君煩い
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双子がケンカしてるときに私が「やめなさーい!」とスティックバルーンを両手にバンバン鳴らしながら現れたとき六割の確立で双子のケンカはとまる。治ちゃん曰くナマエに怪我させたらあかんやろ。侑曰く平和ぼけした顔みたらどうでもよくなる。治ちゃんの意見を全力で支持したい。
まあ四割の確立でケンカは続行なので安定策の北さんを呼びに行くが絶対の支持を得ている。幼なじみの力なんてこんなものである。
今回は北さんがまだ来てないタイミングでのケンカだったので私が止めた。みごと六割を引き当てた私は侑、治ちゃんのケンカを賭けの対象にしようとしていた野次馬にブーイングを食らっていた。
「空気読めや名字ー!」
「うるさーい! 手を怪我したらだめでしょ! あぶない!」
「顔にめっちゃアザあるのは無視かい!」
「ちゃんと手当てするから。あと自業自得。監督と北さんにちゃんと怒られてね」
「「げっ」」
同じ顔を同じように歪める二人にはぁと息をついた。この二人はおじいちゃんになってもケンカしてそうだなと思う。似たところもあるけれど、違うところもたくさんある。あって当たり前で、でも双子だからかそれとも宮兄弟だからかその違いでケンカが勃発しがちだ。普段おっとりしてる治ちゃんがこんなに激情するのは侑くらいだ。侑は結構色んなことでキレるけど。それでも数時間後には背中を並べているのだから、振り回されるのは私という結果になっている。私も野次馬のようにわいわいやれたらいいのかもしれないが、それでも二人が酷い怪我をするかもと思えば心配で仕方ないのだ。その気持ちは全く伝わっていないけど。
「じゃあ手当てするから。先に……」
どっちからやる? と聞こうとして腕を引っ張られて座り込んだ侑の膝の前に手をついた。俺が先。ぷいと顔を背けながらもそんな主張をする侑に「子供」と言って救急箱を開く。ここで治ちゃんを優先したらまたケンカになるのは経験上分かっていたので治ちゃんの手当てはアランくんに頼んだ。
「指のケアちゃんとしてるのに治ちゃん殴ったらダメでしょ」
「ふん」
「そもそもいつまで殴り合いのケンカする気なの。来年は最上級生だよ。北さんいないんだよ」
「知らんわ」
「次ケンカしたら」
「なんやねん」
「泣きわめく」
「は?」
下を向いていた侑の顔が上に向いた。怪訝そうな顔をしている。ちょうどいいから顔に消毒液染み込ませたコットンでポンポン傷を叩いた。侑は「痛いわ! もっと優しくせえ!」と文句言ってきたけど無視した。私が取り合わないことを察した侑はふてくされたように口を開く。
「泣きわめくってなんやねん」
「地べたに寝そべって全力で駄々こねて泣き散らかす」
「来年最上級生って言うとった女のやることちゃうねん!」
「それくらいやらないとケンカやめないでしょ」
「知らん。けどケンカしとる男の近くで寝そべんなや。怪我してもしらんぞ」
あ、心配されてる。そう思った。侑の顔はしかめっ面だったけど。その心配が出来るなら私の心配も分かってよと思う。
「怪我したら責任とってもらうから」
分からず屋に軽口を叩いたら侑は一気にむせた。ゲホゲホと喉を鳴らしてる。
「なんでむせたの?」
「ゲホッ、ゲホッ……おま、おまえが」
「私が?」
「……よう考えたら怪我させる予定なんかないから責任もクソもないわクソが」
「なんでキレたの?」
侑の情緒が分からない。
そんなことを思いつつ、手の甲の出っ張りのむけた皮にスプレー式の消毒液をシュってする。「痛いわ!」と再び苦情が入った。そりゃこんだけ赤いとこみえてたら痛いでしょうよ。
「侑」
「なんや!」
「ケンカはいいけど怪我はしないでほしい」
「なんでやねん」
「バレーしてる侑と治ちゃんが見れなくなるのやだから」
「…………」
「サービスエース多く決めた方が勝ちとかにして」
「……………………覚えとったらな」
しぶしぶ、本当にしぶしぶといった風に呟いた侑。これは守られるか微妙だな。治ちゃんにも言っとこう。治ちゃんに言った方が守ってくれる確立は上がる。まあ治ちゃんもプッツン切れることもあるんですけども。
