○○シリーズ
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ラインはあれから返って来なかったが、さてどうなるか。黒尾は自分の好きな子のことを頭に思い浮かべた。明るくて元気印の音駒のマネージャー。ちょっと変なとこがある。そんな子とは三年目の付き合い。
『黒尾くん? はじめまして! 名字です! マネージャーやります! よろしくね!』
笑う顔に心惹かれてから三年目。どう関係を変えようと思っていたところにあのライン。あまりにも愛がほしいと叫ぶのでつい指が進んでしまっていた。本気にすると言うナマエの言葉に同じ言葉を返した。後悔はない。いつかは言うつもりだったのだから。そう思いつつも朝練に行く足はいつもより重い。怠そうにしている研磨より重いかもしれない。
部室につく。擦りガラスの窓の所にはフックが引っ付けられていて、そのフックには猫が描かれた使用中サインプレートが引っかかっている。これがあるときはナマエが着替え中という意味だ。便所みたいっすね、と山本が言ってシバかれていたものだ。……というわけでナマエが先に着ている。マネージャーは基本的に用意があるので早く来てくれているのだ。それがこんなにも落ちつかないものになるなんて思ってもみなかった。
ガラリ
「…………」
「…………」
「え、なんで二人とも話さないの……?」
扉を開いてご対面。ナマエは黒尾と顔を合わせると無言でジッとこちらを見てきた。反らしたい気持ちを押さえて見返す。そんな雰囲気に研磨は困惑している。
「黒尾さん」
「はい」
「今日から私の彼氏の黒尾さん」
「……………はい?」
今なんて言った?
思わず首を傾げるとナマエは目を大きく開いてビシッ! と黒尾に指をさした。
「昨日付き合ってみる? って言った! 嘘だったの!? 乙女心を弄んだのか!」
「ちょ、声大きい、人聞きの悪いコト言わないで」
「クロそんなこと言ったの?」
「ほら、引いてる顔の子いるから!」
研磨の引いてる理由は自分の身可愛さに少し駆け引きするような物言いをしたことだろう。研磨には黒尾の気持ちは研磨が入学したときから秒でバレた。
「研磨! この人本気って言ったんだよ! それなのに……それなのに……弄ばれたぁ!」
「本気! 本気だから! 弄んでないから!」
「じゃあ彼氏にして! 間違えた! 彼女にして!」
「え、いいですけど……?」
混乱のままそう言うとナマエはやったー! と両手を上げて喜んだ。
「初彼氏! 黒尾が私の彼氏! 育史ちゃんに自慢しよ!」
「コラ! 猫又監督って言いなさいって言ってるでしょーが!」
いつもの猫又への馴れ馴れしいナマエの呼び方に反射的にツッコこむとひゃー! って言ってナマエは部室から出て行った。カゴにドリンク類を持ってるから作りにいくらしい。走ってる最中にくるりと回ってこちらに手を振ってきた。
「彼氏ー! よろしくねー!」
ご機嫌なナマエはそのまま去っていった。残されたのは呆然とした自分と「クロ、いいですけどってなんか上からだったね。クロの方が好きなのに」と痛いところを突いてくる研磨のみ。
「……俺、名字と付き合えた?」
「みたいだね」
「……なんか、あいつのテンション初めておもちゃもらった子どもみたいだったんですけど……?」
「初彼氏っていうおもちゃなんでしょ」
思ってたのと違う……! 付き合えたけどさ……! と頭を押さえる黒尾をよそに研磨は淡々と着替えはじめていた。
「いいじゃん。他の男のものにならないってことでしょ」
「……確かに?」
「まああの破天荒な人欲しがるのクロぐらいだけど」
「慰めながら貶すのやめてください」
「監督に自慢するらしいよ」
「なんでそこで監督選んじゃうのあの子は」
友達かなにかだと思ってないだろうな。呼び方とか特に。猫又自身は鷹揚にナマエの態度を許しているが。ちなみにコーチの直井は学ちゃん! と呼んでいつもげんこつされている。そんなことを思いつつ嬉しそうに笑うナマエを頭に浮かべる。
「名字が彼女……」
「実際は初彼氏っておもちゃにテンション上がってる子どもなんだから現実もちゃんと見なよ」
「少しは浸らせてくれませんかねぇ?」
