迷走ソネット
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「できたー!」
伍号棟で使っている部屋でバンザイする。やっと同時通訳イヤホンのサンプルが完成したのだ。長かった……ことはないけどなかなか困難だった。難題だったのは日本語変換だ。独特なニュアンス多過ぎなのよ日本人。日本人が日本人に内心文句を言いながらベッドにごろん。
ベッド最高……一日中いられる……。というかスポンサーに連絡入れないと。一度外に出ないとだな。ああ、その前に甚八くんか。褒めてくれるかなあの朴念仁。そもそもここに連れてきたのは甚八くんなんだからちゃんと私を褒めるのは義務だと思います。
甚八くんへの文句も垂れ流しながらうとうとし始める。今何時なんだろ。ずっと籠もっていたから時間の感覚がない。ご飯も食べてないやそういえば。早く試合が見たかったから。……試合? ……試合!
がばりと起き上がってノートパソコンを開く。すぐさまログインして甚八くんが使っている中央モニターと同期させる。時間はお昼過ぎ。現在行われている試合をみる。画面に移っていて私が知っている選手は凪選手、千切選手、馬浪選手、斬鉄選手の試合風景。凪選手がいるのに潔選手がいない。……潔選手は?
サーッと血の気が引くのが分かった。ベッドから降りようと一歩足を踏み入れた瞬間にその場でこけた。膝がじんじんする。けれどそれどころじゃない。早く、早く。
力の入らない足を鼓舞して入り口まで駆け足で進む。一応女何だから鍵のかかる部屋にいろ、と甚八くんに言われていたので私の部屋にはロックがかかってある。入り口にあるパネルを操作してロックを解除する。焦りのせいか三回もエラーを出してしまった。
ウイーンと自動ドアが開いてすぐさま出ようとしたけどそれは出来なかった。長身の男の人と鉢合わせしてしまったからだ。
「……糸師、選手?」
「…………情けねぇツラ」
ぼそりとそれだけ言って糸師選手は去っていった。初対面なのに辛辣だ。やっぱりあの人甚八くん並みに口が悪いかもしれない。去っていく背中を見ながら思った。
「……名前ちゃん?」
そのときだった。背後からした声は私が求めていたその人の声だった。
ゆっくりと振り返る。両肩にタオルをかけて汗を拭いながら首を傾げる姿。そこにいるのが当たり前。そんな姿に脱力してその場に座り込んでしまった。潔選手は焦った様子で膝をついて視線を合わせくれた。
「名前ちゃん!? どうしたの!? ……って膝怪我してるし!」
「ここって伍号棟だよね……?」
「えっそうだけど……その前に怪我を、」
「いなくなっちゃったのかとおもった」
情けない声が出た。くぐもって聞こえにくい声。何かがつっかえたような声。
「……いるよ。力足りなくて、勝ち上がって来たわけじゃないけど、俺はここにいるよ」
「……うん、……うん」
勝ち上がってきたわけじゃない。そう言った潔選手は本当に悔しそうな顔だった。それなのにここにいると優しい声で伝えてくれる。
勝ち上がっていない。それは4thステージで敗退したけどチームに選ばれたという意味。そんなことを言わせてしまった。無神経だ。そう思うのに安堵の心が止まらない。涙が止まらない。
「オシャじゃないな潔。レディを泣かせるなんて」
「だ、大丈夫? ま、まずは怪我の手当てからしたほうがいいんじゃないかな? ああっ事情も分からずに首突っ込んでごめんなさい!」
「やるね潔~。その子、絵心の妹でしょ? みんな可愛いって言ってた。いつの間に知り合ってたの?」
「もう、うるさいな! 少しほっといてくれないか! あと名前ちゃんは妹じゃなくていとこ!」
「………」
潔選手だけじゃなかった。
ぐすりと鼻を鳴らして上を見上げる。蟻生選手に時光選手に蜂楽選手。みんなワイワイしてる。……今の格好をふと思い出す。味気ない白のフーディにジャージの半ズボン。前髪も止めておでこ全開だ。イヤホン作ってたんだもん。集中モードだったんだもん。心の中で言い訳をする。でもやっぱりこの格好はなしだ。せめておでこを隠す。
「うぅ……可愛くない格好でごめんなさい……」
「えぇ? 別に気にしないっていうか今そんな話だったっけ……?」
「無粋だな。レディが身だしなみを気にするのは当然だ。確かにその格好はオシャじゃない」
「オシャじゃない……ぅう、」
「泣かすなよ!」
「最初に泣かしたのはお前だろう」
「勝手に泣いてすみません……」
「目こすっちゃダメだよ。……ああもうやっぱりこうなった」
潔選手はぼそりと何かかを呟いてからよし、と私と真正面に向き合う。うん? と思っているとふわりと宙に浮く感覚がした。頬にこつんと当たったのは潔選手の肩。
「え、ええええっ!?」
「あ、ちょっと元気でた?」
「ひゅー! カッコイいー!」
「蜂楽はうるさい」
「なぜっなぜ抱っこですか!?」
「名前ちゃん怪我してるから」
さらりと言った潔選手。当然でしょ? といわんばかりの態度だった。当然じゃないです! 言葉に出ずぶんぶん顔を振ったら「ふふ、くすぐったい」とクスクス笑われて胸がきゅっとなった。
「????」
「また目ぇまん丸になってるし」
可愛いな。
潔選手の呟きに顔が真っ赤になるのが分かった。誰かこの状況を説明してください。