その後やってきた北さんと監督に侑と治ちゃんはこってり絞られて二人はその日部室の掃除とボール拾いと私の手伝いのみで練習不可になった。二人に効く罰だ。そして私も北さんから「女が男のケンカに近づいたらあかん」と侑、治ちゃんとは違ってやややんわり言われた。少し遠くでスティックバルーン叩いて威嚇して叫んだだけですよ? というと「あいつらのケンカは跳び蹴りあるから危ない」とのこと。確かに。分かりましたと言ったら北さんはうんと頷いた。
「身体の造りが違うんやから少しの衝撃で大怪我につながるかもしれん。周りに頼り」
「周りは煽ってるんですけども」
「なんでケンカが名物化するんやろうな」
全くです。
この北さんの冷静さの一ミリでもいいから二人に影響されないかなぁ。……無理だろうなぁ。だって北さん怖いって言ってるだけだもん。別に怖くないのに。北さんは正しいことを真っ直ぐに言える人だ。むしろカッコいいと思う。尊敬できて優しさも知っている人。
「決めました」
「なにがや」
「北さんみたいな恋人を作ることを目標にします!」
そう言うと体育館は静寂に包まれた。え? なんで? 練習始まる前でみんなわいわいしてたでしょ? 嘘だろ……? みたいな目でこっちを見る部員達。その中から飛び出して来たのはアランくんだった。なぜか顔が必死だった。
「ナマエっ! ナマエ! おまっおまえ恋人ほしいとか言うようになったんか!?」
「そりゃ私高二だよ? そんなお年頃です」
「なんで北やねん!」
「北さん“みたいな”人だよ」
「鉄くんといいおまえ年上好きなんか!?」
「なんか最近よく鉄くんの名前でるな……うーんそうかも」
「そうかも!?」
「うん。年上の優しい人が好きかも。……だったらアランくんも対象だな」
「縁起でもないことやめぇや!」
「アランくんその反応は失礼!」
私とは付き合えないって言うの! とふざけてヒスってたらアランくんは「ほんまにやめぇ!」と本気で嫌そうでちょっと傷ついた。アランくん、そんなに私が好みじゃないのか……と思ってたらカランカランと何かが倒れる音がした。振り返るとモップを持って笑いを堪えてる治ちゃんと、空中に手を変に浮かばせたまま固まっている侑の姿があった。侑の足元にはモップが倒れてる。さっきの音は侑が出したらしい。治ちゃんとは対称的に侑は無表情だった。怖い。なんで。
「ああ……来てもうた……」
アランくんの苦悩に満ちた声をバックに侑はゆらゆらと近づいてきた。なんでそんなホラーっぽく近づいてくるの。怖くなって北さんの後ろに隠れようとしたらアランくんに止められた。「トドメ刺すな」と。なにがですか。そうこうしてるうちに侑が目の前に来た。無表情が上から見下ろしてきて怖い。何で怒ってるのこの人。
「ナマエ」
「はい」
「留年せえや」
「はい?」
「そしたら学年一個下になる」
侑の言葉に吹き出したのは治ちゃんと角名くんだった。「あほやんけ」「考えがそっち行くの侑」と笑っている。
「侑より成績いいから無理だよ」
「なんとかせえや」
「北さん、侑がむちゃくちゃなこと言ってきます」
「侑そんなことより優しくなったほうが早いやろ」
「…………ナマエ」
「なに」
「帰りのカバン持ったる」
「え、自分で持つけど」
即答すると再び治ちゃんと角名くんが吹き出した。なんか楽しそうですねあそこ。こっちはよく分からない侑に絡まれて大変なんですけど。
「なんでやねん!」
「練習で疲れてるのにそんなことさせないよ。……今日は練習させてもらえないか」
「うっさいわ! 荷物持たせろ!」
「なにその執念!?」
「おまえが言ったんやろうが!」
「荷物持てとか私言ってない!」
「おまえ北さんとアランくんの彼女になったら地獄まで追いかけまわしたるからな!」
「二人同時に彼氏にしてる悪女みたいに言わないで! 北さんみたいな彼氏ほしいって言っただけだし!」
「なら彼女なるか? 名字」
