いろいろ
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野郎同士でのボタンの押しつけあいとそれを全力で拒否する奴らの乱闘。を一歩手前で佐伯に止められた。完全に不完全燃焼のまま終わり、「配ってやるから」と後藤にいらん慰めを受けていたときだった。
「佐伯先生ー。うちの担任が呼んでましたよー」
小走りでやってきたのは一人の女。同学年ではない。だが一年か二年かはわからない。それくらい記憶のない顔。よくこんな(死体が沈んでいる)空間にびびらず来れるな。佐伯と会話を交わす女にそんな感想を持った。
「ボタン追い剥ぎ大会ですか?」
「そんなとこだ」
「ちげえよ」
適当に返す佐伯にそう突っ込むと女はくるりとこちらに顔をやった。そして俺の今の体勢(後藤に羽交い締めされている)を上から下へと視線をながす。文句あるのか。機嫌が悪いせいでそんな言葉が出そうになる。流石に初対面の女にそんな事を言うほど落ちぶれていない。
「面白い格好になってますね河内先輩」
「あぁ゛!?」
ニッコリ笑って言い切った女。前のめりになるが「落ちつけ河内! 女の子だぞ!」とがっしり掴んで止めてくる後藤のせいで動けない。そのせいか余裕綽々といった顔をしている女。めちゃくちゃ腹が立つ。なんだこの女。つーか誰だよ。
「あはは。あ、後藤先輩あとでボタン下さいね。ご利益ありそう」
「名字も煽るなって!」
「後藤の知り合いかよ!!」
そう吠えると「同じ部活の可愛い後輩の名字名前です」と自己紹介してきた。気のせいか可愛いを強調してきていた。俺にとっては全然可愛くねえ。
「もう後藤のボタンねーぞ」
「えーなんでよ早坂くん」
「あいつらが全部とった」
ついでにあの女が二年だということも分かった。そして何故かその背後で「女の子と普通に話してる……!?」と黒崎が羨ましそうに唸っている。黒崎が会話に入らない辺りを見るに恐らく別のクラス。
「ほしかったなぁ後藤先輩のボタン」
「先に言ってたらやったよ」
「こういうのは当日に言うから特別感がでていいんですよー」
「んなこと言われてもな……あ! 河内のボタンは残ってるぞ」
「後藤てめぇ!」
これだ! みたいに言うんじゃねえ!
「んー河内先輩のボタンはいらないかな」
そう言って女は目の前まで歩いてきた。俺だってお前にはやらねーよと睨む。だが気にした様子もなく呑気に後藤と会話を続けていた。こいつのこの度胸なんなんだよ。
「後藤先輩、そのまま捕まえていて下さいね」
「いや早く逃げろよ。流石に殴りはしないだろうけど」
「いやーどうですかね? 殴りそうですよ。すごい顔してるもん」
誰のせいだ。そう返そうとしたが、出来なかった。目の前にある長い睫と唇に当たる柔らかい感触のせいで。
両頬に手を当てられたと思ったらこの状態だった。意味が分からない。意味が分からないけど柔らかい。柔らかいけど意味が分からない。身動き一つ出来ずに石のように固まっているとそっと唇が離れていった。
「あはは、もっとすごい顔になった」
後藤が手を離しているにも関わらず、俺の身体は動かなかった。そんな俺を見て女、……名字はにっこり笑う。
「河内先輩のボタンなんかいらないですよ。もっと欲しいのがあるので」
あ、卒業おめでとうございます。
とって付けたように言う名字。もっと言うことはあったのに俺の口は「ありがとうございます」と返していた。
***
名字名前。俺の携帯のディスプレイにはその名前の下に電話番号とメールアドレスが並んでいる。入手先は後藤だ。
そう、名字が俺に教えるのではなくて俺から(後藤に)聞き出したのだ。
『じゃあ私、卒業式の手伝いあるので』
