君煩い
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侑の綺麗なトスがアランくんへ飛ぶ。相手は三枚ブロック。試合終盤とは思えない侑のセットに、アランくんの空中姿勢にバインダーを持つ手が震える。ドゴッと音が響いて三枚ブロックの上からボールは相手コートに叩きつけられた。試合終了の笛が鳴り響く。
「……っ!」
稲荷崎高校は春高の兵庫代表を勝ち取った。その事実に身体が動けなくなった。選手達はコートで抱き合っている。中心にいる侑は笑っていた。
「ナマエ」
「治ちゃん……」
「連れて行く言うたのに試合出られんでカッコ悪いわ」
「カッコ悪くない!」
治ちゃんの手を握る。練習を頑張ってきた手。一切妥協しなかった人の手だ。今回は身体が万全じゃなかったけど、それは治ちゃんの怠慢でもなんでもない。
「カッコ悪くないよ!」
「ナマエ……」
「なにお手手繋いで仲良しこよししてんねん」
「あつ、むっ!?」
侑が現れて治ちゃんと繋いでた手をばっと外して私の身体に腕を回して抱き上げた。視界が侑より高くなる。反射的に手を侑の肩にのせた。
「春高や。次は東京勢黙らせたる」
「侑……」
「で、いつ泣くんじゃボケ。銀なんか大号泣やぞ」
「う、だって」
「泣け。ナマエ」
言葉とは裏腹の柔らかい表情に声。それに触発されて嗚咽が漏れた。ぽろ、と涙が零れて次々に流れていく。ひっくひっくと喉が鳴る。侑の肩に手をやってるから涙が拭えなくて流れっぱなしだ。恥ずかしい。止まらない涙に息が切れ切れになる。けどそれでも言葉を紡ぐ。伝えたい言葉を送る。
「おめでとう」
「おう」
晴れやかに笑う侑。なんだか心がいっぱいになって侑の頭に手を回して抱きしめた。汗で濡れた頭が手に伝わる。汗は侑ががんばった証。胸がぎゅっとなった気がした。
「おまっ! 顔っ、むね……顔ぉ!」
「だっさ」
「うっさいわサム!」
「侑、名字を下ろして整列や」
「ういっす!」
北さんに呼ばれて侑は私を下ろして整列しにいった。涙を拭って同時に頭を下げる。
そのあとは監督の総評を聞いて応援団のみなさんにもありがとうございましたと感謝を伝えて、試合に出た選手達はクールダウンに入った。その間に表彰式が終わったら観客と入れ食いになるから動かせる荷物は先にバスに動かしてと一年生にお願いして、ああ、あと帰ったらOB会にも順次連絡いれて、春高の吹部のスケジュールも顧問の先生と話し合わないと……と思考をぐるぐるさせてたら「おい」と声をかけられる。
「ん? 侑? クールダウン終わったの? じゃあ替えのユニフォームに着替えて。風邪ひくから」
「おまえ撮られとるぞ」
「へ?」
顔をキョロキョロさせると報道のゼッケンをつけた人にパシャリと撮られた。
「選手じゃなくてなんで私……?」
侑の後ろに隠れる。侑は慣れてるだろうけど私はただのマネージャーだ。慣れてるわけがないし意味も分からない。
「おまえが……」
「私が?」
「…………」
「なんでそこで言葉切る?」
「おかんに録画頼んだからそれで多分分かるわ」
「?」
首を傾げてたのだけど、家に帰ってその理由が分かった。
「侑ちゃんと勝利後にハグなんて熱烈ね~」
お母さんに言われた言葉に試合を録画したやつを見ると、侑が私を抱き上げて私が抱きしめ返す光景がドアップで映ったのだ。司会者は「恋人ですかねぇ」とか楽しげに言ってる。
「……うわああああぁあ!!」
恥ずかしくてリビングのクッションに顔をうずめた。ちがうの! あれはなんかそういうのじゃなくてなんかあれなの! とごちゃごちゃになりながら言い訳したけど「お婿さんは侑ちゃんかしらねえ」「治の方と思ってたけどなぁ」「侑くんかぁ。圧があるんだよねあの子。お父さん負けそうだなぁ」とお母さんとお兄ちゃんとお父さんは好き勝手言って全く聞いてくれなかった。部屋に逃げてスマホを触ると侑と治ちゃんのお母さんからも「のしつけてナマエちゃんに侑やるわぁ」と連絡が来ていた。息子の扱い……! と思いながら「大丈夫です」と返した。
はあ、と息を吐く。ゴロンとベッドに転がった。友だち達からは優勝おめでとうメッセージと「ついに侑に陥落した?」とメッセージが来ていた。ご丁寧に侑が私を抱き上げてる写真付きで。我ながらめちゃくちゃ泣いている。侑は顔を和らげてそれを見ていた。侑には珍しい優しい顔をしていた。
『ツムに好きって言われたらどうする?』
