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鈍色のぼさぼさな頭。陽に焼けた肌。重い前髪の隙間から僅かに見えた無気力そうな目。無精ひげを生やして全体的に不潔な印象が強い。泥のついた薄汚れたツナギを着ているため更にその印象が増長される。そして極めつけに肩に担いだシャベル。──なんだこの土木のおっさん。これが第一印象だった。
ゲート発生の警鐘が鳴り、現場に向かうとそこには小型の遠征艇らしき乗り物とそのすぐ横に一人の男がしゃがみ込んでいた。ネイバーか。そう緊張感を高める三輪隊。武器を構えた三輪と米屋を前に男はゆっくりとした動作で立ち上がる。
「Привет. Это - Япония здесь?」
「……………」
米屋は無言で三輪へ顔を向けた。何て言ったのこの人。目でそう訴える。その三輪はと言うとネイバーのへ殺意と理解不能な言語により何とも言えない表情を浮かべていた。あえてタイトルをつけるとしたら未知との遭遇だろうか。はじめて見たぞこんな顔。
「Что произошло? Даже физическое состояние плохо?」
「あ、あいむじゃぱにーず」
若干震えながら米屋が男にそう告げる。通じるわけないよな。ネイバーって言語の違ったのかよ、あれなんであの白チビネイバーは通じてんだよ。頭の中で混乱しつつも本部と連絡をとろうとした時だった。
「………あぁ、そうか。通じるわけないな。すまん。三門市はここであっているか?」
「…………………………もしかして日本人?」
長い沈黙の後、米屋がそう訊ねると男は静かに頷いた。そのとき見えた男の瞳は髪の色と同じく鈍色だった。そして男はシャベルを肩から降ろし僅かに首を傾げて口を開いた。
「手間をかけてすまないがボーダーという組織を知っているか。私はボーダー隊員の名字という者だ」
****
十二年前、ネイバーフットに単身で向かった男がいた。その男はボーダー設立に貢献した功労者であり、当時は若くして幹部の地位についた一人だった。
「………………」
「久しいな忍田。それに城戸さん。元気そうで何よりだ。城戸さんは歳を食って大分変わったな。そして基地がここまで大きくなっていたとは嬉しい誤算だが、土産がこれでは足りないな。このような大きな組織になっているとは知らなかったからな人数分ないんだ。すまないが案内してくれたこの少年たちと分けてくれ。それでは私は行くところがあるからこれで失礼する」
「待て」
一方的に要件を言って立ち去ろうとした目の前の男をはり倒したくなる衝動を必死に抑え、忍田は男の肩を掴んだ。ギシギシいっているがこれでも我慢している範囲だ。普段クールで何事にも動じない本部長が息を荒くし目を血走らせている光景に周りの隊員が動揺しているが、忍田は必死に抑えていた。十数年分の怒りを。
目の前の男─名字ヨウは生粋の変わり者だった。いや、“だった”ではない。変わり者だ。十数年ぶりに会ったが驚くほどに(見た目は大分野生じみていたが)彼は変わっていない。その事に忍田は安心するどころか泣きそうになった。三十を越えてもどうしようもなく泣きたくなる時があると忍田は知ってしまった。知りたくなかったが。
忍田の記憶の中にある名字の姿は背中ばかりだ。こう表現すると名字が壮大な人間のように聞こえるが全くもって違う。何処にでも突き進む名字を忍田が捕獲しようと必死に追いかけていただけである。
名字は好奇心の塊という言葉を具現化したような男だ。道を歩くと地面に生えている草花を何時間と見つめ、突然立ったかと思えば「どこまでこの花が生えているのか知りたかった」と川を沿って数十キロ平気で歩き出し、「不細工な猫がいた。首輪をしていたから飼い猫に違いない。なぜあの様な猫を飼い始めたのか興味がある」と猫を追いかけ飼い主に問いただし、「ロシアにはペリメニという料理があるらしい。日本でいう水餃子らしいが想像がつかないからちょっと食べてくる」といってロシアに足を運んだりと興味をもった事ならば行動範囲が国外まで及ぶというとんでもない男だ。
そして十二年前、名字は突如姿を消した。幹部の失踪に騒然とするボーダー隊員たち。そしてポツンと机に無造作に置かれたメモ紙に皆怒りを顕わにした。
《ちょっと気になることができたのでネイバーフットまで行ってくる。何年かしたら戻る。私の後任は忍田辺りが適任ではないだろうか。忍田なら大丈夫だ。がんばれ》