再び静寂がやってきた。鶴の一声ならぬ北さんの一声で。振り返ったら北さんは楽しげに笑っていた。悪乗り北さんだ。そう思って「彼女にしてください!」と千と千尋みたいに言おうとしたら首とお腹に長い手が回ってぐっと引き寄せられて「うえっ」と鈍い声が出た。背中に温かい体温が伝わってくる。
「堪忍やから、ほんまにやめてください」
侑の不安げな声に目をまばたいた。こんな声、久しぶりに聞いた。小学生とかそんなじゃないかな。それくらい、心細そうな声。背中から侑の心臓の音が伝わってくる。早い音は緊張しているみたいだった。
「せやったらもっと優しくしたらな伝わらへんよ。大事にし。怪我させるとこもするとこも見せたらあかん」
「…………はい」
「なら練習はじめよか。名字、双子好きに使ってええからな」
「あ、はい」
パンパンと北さんが手を叩いてみんなハッとしたらしい。双子以外は北さんの前に整列して今日の練習内容を聞いている。私も動こうとしたけど侑に抱きしめられていて動けない。……今さらだけどなんか侑、身体がかたくて大きくて男の人って感じでちょっと緊張する。そう思いつつ小声で侑に話しかける。
「侑? 侑さん?」
「彼氏つくらんで」
「えっ」
「俺がおるから彼氏つくらんで」
ドキッとして侑の顔を見ようとしたけど侑は私の肩に顔をうずめていた。こっちに来た治ちゃんに助けを求めたけど治ちゃんは呆れたように肩を竦めるだけで何も言わない。侑の声はまだ寂しそうだった。
「……私は両想いの人と付き合いたいから好きな人出来るまで作れないと思うよ?」
ぽんぽんと侑の頭を叩くと侑は抱きしめる腕を強くした。……めずらしいなぁ本当に。そう思って、仕方ないと腹をくくって「治ちゃん、今日はチーム分け練習試合するからビブスとってきて。侑はドリンク一緒に作るよ」と指示を出したら「ツム放置かい」と治ちゃんは言った。
「寂しいものは寂しいから仕方ない」
「……分かってんのか分かってへんのか微妙やなぁ」
治ちゃんはそう言って倉庫に行った。くっ付いたままの侑を連れて水道まで行く。途中でギョッとしたように私達を見る人達がいたけどスルーだスルー。そう思いつつ水と粉末をジャグに入れる。ジャージャー水が入る音を聞きながら侑の言葉を思い出す。
『俺がおるから彼氏つくらんで』
ねえ、侑。それって私のことが好きって言ってるみたいに聞こえるよ。
まあ四割の確立でケンカは続行なので安定策の北さんを呼びに行くが絶対の支持を得ている。幼なじみの力なんてこんなものである。
今回は北さんがまだ来てないタイミングでのケンカだったので私が止めた。みごと六割を引き当てた私は侑、治ちゃんのケンカを賭けの対象にしようとしていた野次馬にブーイングを食らっていた。
「空気読めや名字ー!」
「うるさーい! 手を怪我したらだめでしょ! あぶない!」
「顔にめっちゃアザあるのは無視かい!」
「ちゃんと手当てするから。あと自業自得。監督と北さんにちゃんと怒られてね」
「「げっ」」
同じ顔を同じように歪める二人にはぁと息をついた。この二人はおじいちゃんになってもケンカしてそうだなと思う。似たところもあるけれど、違うところもたくさんある。あって当たり前で、でも双子だからかそれとも宮兄弟だからかその違いでケンカが勃発しがちだ。普段おっとりしてる治ちゃんがこんなに激情するのは侑くらいだ。侑は結構色んなことでキレるけど。それでも数時間後には背中を並べているのだから、振り回されるのは私という結果になっている。私も野次馬のようにわいわいやれたらいいのかもしれないが、それでも二人が酷い怪我をするかもと思えば心配で仕方ないのだ。その気持ちは全く伝わっていないけど。
「じゃあ手当てするから。先に……」
どっちからやる? と聞こうとして腕を引っ張られて座り込んだ侑の膝の前に手をついた。俺が先。ぷいと顔を背けながらもそんな主張をする侑に「子供」と言って救急箱を開く。ここで治ちゃんを優先したらまたケンカになるのは経験上分かっていたので治ちゃんの手当てはアランくんに頼んだ。
「指のケアちゃんとしてるのに治ちゃん殴ったらダメでしょ」
「ふん」
「そもそもいつまで殴り合いのケンカする気なの。来年は最上級生だよ。北さんいないんだよ」