治ちゃんの言葉が頭に浮かぶ。あれから数ヶ月。まだ答えは出てない。答えが出ていないことそのものが、私が侑と向き合うのが怖いと思っているということだ。関係が否が応でもかわってしまうから? 私は幼なじみのままがいいと思っているから? 侑の気持ちが迷惑だと思っているから? ……最後のは違うな。迷惑なんか思ったことない。じゃあなんだろう。なんなんだろう。
「私は侑とどうなりたいのかな……」
その疑問は部屋に響くこともなく消えていった。
*****
「ナマエちゃん、あんたはいらんて」
「なにがやねん」
「ナマエちゃんに熨斗つけて侑やるわあってメッセージ送ったらいらんて」
「なに勝手なこと言うとんねん!」
「拒否られとるやん」
「うっさいわ!」
母親の勝手な言葉と治にツッコむ。なんてメッセージを送っているのだ。せっかくの優勝祝いのステーキが不味くなることをするな。侑はステーキを咀嚼しながらそう返す。……が、母親は関係ないわと言わんばかりに言葉を続ける。
「テレビがいい感じにピックアップしてくれたっちゅうのに押しが足らんねん押しが」
「余計なお世話や」
「ナマエちゃんへの片思い歴いつまで重ねるつもりやねん。重ねても付き合う確率は上がらんっちゅうねん」
「ごちそうさん!」
「逃げおった」
治の言葉を最後にリビングから出る。好き勝手言いよって。そう思いつつ自室に帰るとスマホがチカチカ光っているのに気づく。手にとってみるといくつもの優勝祝いのメッセージが来ていた。そしてそれと同じくらいの「名字さん抱き上げて調子のっとるな」「彼氏面早いねん」「テレビのったからって公認ちゃうぞ」と水を差すメッセージの数々。こいつら……! と思いつつ適当にスタンプを押す。こいつらなんぞ鼻くそほじってる狐で十分じゃ。
はあ、と息を吐いてベッドに転がる。
優勝した。だがそれはもう消化した。次は春高だ。東京勢を黙らせて一番をとる。今度こそナマエを泣かすのは今日と同じ涙にする。胸に熱を秘めながら決心する。
身体の向きをナマエの家の方向に向ける。ナマエは今頃どうしているだろうか。目を閉じてあのときを思い出す。
頭に回ったナマエの腕。汗だらけなのに躊躇なく回った腕は細くて頼りがいがないのに、心があんなにも満たされた。抱き上げていなかったら、それ以上の力で抱きしめていただろう。……顔に当たった感触に焦ったのも確かだが、愛おしくてたまらなかった。
目を開けてスマホ画面にナマエの名前を出して、自嘲する。
(……抱きしめてって頼むんかい。アホか)
女々しい自分の願いに頭をかいてスマホ画面を落とした。
「……っ!」
稲荷崎高校は春高の兵庫代表を勝ち取った。その事実に身体が動けなくなった。選手達はコートで抱き合っている。中心にいる侑は笑っていた。
「ナマエ」
「治ちゃん……」
「連れて行く言うたのに試合出られんでカッコ悪いわ」
「カッコ悪くない!」
治ちゃんの手を握る。練習を頑張ってきた手。一切妥協しなかった人の手だ。今回は身体が万全じゃなかったけど、それは治ちゃんの怠慢でもなんでもない。
「カッコ悪くないよ!」
「ナマエ……」
「なにお手手繋いで仲良しこよししてんねん」
「あつ、むっ!?」
侑が現れて治ちゃんと繋いでた手をばっと外して私の身体に腕を回して抱き上げた。視界が侑より高くなる。反射的に手を侑の肩にのせた。
「春高や。次は東京勢黙らせたる」
「侑……」
「で、いつ泣くんじゃボケ。銀なんか大号泣やぞ」
「う、だって」
「泣け。ナマエ」
言葉とは裏腹の柔らかい表情に声。それに触発されて嗚咽が漏れた。ぽろ、と涙が零れて次々に流れていく。ひっくひっくと喉が鳴る。侑の肩に手をやってるから涙が拭えなくて流れっぱなしだ。恥ずかしい。止まらない涙に息が切れ切れになる。けどそれでも言葉を紡ぐ。伝えたい言葉を送る。
「おめでとう」
「おう」
晴れやかに笑う侑。なんだか心がいっぱいになって侑の頭に手を回して抱きしめた。汗で濡れた頭が手に伝わる。汗は侑ががんばった証。胸がぎゅっとなった気がした。
「おまっ! 顔っ、むね……顔ぉ!」
「だっさ」
「うっさいわサム!」
「侑、名字を下ろして整列や」
「ういっす!」
北さんに呼ばれて侑は私を下ろして整列しにいった。涙を拭って同時に頭を下げる。
そのあとは監督の総評を聞いて応援団のみなさんにもありがとうございましたと感謝を伝えて、試合に出た選手達はクールダウンに入った。その間に表彰式が終わったら観客と入れ食いになるから動かせる荷物は先にバスに動かしてと一年生にお願いして、ああ、あと帰ったらOB会にも順次連絡いれて、春高の吹部のスケジュールも顧問の先生と話し合わないと……と思考をぐるぐるさせてたら「おい」と声をかけられる。