メモを見つけたのは忍田だった。ちょっとじゃねぇよちょっとじゃ。子旅行気分かコラ。何ががんばれだ。まだ二十代且つ勝手に槍玉にあげられた忍田の心は荒んだ。帰ってきたらはっ倒そうと決意した。まさかそれから十二年も経つとは知らずに。
そして誠に遺憾なことに名字は自分の好奇心を満たすための力と知識があった。ロシアに行くとなったら行きの飛行機でロシア語をマスターし、旅行費用は株の儲けでまかない、「熊が鮭を取るスピードだった」と腕っぷしも人間離れしている。軽く言ってもただの超人である。神は二物も三物も与えるらしい。忍田の主張を挙げるとよくもあいつに余計な力を与えてくれやがったな、である。力さえなければどうとでもなったというのに。
「………十二年間何をしていた」
底冷えするような城戸の声に威圧される米屋達だったが《十二年間》という月日にギョッとし、忍田に足払いをかけられている名字を凝視した。本当にボーダー隊員だったらしい。しかも大先輩だ。忍田の反応を見る限りとんでもなく癖のある男のようだが。そして最後までネイバーと疑わなかった三輪は「……そんな馬鹿な」と静かに呟いた。第一印象は最悪だ。
「ネイバーについて調べていた。手紙に書いただろう? あちらでは途中で空閑さんにも会ったぞ。子供が出来ていたな。名前は……」
「空閑遊真はボーダー隊員だ」
「………そうか。こちらに来ていたのか」
よかった、と呟いた名字。名字の口振りからして遊真の身を案じていたようだ。見た目とは裏腹に穏和な気性なようだが、現在進行形で忍田による締め技講座を受けているため格好がつかない。十二年の月日の重みは凄まじい。
「いたた忍田、流石に骨がイッてしまいそうだ」
「折れてしまえ」
「年取っても変わらないなぁあんたは」
会って一時間も経っていない米屋でさえ「この人に言われなくないだろうなぁ」という感想を持った。忍田の顔が全てを物語っている。そもそも口調が荒い忍田などレアなんてレベルではないにも関わらず「変わらない」と称すこの男が異常である。
しばらくして締め技から解放された名字はふぅーと息を吐きながら軽く肩を回す。ガギ、ゴキ、バキィ! ととんでもない音が出たが名字、忍田、城戸は気にした様子もなく会話を続け出した。
「土産とはこのトリガーのことか?」
「ああ。数が少なくてすまない。傭兵をしていた上に紛争地域にいた時期が長くてな。数多く持ち運ぶのは無理だった。それで三度ほど見つかって死にかけた。だがネイバーフット産のカボチャを栽培するのには成功した。それなら遠征艇に沢山積んであるから持ってこよう。煮物も旨いが炭火で焼くのがお勧めだ。日本のモノより味が濃いからな」
「結構だ」
名字の提案をばっさり切る城戸。一方、傭兵や紛争地域という単語に眉を寄せていた忍田はネイバーフット産のカボチャ辺りで怒っているのか泣いているのか判断が難しい表情を作り出した。ネイバーフットで何やってたんすか、と一周まわって楽しくなってきた米屋が質問すると牧原は顎に手をやりながら口を開く。
「傭兵が一番長いな。トータルで、だが。他は農家や荷運び、ああ……学び屋の教師などもやった。国を転々とした上に排他的な国も多かったから苦労した。他国の人間というだけで忌み嫌う国も多い。私は二重スパイのようなものだったからな。バレたらそこで終わりだ」
口調は淡々としているが語る内容は重い。それでも質問したくせに米屋の頭に中々入ってこないのはネイバーフット産のカボチャのせいだろうか。この数分で米屋の名字への印象は土木のおっさんから奇天烈おじさんへと変わっていた。どちらがマシか判断はできない。
名字は再び城戸の方に顔を向けて話し出す。
「まあ、持ち出せなかったトリガーの半分ほどは構造を覚えている。再現出来るかは別として後で図面を起こそう」
「……十二年分か?」
「ああ。流石に十年前のトリガーは性能が悪いと思うが、ないよりはマシだろう。開発班から優秀なのを三人ほどくれたら一週間で終わらせる」
「……後で派遣しよう」
相変わらず”差“の激しい男だと城戸は内心舌を巻いた。興味のあることとそうでないことの力の入れようと自由奔放さは酷いが、若くして幹部まで登りつめた手腕は認めざる得ない。単身でネイバーフットで生きていけるだけの力量も備わっている。……これで中身がマトモ……いや、最低限の一般常識が備わっていたらどれほど良かったことか。そして見事に薄汚い浮浪者のような風貌に変わっていたが、城戸の記憶での名字は作り物のような繊細な顔と線の細い身体を持つ中性的な美青年だったはずだ。何がどうなってこうなった。
