迷走ソネット
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まるで時が止まったかのように感じた。
糸師選手と冴選手のマッチアップ。糸師選手の決死の攻撃と防御。競り勝ったボールは愛空選手の頭上を飛び、そこで待っていた潔くんの元へ降り注いだ。
『ただひとり……!! ただひとりゴール前に残っていた11番……潔世一の“直撃蹴弾”が突き刺さり“青い監獄”逆転GOOOAAL!!!』
『そしてこの瞬間……!! 試合終了のホイッスルが鳴り……!!SCORE3─4で“青い監獄”11傑の勝利です!!!』
抱き合う選手達。勢いつけすぎてみんなバランスを崩して転んでいる。
「もう、みんなあぶないなぁっ……!」
目が潤んで視界がかすむ。でも見てなくちゃ。必死に戦ったみんなを。
潔くんの咆哮がここまで届いたような気がした。
***
「潔さんヤベぇす!! インタビュー超絶かっこ良がったべ!!」
「ケッ! 調子乗りすぎ! イキリすぎ!」
「WE ARE BLUE LOOK!!WE ARE NEW STARS!!U─20日本代表は俺達のモンだあ!!」
「「「YEAH!!!」」」
控え室は大賑わいだ。当たり前だ。自分達で勝ち取った勝利なのだから。
アンリちゃんの背中に引っ付きながら一緒に控え室に入る。まだ見せられない顔をしているので。
「皆……本当に……本当におつかれさま……わ……私は……あなた達を誇りに思います……!!」
アンリちゃんの声と背中が震えている。アンリちゃんも泣いてるんだ。だったら目立たないかな……? と顔をひょこりと出したらドリンクを飲んでる潔くんとばっちり目が合った。途端に目が余計に潤んでしまう。ぽろぽろ涙がこぼれた。
「泣き虫アンリちゃんに名前ちゃーん!」
乙夜選手にもばれた。アンリちゃんの背中に戻る。ただいま帰りました。
「泣くんじゃねーよバカ共。この結果が奇跡みたいに見えるじゃねーか」
「絵心さん……だってぇ……」
「泣いてないもん」
「泣いてるだろ。毅然としてろ。望んだ通りの勝利だろ」
そう言って甚八くんは皆の前に立った。
「U─20の士道龍聖の交代、馬狼照英の投入からの同点劇……そこまでは俺の計算通りだった。でも最後の一点は計算外だ……糸師凜。お前の覚醒が全てを飲み込んだ。そしてそれに唯一呼応した潔世一。あのラストプレーは確実に───“青い監獄”を世界に知らしめるゴールになった」
「この勝利はここにいる全員が紡いだ結果だ。お前らは今日確実に世界で一番フットボールの熱い場所を創り出し、人生の特異点に勝ったんだ。おめでとう才能の原石共。お前らは凄い成果をやり遂げた」
甚八くんが全力でみんなを褒めちぎっている。レアなんてものじゃない。本当に凄いことをやったんだ。改めてジワジワと実感がわいてくる。
「ただこれがお前らのフットボール人生の最高潮であってはならない。この勝利は戦いの終わりではなく“青い監獄”の創世だ。今日は潔世一が主役に躍り出たが機会はこの先も平等だ。俺はこの中から世界一のストライカーを創り出す。その夢は変わらない。日本をW杯優勝に導く。たったひとりの英雄を出すためにそれ以外の人間の人生はぐちゃぐちゃになる……」
「覚悟しとけよ才能の原石共。“青い監獄”は引き返せない舞台まで来たぞ」
そう言って甚八くんは控え室から出て行った。引き締めるのをばっちり忘れない男である。……たったひとりの英雄。それは誰になるのだろう。
甚八くんの言葉は選手達に効いたようだ。みんな挑戦的な声色で話し合っている。負けず嫌いばかりだ。
「はい! そして今日は勝利ボーナス特別メニューとして! 食堂でいつもと違う豪華料理が食べ放題です! 私からはこれぐらいしか出来ないけど……! 今日は皆でお祝いしましょー!!」
「ウェーイ!!」
「打ち上げパーリナーイ!!」
「先に風呂入ろうやー」
「フライドチキンとかあるかな!? ポテチとコーラは!?」
いけない。みんなパーティーモードに突入してる。そろそろ泣きやまないと。
「じゃあ名前ちゃん。私連盟の方へ行くから皆といてね」
「えっ」
突然放り出された気分になった。バリアーがなくなった。行かないでアンリちゃん。目がまだうるうるする。迷子になった気分だ。
ぽすっ
そんな音がして視界が少し暗くなる。視線を上げると苦笑した潔くんがそこにいた。頭にはタオルがかけられている。
「それ使ってないやつだから。使って?」
「……うううぅ~っ」
「まだ泣いちゃうかぁ」
「ごめん~~っおめでとぉっ」
「いいよ、ありがとう」
涙までふいてもらって確実に幼稚園児に逆戻りしてる。だってなんだか不安になって潔くんの服の端っこを握りしめているのだ。
『俺が日本をU─20W杯で優勝させます』
潔くんの決意表明。応援したいと思った。その心は絶対に嘘じゃない。
それなのに潔くんを遠くに感じてしまったのは何故だろう。寂しいと思ったのは何故だろう。こんな気持ちは間違いだ。そう思うのに潔くんからしばらく手が離せなかった。