息を吐いて着替えた。そうしているうちに部員も集まって朝練となった。ナマエはボール出しをしたりスコアを書いたりドリンクを配ったりといつものように働いていた。黒尾も部活のときはナマエのことは頭から離していつも通りにしていた。そして朝練後。教室に向かっていたときだった。
「ねえねえ」
「なんでしょうか」
「下の名前で呼んでいい?」
黒尾の袖を引っ張るナマエに何ともいえない気持ちでいたらそんな提案をされた。視線を合わせるとナマエはドキドキワクワクといった顔をしていた。
「…………どうぞ?」
「やった! じゃあ鉄朗! とやっくんもバイバイ! 信さん教室いこー!」
そう言って隣の教室に入っていった二人。どちらも笑顔で何か話している。ナマエの身振り手振りの入った話に海は微笑ましそうにしていた。まあいつも通り。……が、こっちはそんな気分じゃない。はあああ、と顔を押さえて息を吐いた。嬉しそうに下の名前で呼ばれた。あの子なんでそんな可愛いこと急にするの。
「なんだぁ? 急に下の名前呼びって。なんかあったのか?」
「……付き合いはじめました」
「はあ!? まじかよ! 何も言わねーで卒業するのかと思ってたわ」
暗に意気地なしと言ってくる夜久に苦い笑いを返す。
「まー名字はあっけからんとしてるけどお前が重傷そうだな。部活まで引きずるなようっとうしい」
「夜っ久んもっと優しい言葉かけてくれませんかね」
「片想い三年目だった腑抜けに言うことはねーよ」
その言葉と共に夜久は教室に入っていった。本当に優しい言葉をかける気はないらしい。研磨もそうだが黒尾の恋はやけに辛辣に扱われすぎではないか。そう思いつつ黒尾も教室に入った。
そして昼休み。ナマエが集団を引き連れて黒尾のクラスにやってきた。なんでだ。
「鉄朗! 鉄朗! こいつらが名字に彼氏なんて嘘つくなって言ってくる!」
言っておやりなさい! と水戸様のように前に出された黒尾。いや水戸様は言う側か。というか扱いが水戸様ではない。そんな現実逃避をしながら「僕が名字の彼氏の黒尾です」と自己紹介した。
「嘘だろ!?」
「名字が彼氏持ち!?」
「ナマエの方が先にリア充になるなんて!」
「誰だ! 名字に彼氏なんてあり得ないからないほうに賭けようっていった奴!」
「しかも黒尾だし! 競争率が微妙に高いとこ!」
微妙に高いはほめ言葉か? そんなことを思うつつ「ばかどもめ! ナマエさんにひれ伏せ!」と高笑いしているナマエ(彼女)をみる。すごく楽しそう。そして面倒に巻き込まれている。夜久に視線をやるとシッシッと手で追い払われた。
「黒尾! 考え直してくれ! 名字だぞ!?」
ここまで言われるなんてナマエはクラスで何をしているのか。海に聞かなくてはならない。
「そんなこと言われても俺が好きなんだから無理ですぅ」
「「「はああああ!?」」」
「名字さん、反発すごいんですけど何やったんですか」
「こいつらねぇ、ナマエさんが好きだから嫉妬してるんですよ」
絶対違う。心で突っ込んでいるとナマエはえへへ、と照れくさそうに笑って黒尾の腕をぎゅっと掴んだ。
「好きって言ってもらえるの嬉しいね。鉄朗、ありがとう」
「…………」
可愛いのやめてください。高揚しそうになるが心のなかの研磨が「初彼氏っていうおもちゃで喜んでる子ども」と釘を刺してくる。そうだ、ナマエにはまだ黒尾と同じ気持ちはない。それに少し落ち込んでると「ナマエは!? ナマエが黒尾を好きって聞いたことないんだけど!!」と誰かが言った。ナマエはきょとんとした顔をして口を開いた。
「好きだよ?」
「部活仲間だからでしょうが!」
「そうだけど、んー……好きなところいっぱいあるよ? 面倒見いいところ、相手のことよく見てるところ、空気が重くなりそうなときわざとおちゃらけて空気変えてくれるところ、バレー好きなところ、主将がんばってるところ、お母さんみたいなところ、困ってたらどうした? ってすぐ聞いてくれるところ、目をみて話してくれるところ……」
ナマエはそこで言葉を切って黒尾を見つめた。そして破顔した。
「なんか、私すぐに黒尾のこと恋愛で好きになると思う! だってこんなに好きが溢れてくるんだもん!」
「………………」
この可愛い子抱きしめるのはありですか、研磨さん。
心のなかの研磨に訊ねたが一向に返事は帰ってこず、かろうじて返せたのは「ありがとね」という片言の言葉のみだった。恋人同士って最強かよと思った。