あの女はそう言ってあの場から去っていった。ご機嫌です、と言わんばかりな顔をして。人にあんな事をした上に意味深なことを言ったくせに、去っていったのだ。ふざけるな。もっと何かあるだろう。おまえのせいで今日一日気もそぞろだったんだ。何で卒業式にこんなに浮き足立たないといけねーんだよ。ふざけるな。卒業式後にやってくると思ったら全くそんな事はなかった。ふざけるな。
『あの女騙されてる! 河内さんにぜってぇ騙されてるんだって!』
『でも面識なかったんだろ!?』
『じゃあ顔か!?』
『顔はまぁアレだから顔だな!』
『でもやっぱり騙されてんじゃねーか! 中身は河内さんだぜ!?』
子分達は殴った。当たり前だ。
『名字……なんで河内なんだ……』
『あいつやばいな……』
『早坂くん、あの子って隣のクラスの……』
『名字だ。……まさかこんなことになるなんて……』
後藤、桶川さん、黒崎、早坂は通夜みたいな顔をしていた。桶川さん以外なんで名字の心配してんだよ。襲われたの俺だぞ。
そして名字のことをよく知ってそうな後藤に色々聞いた結果分かったこと。名字は由井と同じ二組で誰とでも分け隔てなく話すタイプの人間らしい。ヤンキーでもそれは変わらず。(それを聞いた時に何故か黒崎が「私が仲良くなりたかった……っ!」と怨念をまいていた)確かにあの時全く物怖じしてなかったしな。それはいい。大学に入ったらカタギになろうと思っていたがふとした時に出るとも限らない。だったら最初から知ってる相手の方が、
そこまで考えてガン! と枕を殴った。
「いやいやいやいや」
今日初めて存在を認識したような女だ。そしてそんな関係性だったにも関わらずキスぶちかましてきた女だぞ。人前で。普通になしだろ。…………なしのはずだ。
そう思いつつ左手に持った携帯画面を見る。名字名前。今日知ったどこにでもいそうな名前だ。名前なんてただの文字列。別に気にする必要なんかない。後藤に連絡先を聞いたのだって文句を言うためだ。それ以上はない。
『名字に聞いたらお好きにどうぞって返ってきたから。ほら電話とメアド』
少し付け加えるなら「私は河内先輩の連絡先なんてどうでもいいですけど、河内先輩がそこまで知りたいならどうぞ~」みたいな言い分も腹が立つ。なんなら音声再生楽勝だった。顔もだ。すげぇ生意気な顔をしている。そうだ、よく考えてみろ。あいつの第一声最悪だったろ。「面白い格好になってますね河内先輩」だぞ。その後の出来事に引っ張られすぎだ。冷静になれ。あいつの連絡先なんていらねぇだろ。さっさと消せよ。親指で操作して【削除しますか? 】の画面まで持っていく。
「…………」
ピッ。
選んだのはいいえでした。何やってんだ俺は。
***
モヤモヤしたまま寝入った次の日のこと。朝っぱらから枕元の携帯がうるさく鳴っている。目覚ましではなく電話の音だ。退寮まで10日も残っている上に片付けもある程度終わっている。あとは桶川さんの部屋の片付けを手伝えばいいだけだ。その桶川さんはこんな早くに起きねえ。よって俺も早起きする理由なんてない。鳴り響く携帯なんか無視すればいい。それにこんな朝から電話かけてくるやつなんてどうせろくな奴じゃねえ。布団を頭まで被った。
~♪♪
~~♪♪♪
~~~♪♪♪♪♪
♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪
♪♪♪♪♪♪♪♪♪~
「うるせえ!! 誰だッ!?」
あまりにもしつこく鳴るので怒鳴りながらとる。ディスプレイは見なかった。
《あ、名字です。おはようございます。河内先輩》
「…………」
ブチッ。ツーツーツー。
そんな音が俺の携帯から鳴っていた。違う部屋から「お前のほうがうるせえよ河内!!」と怒鳴っている奴の声もした。
「…………」
名字っていったか?