「知らんわ」
「次ケンカしたら」
「なんやねん」
「泣きわめく」
「は?」
下を向いていた侑の顔が上に向いた。怪訝そうな顔をしている。ちょうどいいから顔に消毒液染み込ませたコットンでポンポン傷を叩いた。侑は「痛いわ! もっと優しくせえ!」と文句言ってきたけど無視した。私が取り合わないことを察した侑はふてくされたように口を開く。
「泣きわめくってなんやねん」
「地べたに寝そべって全力で駄々こねて泣き散らかす」
「来年最上級生って言うとった女のやることちゃうねん!」
「それくらいやらないとケンカやめないでしょ」
「知らん。けどケンカしとる男の近くで寝そべんなや。怪我してもしらんぞ」
あ、心配されてる。そう思った。侑の顔はしかめっ面だったけど。その心配が出来るなら私の心配も分かってよと思う。
「怪我したら責任とってもらうから」
分からず屋に軽口を叩いたら侑は一気にむせた。ゲホゲホと喉を鳴らしてる。
「なんでむせたの?」
「ゲホッ、ゲホッ……おま、おまえが」
「私が?」
「……よう考えたら怪我させる予定なんかないから責任もクソもないわクソが」
「なんでキレたの?」
侑の情緒が分からない。
そんなことを思いつつ、手の甲の出っ張りのむけた皮にスプレー式の消毒液をシュってする。「痛いわ!」と再び苦情が入った。そりゃこんだけ赤いとこみえてたら痛いでしょうよ。
「侑」
「なんや!」
「ケンカはいいけど怪我はしないでほしい」
「なんでやねん」
「バレーしてる侑と治ちゃんが見れなくなるのやだから」
「…………」
「サービスエース多く決めた方が勝ちとかにして」
「……………………覚えとったらな」
しぶしぶ、本当にしぶしぶといった風に呟いた侑。これは守られるか微妙だな。治ちゃんにも言っとこう。治ちゃんに言った方が守ってくれる確立は上がる。まあ治ちゃんもプッツン切れることもあるんですけども。
その後やってきた北さんと監督に侑と治ちゃんはこってり絞られて二人はその日部室の掃除とボール拾いと私の手伝いのみで練習不可になった。二人に効く罰だ。そして私も北さんから「女が男のケンカに近づいたらあかん」と侑、治ちゃんとは違ってやややんわり言われた。少し遠くでスティックバルーン叩いて威嚇して叫んだだけですよ? というと「あいつらのケンカは跳び蹴りあるから危ない」とのこと。確かに。分かりましたと言ったら北さんはうんと頷いた。
「身体の造りが違うんやから少しの衝撃で大怪我につながるかもしれん。周りに頼り」
「周りは煽ってるんですけども」
「なんでケンカが名物化するんやろうな」
全くです。
この北さんの冷静さの一ミリでもいいから二人に影響されないかなぁ。……無理だろうなぁ。だって北さん怖いって言ってるだけだもん。別に怖くないのに。北さんは正しいことを真っ直ぐに言える人だ。むしろカッコいいと思う。尊敬できて優しさも知っている人。
「決めました」
「なにがや」
「北さんみたいな恋人を作ることを目標にします!」
そう言うと体育館は静寂に包まれた。え? なんで? 練習始まる前でみんなわいわいしてたでしょ? 嘘だろ……? みたいな目でこっちを見る部員達。その中から飛び出して来たのはアランくんだった。なぜか顔が必死だった。
「ナマエっ! ナマエ! おまっおまえ恋人ほしいとか言うようになったんか!?」
「そりゃ私高二だよ? そんなお年頃です」
「なんで北やねん!」
「北さん“みたいな”人だよ」
「鉄くんといいおまえ年上好きなんか!?」
「なんか最近よく鉄くんの名前でるな……うーんそうかも」
「そうかも!?」
「うん。年上の優しい人が好きかも。……だったらアランくんも対象だな」
「縁起でもないことやめぇや!」
「アランくんその反応は失礼!」
私とは付き合えないって言うの! とふざけてヒスってたらアランくんは「ほんまにやめぇ!」と本気で嫌そうでちょっと傷ついた。アランくん、そんなに私が好みじゃないのか……と思ってたらカランカランと何かが倒れる音がした。振り返るとモップを持って笑いを堪えてる治ちゃんと、空中に手を変に浮かばせたまま固まっている侑の姿があった。侑の足元にはモップが倒れてる。さっきの音は侑が出したらしい。治ちゃんとは対称的に侑は無表情だった。怖い。なんで。
