構キちゃってるよこれ!
あわあわしていると「でも」と潔選手が続ける。その目は諦めたり悔いたりしたものではなかった。
「こんなとこで終わってたまるか……って」
「!」
瞳の強さに背筋がビリッとする。そうだ、この人達は自分のサッカー人生をかけてここにいるんだ。……私も、ちゃんとしないと。自分に出きること。ちゃんと向き合えるように。
「あの、甚八くんは無駄が嫌いでして、合理的というか……だからこのトレーニングは絶対に潔選手の糧になります。一番のストライカーになるための、そんな一歩目だと思うから……あの、その……~~~~っ」
「え、え? どうしたの? 途中まで激励してくれてたのに」
口元を押さえてへんなりする。自分の口下手がイヤになるなんて初めてかもしれない。
「いえ、がんばってって言おうとしたんですけど……もうがんばってる人に言うのはなんか違うなって思って……でも別の言葉が思い浮かばなくて……この未熟者って叱咤してました……」
「み、未熟者って……! あははっ!」
「ううう……」
「ふ、ふ、あははっ」
「楽しそうでよかったです……」
「ご、ごめん。名前ちゃんが可愛くて」
可愛くて爆笑は私の知ってる知識のなかにないです。ちょっとだけむっすりになる。ちょっとだけ。元は私のコミュ力の問題なので。
「あー……久しぶりにこんなに笑った。……やっぱり名前ちゃんと会うのいいな」
「?」
「なんか活力っていうのかな。話してたら元気が出てくる」
「私にそんな力がっ!?」
「そんな驚かなくても。……ふふ、目ぇまん丸になってる。可愛い」
ぽふぽふ頭を撫でられた。褒められたみたいでちょっと嬉しい。えへへと顔が緩んじゃう。
「……本当に可愛いのやめて」
「はい? なんて言いました?」
「いや……あの、さ。がんばってって言って? 俺全然イヤじゃないからさ」
「う、上から目線のクソ女とか思いませんか?」
「思わないよ!? 名前ちゃんってちょくちょくネガティブ入るね!?」
コミュ障なんです……。
「これは俺が元気になるためのおまじないみたいなものだから。ね? 言って?」
「……い、潔選手」
「はい」
「がんばって」
「うん。がんばる」
「あ、あと」
「うん?」
「チームVとのラストゴール、かっこよかったです。あの、ずっと言いたくて。今もたまにログみてうわぁああってなるときがあって」
「…………」
「潔選手?」
「……想像より効いた」
「効いた?」
「うん効いた」
潔選手はなぜか困ったようにそう言った。