心の中でそう尋ねる。もちろん返ってくるわけもなく、通話履歴を恐る恐る確認した。
“名字名前”
即行でかけ直した。
「寮の部屋の片付けはどんな感じです?」「もう殆ど終わっている」
「では今日のご予定は」「何もない」
「よかった。少し付き合ってほしい場所があるのですが」「仕方ねえな」
そんなやり取りをして、昼過ぎに学校前で待ち合わせをして街に降りることになった。適当な服だけクローゼットに残していた。別にそれでもよかったが、履き心地のいい靴下が見当たらなかったので仕方なく、服と雑に記載したダンボールを開封した。仕方なくだ。
「なんかご機嫌ですね……河内先輩……」
寮を出るときに会った渋谷の顔は何故か引きつっていた。別にいつも通りだろ。
***
「あ、先輩くるの早い。すみません、お待たせしました」
「…………おう」
既視感のあるような、ないような名字の台詞。ごめんね待った? じゃないが、まあこれはこれで……
「ごめんね待った? の方がよかったですか?」
「お前性格悪いよな」
「いえいえ。河内先輩には負けちゃいますよ。ぼろ負けです」
「てめぇ」
「ところで、私の今日の服どうですか? 河内先輩はこういうワンピースとか好きそうだなぁと勝手に推測したのですが」
名字はコートの前を開いて中の服を見せてきた。花柄の膝丈くらいのワンピース。なんかひらひらしている。好きかと言われれば……と名字の言葉に素直に同意しそうになって口を噤む。
「…………お前性格悪いな」
「気に入ってもらえて何よりです。でも私はデニムもワイドパンツもタイトスカートも好きなので。こういう系はあまり持ってないので期待は厳禁ですよ」
「じゃあ何で聞いたんだよ」
俺の好きそうな格好をしてきたなんてそういう事だろ。そもそも前日にキスしてきたのだ。それ以外になにがある。というかこいつの態度普通すぎないか。お前のせいで昨日寝るのが遅かったんだよ。くそが。心中でそんな悪態をついていると名字はにっこり笑った。
「あなたの好きな格好だけじゃなくて色んな格好の私に夢中になってほしいからですよ」
「…………」
「皆まで言わせるなんて先輩は欲しがり屋さんですね。サービスついでに手とか繋ぎましょうか?」
「い、いらねえ」
「はい、残念でした。私が繋ぎたいので繋ぎます。拒否権は一応ありますけど」
「…………」
「権利を行使しないようなので繋ぎます」
失礼しまーすと茶化したような口調で俺の左手をとる名字。ひんやりとしていたが、小さくて柔らかいそれは別に嫌じゃない。名字が先導するような形で歩き始めた。そういえばまだどこに行くか聞いていない。
「先輩って彼女ほしいとか作ろうとかよく言ってるらしいのに中々うぶですね」
「何で知ってんだよ! ……後藤か!」
「黙秘権を発動します」
「あの野郎」
「大学いったら合コンいっぱいするとか」
「…………」
無言になった俺に対して名字は繋いでいる手の甲を親指で触ってきた。……何でそんな触り方するんだこの女。
「いいじゃないですか合コン。大学生っぽい」
「……嫌じゃねーのかよ」
「嫌とか言える立場じゃないでしょ。私、先輩のことが好きなだけの人間ですし」
明確な好意の言葉に思わずバッ! と視線をやってしまった。
「あはは、顔あか」
「お、まえなぁ……!」
「分かってたくせに。ストレートに弱いですか? もっとしましょうか?」
「すんな!」
「いやです。というか今更ですけどNo.2が女の子に唇奪われるってめちゃくちゃ面白いですね」
「奪った奴がそれを言うな」
「いやです。あ、もう一回してもいいですか?」
「…………」
「これから無言は全部肯定ってことにしますね」
そう言って俺の前に回る名字。片手は繋ぎっぱなしの状態で、背伸びしてくる。
「行っていいですよ、合コン」