「ああ……来てもうた……」
アランくんの苦悩に満ちた声をバックに侑はゆらゆらと近づいてきた。なんでそんなホラーっぽく近づいてくるの。怖くなって北さんの後ろに隠れようとしたらアランくんに止められた。「トドメ刺すな」と。なにがですか。そうこうしてるうちに侑が目の前に来た。無表情が上から見下ろしてきて怖い。何で怒ってるのこの人。
「ナマエ」
「はい」
「留年せえや」
「はい?」
「そしたら学年一個下になる」
侑の言葉に吹き出したのは治ちゃんと角名くんだった。「あほやんけ」「考えがそっち行くの侑」と笑っている。
「侑より成績いいから無理だよ」
「なんとかせえや」
「北さん、侑がむちゃくちゃなこと言ってきます」
「侑そんなことより優しくなったほうが早いやろ」
「…………ナマエ」
「なに」
「帰りのカバン持ったる」
「え、自分で持つけど」
即答すると再び治ちゃんと角名くんが吹き出した。なんか楽しそうですねあそこ。こっちはよく分からない侑に絡まれて大変なんですけど。
「なんでやねん!」
「練習で疲れてるのにそんなことさせないよ。……今日は練習させてもらえないか」
「うっさいわ! 荷物持たせろ!」
「なにその執念!?」
「おまえが言ったんやろうが!」
「荷物持てとか私言ってない!」
「おまえ北さんとアランくんの彼女になったら地獄まで追いかけまわしたるからな!」
「二人同時に彼氏にしてる悪女みたいに言わないで! 北さんみたいな彼氏ほしいって言っただけだし!」
「なら彼女なるか? 名字」
再び静寂がやってきた。鶴の一声ならぬ北さんの一声で。振り返ったら北さんは楽しげに笑っていた。悪乗り北さんだ。そう思って「彼女にしてください!」と千と千尋みたいに言おうとしたら首とお腹に長い手が回ってぐっと引き寄せられて「うえっ」と鈍い声が出た。背中に温かい体温が伝わってくる。
「堪忍やから、ほんまにやめてください」
侑の不安げな声に目をまばたいた。こんな声、久しぶりに聞いた。小学生とかそんなじゃないかな。それくらい、心細そうな声。背中から侑の心臓の音が伝わってくる。早い音は緊張しているみたいだった。
「せやったらもっと優しくしたらな伝わらへんよ。大事にし。怪我させるとこもするとこも見せたらあかん」
「…………はい」
「なら練習はじめよか。名字、双子好きに使ってええからな」
「あ、はい」
パンパンと北さんが手を叩いてみんなハッとしたらしい。双子以外は北さんの前に整列して今日の練習内容を聞いている。私も動こうとしたけど侑に抱きしめられていて動けない。……今さらだけどなんか侑、身体がかたくて大きくて男の人って感じでちょっと緊張する。そう思いつつ小声で侑に話しかける。
「侑? 侑さん?」
「彼氏つくらんで」
「えっ」
「俺がおるから彼氏つくらんで」
ドキッとして侑の顔を見ようとしたけど侑は私の肩に顔をうずめていた。こっちに来た治ちゃんに助けを求めたけど治ちゃんは呆れたように肩を竦めるだけで何も言わない。侑の声はまだ寂しそうだった。
「……私は両想いの人と付き合いたいから好きな人出来るまで作れないと思うよ?」
ぽんぽんと侑の頭を叩くと侑は抱きしめる腕を強くした。……めずらしいなぁ本当に。そう思って、仕方ないと腹をくくって「治ちゃん、今日はチーム分け練習試合するからビブスとってきて。侑はドリンク一緒に作るよ」と指示を出したら「ツム放置かい」と治ちゃんは言った。
「寂しいものは寂しいから仕方ない」
「……分かってんのか分かってへんのか微妙やなぁ」
治ちゃんはそう言って倉庫に行った。くっ付いたままの侑を連れて水道まで行く。途中でギョッとしたように私達を見る人達がいたけどスルーだスルー。そう思いつつ水と粉末をジャグに入れる。ジャージャー水が入る音を聞きながら侑の言葉を思い出す。
『俺がおるから彼氏つくらんで』
ねえ、侑。それって私のことが好きって言ってるみたいに聞こえるよ。