「ん? 侑? クールダウン終わったの? じゃあ替えのユニフォームに着替えて。風邪ひくから」
「おまえ撮られとるぞ」
「へ?」
顔をキョロキョロさせると報道のゼッケンをつけた人にパシャリと撮られた。
「選手じゃなくてなんで私……?」
侑の後ろに隠れる。侑は慣れてるだろうけど私はただのマネージャーだ。慣れてるわけがないし意味も分からない。
「おまえが……」
「私が?」
「…………」
「なんでそこで言葉切る?」
「おかんに録画頼んだからそれで多分分かるわ」
「?」
首を傾げてたのだけど、家に帰ってその理由が分かった。
「侑ちゃんと勝利後にハグなんて熱烈ね~」
お母さんに言われた言葉に試合を録画したやつを見ると、侑が私を抱き上げて私が抱きしめ返す光景がドアップで映ったのだ。司会者は「恋人ですかねぇ」とか楽しげに言ってる。
「……うわああああぁあ!!」
恥ずかしくてリビングのクッションに顔をうずめた。ちがうの! あれはなんかそういうのじゃなくてなんかあれなの! とごちゃごちゃになりながら言い訳したけど「お婿さんは侑ちゃんかしらねえ」「治の方と思ってたけどなぁ」「侑くんかぁ。圧があるんだよねあの子。お父さん負けそうだなぁ」とお母さんとお兄ちゃんとお父さんは好き勝手言って全く聞いてくれなかった。部屋に逃げてスマホを触ると侑と治ちゃんのお母さんからも「のしつけてナマエちゃんに侑やるわぁ」と連絡が来ていた。息子の扱い……! と思いながら「大丈夫です」と返した。
はあ、と息を吐く。ゴロンとベッドに転がった。友だち達からは優勝おめでとうメッセージと「ついに侑に陥落した?」とメッセージが来ていた。ご丁寧に侑が私を抱き上げてる写真付きで。我ながらめちゃくちゃ泣いている。侑は顔を和らげてそれを見ていた。侑には珍しい優しい顔をしていた。
『ツムに好きって言われたらどうする?』
治ちゃんの言葉が頭に浮かぶ。あれから数ヶ月。まだ答えは出てない。答えが出ていないことそのものが、私が侑と向き合うのが怖いと思っているということだ。関係が否が応でもかわってしまうから? 私は幼なじみのままがいいと思っているから? 侑の気持ちが迷惑だと思っているから? ……最後のは違うな。迷惑なんか思ったことない。じゃあなんだろう。なんなんだろう。
「私は侑とどうなりたいのかな……」
その疑問は部屋に響くこともなく消えていった。
*****
「ナマエちゃん、あんたはいらんて」
「なにがやねん」
「ナマエちゃんに熨斗つけて侑やるわあってメッセージ送ったらいらんて」
「なに勝手なこと言うとんねん!」
「拒否られとるやん」
「うっさいわ!」
母親の勝手な言葉と治にツッコむ。なんてメッセージを送っているのだ。せっかくの優勝祝いのステーキが不味くなることをするな。侑はステーキを咀嚼しながらそう返す。……が、母親は関係ないわと言わんばかりに言葉を続ける。
「テレビがいい感じにピックアップしてくれたっちゅうのに押しが足らんねん押しが」
「余計なお世話や」
「ナマエちゃんへの片思い歴いつまで重ねるつもりやねん。重ねても付き合う確率は上がらんっちゅうねん」
「ごちそうさん!」
「逃げおった」
治の言葉を最後にリビングから出る。好き勝手言いよって。そう思いつつ自室に帰るとスマホがチカチカ光っているのに気づく。手にとってみるといくつもの優勝祝いのメッセージが来ていた。そしてそれと同じくらいの「名字さん抱き上げて調子のっとるな」「彼氏面早いねん」「テレビのったからって公認ちゃうぞ」と水を差すメッセージの数々。こいつら……! と思いつつ適当にスタンプを押す。こいつらなんぞ鼻くそほじってる狐で十分じゃ。
はあ、と息を吐いてベッドに転がる。
優勝した。だがそれはもう消化した。次は春高だ。東京勢を黙らせて一番をとる。今度こそナマエを泣かすのは今日と同じ涙にする。胸に熱を秘めながら決心する。
身体の向きをナマエの家の方向に向ける。ナマエは今頃どうしているだろうか。目を閉じてあのときを思い出す。
頭に回ったナマエの腕。汗だらけなのに躊躇なく回った腕は細くて頼りがいがないのに、心があんなにも満たされた。抱き上げていなかったら、それ以上の力で抱きしめていただろう。……顔に当たった感触に焦ったのも確かだが、愛おしくてたまらなかった。
目を開けてスマホ画面にナマエの名前を出して、自嘲する。
(……抱きしめてって頼むんかい。アホか)
女々しい自分の願いに頭をかいてスマホ画面を落とした。