重なる寸前で名字はそう囁く。
「他の女の子のことなんか気にする余裕、私が全部奪っちゃいますから」
そんな余裕あるわけねえだろ。昨日からずっとお前のことしか考えてねえよ。文句は文字通り塞がれた。……ああ、くそ。キスって気持ちいいな。
「佐伯先生ー。うちの担任が呼んでましたよー」
小走りでやってきたのは一人の女。同学年ではない。だが一年か二年かはわからない。それくらい記憶のない顔。よくこんな(死体が沈んでいる)空間にびびらず来れるな。佐伯と会話を交わす女にそんな感想を持った。
「ボタン追い剥ぎ大会ですか?」
「そんなとこだ」
「ちげえよ」
適当に返す佐伯にそう突っ込むと女はくるりとこちらに顔をやった。そして俺の今の体勢(後藤に羽交い締めされている)を上から下へと視線をながす。文句あるのか。機嫌が悪いせいでそんな言葉が出そうになる。流石に初対面の女にそんな事を言うほど落ちぶれていない。
「面白い格好になってますね河内先輩」
「あぁ゛!?」
ニッコリ笑って言い切った女。前のめりになるが「落ちつけ河内! 女の子だぞ!」とがっしり掴んで止めてくる後藤のせいで動けない。そのせいか余裕綽々といった顔をしている女。めちゃくちゃ腹が立つ。なんだこの女。つーか誰だよ。
「あはは。あ、後藤先輩あとでボタン下さいね。ご利益ありそう」
「名字も煽るなって!」
「後藤の知り合いかよ!!」
そう吠えると「同じ部活の可愛い後輩の名字名前です」と自己紹介してきた。気のせいか可愛いを強調してきていた。俺にとっては全然可愛くねえ。
「もう後藤のボタンねーぞ」
「えーなんでよ早坂くん」
「あいつらが全部とった」
ついでにあの女が二年だということも分かった。そして何故かその背後で「女の子と普通に話してる……!?」と黒崎が羨ましそうに唸っている。黒崎が会話に入らない辺りを見るに恐らく別のクラス。
「ほしかったなぁ後藤先輩のボタン」
「先に言ってたらやったよ」
「こういうのは当日に言うから特別感がでていいんですよー」
「んなこと言われてもな……あ! 河内のボタンは残ってるぞ」
「後藤てめぇ!」
これだ! みたいに言うんじゃねえ!
「んー河内先輩のボタンはいらないかな」
そう言って女は目の前まで歩いてきた。俺だってお前にはやらねーよと睨む。だが気にした様子もなく呑気に後藤と会話を続けていた。こいつのこの度胸なんなんだよ。
「後藤先輩、そのまま捕まえていて下さいね」
「いや早く逃げろよ。流石に殴りはしないだろうけど」
「いやーどうですかね? 殴りそうですよ。すごい顔してるもん」
誰のせいだ。そう返そうとしたが、出来なかった。目の前にある長い睫と唇に当たる柔らかい感触のせいで。
両頬に手を当てられたと思ったらこの状態だった。意味が分からない。意味が分からないけど柔らかい。柔らかいけど意味が分からない。身動き一つ出来ずに石のように固まっているとそっと唇が離れていった。
「あはは、もっとすごい顔になった」
後藤が手を離しているにも関わらず、俺の身体は動かなかった。そんな俺を見て女、……名字はにっこり笑う。
「河内先輩のボタンなんかいらないですよ。もっと欲しいのがあるので」
あ、卒業おめでとうございます。
とって付けたように言う名字。もっと言うことはあったのに俺の口は「ありがとうございます」と返していた。
***
名字名前。俺の携帯のディスプレイにはその名前の下に電話番号とメールアドレスが並んでいる。入手先は後藤だ。
そう、名字が俺に教えるのではなくて俺から(後藤に)聞き出したのだ。
『じゃあ私、卒業式の手伝いあるので』
