迷走ソネット
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メディカルルームまで抱っこして運んだ名前は顔が茹で蛸のようになっていた。椅子に下ろすと蚊が鳴くような声で「ありがとうございます……」といった。声ちっさ。非常に疲れている様子。いやまあ潔のせいなのだが。その自覚はあった。
怪我をしているのにのろのろと立ち上がろうとしていたのに気づいた潔と蜂楽(ついて来た)は、目配せして潔は治療道具をサッと用意し、蜂楽は名前の両肩に手を置いてにっこり笑った。チームプレーである。
「名前ちゃん? 俺ともお喋りしよ! 俺、蜂楽廻ね。よろしく~」
「は、はい! よろしくお願いします蜂楽選手」
ピキリと固まってロボのように首を振る名前。人見知り発動だ。だが相手は蜂楽。気にした様子もなく「絵心と似てなくてよかったね!」と堂々と失礼なことを言っていた。「はい! 私もそうおもいます!」こっちも失礼を返していたが。だが、これも仕方ないことだろう。あの指導者は傍若無人すぎる。
そんなことを潔は思いながら白い足に残る赤い傷跡に消毒液を垂らしたコットンで優しく叩く。
「ひえ」
「あ、ごめん。声かけたらよかったな」
「いえ、……いえ!? 自分でやりますよ!?」
我に返った声を無視してそのまま治療を続ける。何度か遠慮の声をもらったがそうだね、と言いながら流していたらちっさい声で「よろしくお願いします……」と返ってきた。うん。それでいいのだ。
ちっちゃな両方の膝小僧にガーゼをペタリと貼って治療は終了した。
「へ~名前ちゃんってもう大学出てるんだ。大人じゃん!」
「いえ私なんかまだまだ未熟者でして……!」
でたな未熟者。17で大学を出てるなんて潔にとってフィクションの世界の出来事だ。胸を張っていいだろうに。彼女は人の前では縮こまっている。先ほど泣いて気持ちを吐露したとき以外は。
「名前ちゃんって話すの得意じゃない? 片言だけど」
「いや、あの……11で大学入ったので同年代と付き合うことが……少なくなっちゃいまして、それで緊張してしまって、……あと元々仲がいい人もいなかったので」
「だったら年上とは平気なんだ?」
「はい」
なるほど。人見知りは同年代限定か。……同年代だから出会ったというのにそれが仇になるとは。……じゃあこの子は同年代以外とはさっきのようにため口で話しているのか。それは些か業腹だなと潔は思った。
「んじゃあ俺も今日から友達ね♪」
「え」「え」
名前と潔の声が重なった。じゃあが繋がっていない。唐突な蜂楽に慣れたつもりだったがまだまだだったらしい。
「俺もとは……?」
「潔とは友達なんでしょ? 仲良しじゃん!」
仲良しは嬉しい。そう見えたのなら尚更。しかし友達。友達は違う。ほしいのはそれじゃない。
「友達……仲良し……」
しかしどこか嬉しそうな名前にNOは言えない。「ウン、友達だ」そう返すしかなかった。くそ、いつか挽回してやるからな。潔は心に決心した。
「は、はい! よろしくお願いします! 潔選手、蜂楽選手」
「その選手って呼び方やめないか?」
「ではなんとお呼びしたら……」
「まずはくん付けからじゃない? ほら潔を呼んでみて!」
「…………潔くん?」
あ、これやばい。
にやけそうになる口元に手をやる。可愛い。潔くんなんて同級生から何百回と呼ばれてきたのにこの子のはこんなにも特別だ。
「潔くん、蜂楽くん」
楽しげに名前を呼ぶ名前に「なあに?」と勝手に優しい声がでた。好きな子は特別。全人類共通の常識を身にしみて感じた。