あの女はそう言ってあの場から去っていった。ご機嫌です、と言わんばかりな顔をして。人にあんな事をした上に意味深なことを言ったくせに、去っていったのだ。ふざけるな。もっと何かあるだろう。おまえのせいで今日一日気もそぞろだったんだ。何で卒業式にこんなに浮き足立たないといけねーんだよ。ふざけるな。卒業式後にやってくると思ったら全くそんな事はなかった。ふざけるな。
『あの女騙されてる! 河内さんにぜってぇ騙されてるんだって!』
『でも面識なかったんだろ!?』
『じゃあ顔か!?』
『顔はまぁアレだから顔だな!』
『でもやっぱり騙されてんじゃねーか! 中身は河内さんだぜ!?』
子分達は殴った。当たり前だ。
『名字……なんで河内なんだ……』
『あいつやばいな……』
『早坂くん、あの子って隣のクラスの……』
『名字だ。……まさかこんなことになるなんて……』
後藤、桶川さん、黒崎、早坂は通夜みたいな顔をしていた。桶川さん以外なんで名字の心配してんだよ。襲われたの俺だぞ。
そして名字のことをよく知ってそうな後藤に色々聞いた結果分かったこと。名字は由井と同じ二組で誰とでも分け隔てなく話すタイプの人間らしい。ヤンキーでもそれは変わらず。(それを聞いた時に何故か黒崎が「私が仲良くなりたかった……っ!」と怨念をまいていた)確かにあの時全く物怖じしてなかったしな。それはいい。大学に入ったらカタギになろうと思っていたがふとした時に出るとも限らない。だったら最初から知ってる相手の方が、
そこまで考えてガン! と枕を殴った。
「いやいやいやいや」
今日初めて存在を認識したような女だ。そしてそんな関係性だったにも関わらずキスぶちかましてきた女だぞ。人前で。普通になしだろ。…………なしのはずだ。
そう思いつつ左手に持った携帯画面を見る。名字名前。今日知ったどこにでもいそうな名前だ。名前なんてただの文字列。別に気にする必要なんかない。後藤に連絡先を聞いたのだって文句を言うためだ。それ以上はない。
『名字に聞いたらお好きにどうぞって返ってきたから。ほら電話とメアド』
少し付け加えるなら「私は河内先輩の連絡先なんてどうでもいいですけど、河内先輩がそこまで知りたいならどうぞ~」みたいな言い分も腹が立つ。なんなら音声再生楽勝だった。顔もだ。すげぇ生意気な顔をしている。そうだ、よく考えてみろ。あいつの第一声最悪だったろ。「面白い格好になってますね河内先輩」だぞ。その後の出来事に引っ張られすぎだ。冷静になれ。あいつの連絡先なんていらねぇだろ。さっさと消せよ。親指で操作して【削除しますか? 】の画面まで持っていく。
「…………」
ピッ。
選んだのはいいえでした。何やってんだ俺は。
***
モヤモヤしたまま寝入った次の日のこと。朝っぱらから枕元の携帯がうるさく鳴っている。目覚ましではなく電話の音だ。退寮まで10日も残っている上に片付けもある程度終わっている。あとは桶川さんの部屋の片付けを手伝えばいいだけだ。その桶川さんはこんな早くに起きねえ。よって俺も早起きする理由なんてない。鳴り響く携帯なんか無視すればいい。それにこんな朝から電話かけてくるやつなんてどうせろくな奴じゃねえ。布団を頭まで被った。
~♪♪
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~~~♪♪♪♪♪
♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪
♪♪♪♪♪♪♪♪♪~
「うるせえ!! 誰だッ!?」
あまりにもしつこく鳴るので怒鳴りながらとる。ディスプレイは見なかった。
《あ、名字です。おはようございます。河内先輩》
「…………」
ブチッ。ツーツーツー。
そんな音が俺の携帯から鳴っていた。違う部屋から「お前のほうがうるせえよ河内!!」と怒鳴っている奴の声もした。
「…………」
名字っていったか?
心の中でそう尋ねる。もちろん返ってくるわけもなく、通話履歴を恐る恐る確認した。
“名字名前”
即行でかけ直した。
「寮の部屋の片付けはどんな感じです?」「もう殆ど終わっている」
「では今日のご予定は」「何もない」
「よかった。少し付き合ってほしい場所があるのですが」「仕方ねえな」
そんなやり取りをして、昼過ぎに学校前で待ち合わせをして街に降りることになった。適当な服だけクローゼットに残していた。別にそれでもよかったが、履き心地のいい靴下が見当たらなかったので仕方なく、服と雑に記載したダンボールを開封した。仕方なくだ。
「なんかご機嫌ですね……河内先輩……」
寮を出るときに会った渋谷の顔は何故か引きつっていた。別にいつも通りだろ。
***
「あ、先輩くるの早い。すみません、お待たせしました」
「…………おう」
既視感のあるような、ないような名字の台詞。ごめんね待った? じゃないが、まあこれはこれで……
「ごめんね待った? の方がよかったですか?」
「お前性格悪いよな」
「いえいえ。河内先輩には負けちゃいますよ。ぼろ負けです」
「てめぇ」
「ところで、私の今日の服どうですか? 河内先輩はこういうワンピースとか好きそうだなぁと勝手に推測したのですが」
名字はコートの前を開いて中の服を見せてきた。花柄の膝丈くらいのワンピース。なんかひらひらしている。好きかと言われれば……と名字の言葉に素直に同意しそうになって口を噤む。
「…………お前性格悪いな」
「気に入ってもらえて何よりです。でも私はデニムもワイドパンツもタイトスカートも好きなので。こういう系はあまり持ってないので期待は厳禁ですよ」
「じゃあ何で聞いたんだよ」
俺の好きそうな格好をしてきたなんてそういう事だろ。そもそも前日にキスしてきたのだ。それ以外になにがある。というかこいつの態度普通すぎないか。お前のせいで昨日寝るのが遅かったんだよ。くそが。心中でそんな悪態をついていると名字はにっこり笑った。
「あなたの好きな格好だけじゃなくて色んな格好の私に夢中になってほしいからですよ」
「…………」
「皆まで言わせるなんて先輩は欲しがり屋さんですね。サービスついでに手とか繋ぎましょうか?」
「い、いらねえ」
「はい、残念でした。私が繋ぎたいので繋ぎます。拒否権は一応ありますけど」
「…………」
「権利を行使しないようなので繋ぎます」
失礼しまーすと茶化したような口調で俺の左手をとる名字。ひんやりとしていたが、小さくて柔らかいそれは別に嫌じゃない。名字が先導するような形で歩き始めた。そういえばまだどこに行くか聞いていない。
「先輩って彼女ほしいとか作ろうとかよく言ってるらしいのに中々うぶですね」
「何で知ってんだよ! ……後藤か!」
「黙秘権を発動します」
「あの野郎」
「大学いったら合コンいっぱいするとか」
「…………」
無言になった俺に対して名字は繋いでいる手の甲を親指で触ってきた。……何でそんな触り方するんだこの女。
「いいじゃないですか合コン。大学生っぽい」
「……嫌じゃねーのかよ」
「嫌とか言える立場じゃないでしょ。私、先輩のことが好きなだけの人間ですし」
明確な好意の言葉に思わずバッ! と視線をやってしまった。
「あはは、顔あか」
「お、まえなぁ……!」
「分かってたくせに。ストレートに弱いですか? もっとしましょうか?」
「すんな!」
「いやです。というか今更ですけどNo.2が女の子に唇奪われるってめちゃくちゃ面白いですね」
「奪った奴がそれを言うな」
「いやです。あ、もう一回してもいいですか?」
「…………」
「これから無言は全部肯定ってことにしますね」
そう言って俺の前に回る名字。片手は繋ぎっぱなしの状態で、背伸びしてくる。
「行っていいですよ、合コン」
重なる寸前で名字はそう囁く。
「他の女の子のことなんか気にする余裕、私が全部奪っちゃいますから」
そんな余裕あるわけねえだろ。昨日からずっとお前のことしか考えてねえよ。文句は文字通り塞がれた。……ああ、くそ。キスって気持ちいいな。