……いろいろと言いたいことはあったが全てを飲み込み、城戸は真っ直ぐ視線を向けた。
「十二年間分、仕事をしてもらう」
「ああ、任せてくれ。仕事をするのは好きだ」
ほっぽりだしといて何を言う、という熱い視線を前方と左斜め横から浴びつつも「その表情は懐かしいなぁ。やはり故郷とはいいものだ」とシミジミしだす名字。分かっていながらこの反応なのか、それとも素なのか。どちらもありそうなのが忍田の疲労感を助長させた。その上「それでは私は用があるから失礼する。少ししたら帰る」という十二年前の悪夢を再来させるかのような適当な言葉を吐いたので無理やり監視役として米屋をつけた。名字は若干不服そうだったが、この男の「少し」や「ちょっと」を信じてはならない。そう断固として譲らない忍田に頬をポリポリ掻きつつ「墓参りなんて少しで終わるだろう……」とやはり不服そうな名字。
「墓参り?」
「ネイバーフットにいた私たちの仲間のだ。あちらでも供養はしたが、故郷でもやるべきだろう」
「それオレが着いていって大丈夫なんすか?」
「何事も人が多い方が有利だからな。ぜひ来てくれ」
「墓参りに有利不利って聞いたことないんすけど」
そんな事を米屋とわちゃわちゃ話しながら司令官室から出て行った名字。それと同時に城戸と忍田は深くため息をついた。……ああ、この感じ懐かしい……珍しく息のあった二人だった。
ゲート発生の警鐘が鳴り、現場に向かうとそこには小型の遠征艇らしき乗り物とそのすぐ横に一人の男がしゃがみ込んでいた。ネイバーか。そう緊張感を高める三輪隊。武器を構えた三輪と米屋を前に男はゆっくりとした動作で立ち上がる。
「Привет. Это - Япония здесь?」
「……………」
米屋は無言で三輪へ顔を向けた。何て言ったのこの人。目でそう訴える。その三輪はと言うとネイバーのへ殺意と理解不能な言語により何とも言えない表情を浮かべていた。あえてタイトルをつけるとしたら未知との遭遇だろうか。はじめて見たぞこんな顔。
「Что произошло? Даже физическое состояние плохо?」
「あ、あいむじゃぱにーず」
若干震えながら米屋が男にそう告げる。通じるわけないよな。ネイバーって言語の違ったのかよ、あれなんであの白チビネイバーは通じてんだよ。頭の中で混乱しつつも本部と連絡をとろうとした時だった。
「………あぁ、そうか。通じるわけないな。すまん。三門市はここであっているか?」
「…………………………もしかして日本人?」
長い沈黙の後、米屋がそう訊ねると男は静かに頷いた。そのとき見えた男の瞳は髪の色と同じく鈍色だった。そして男はシャベルを肩から降ろし僅かに首を傾げて口を開いた。
「手間をかけてすまないがボーダーという組織を知っているか。私はボーダー隊員の名字という者だ」
****
十二年前、ネイバーフットに単身で向かった男がいた。その男はボーダー設立に貢献した功労者であり、当時は若くして幹部の地位についた一人だった。
「………………」
「久しいな忍田。それに城戸さん。元気そうで何よりだ。城戸さんは歳を食って大分変わったな。そして基地がここまで大きくなっていたとは嬉しい誤算だが、土産がこれでは足りないな。このような大きな組織になっているとは知らなかったからな人数分ないんだ。すまないが案内してくれたこの少年たちと分けてくれ。それでは私は行くところがあるからこれで失礼する」
「待て」
一方的に要件を言って立ち去ろうとした目の前の男をはり倒したくなる衝動を必死に抑え、忍田は男の肩を掴んだ。ギシギシいっているがこれでも我慢している範囲だ。普段クールで何事にも動じない本部長が息を荒くし目を血走らせている光景に周りの隊員が動揺しているが、忍田は必死に抑えていた。十数年分の怒りを。
目の前の男─名字ヨウは生粋の変わり者だった。いや、“だった”ではない。変わり者だ。十数年ぶりに会ったが驚くほどに(見た目は大分野生じみていたが)彼は変わっていない。その事に忍田は安心するどころか泣きそうになった。三十を越えてもどうしようもなく泣きたくなる時があると忍田は知ってしまった。知りたくなかったが。
忍田の記憶の中にある名字の姿は背中ばかりだ。こう表現すると名字が壮大な人間のように聞こえるが全くもって違う。何処にでも突き進む名字を忍田が捕獲しようと必死に追いかけていただけである。
名字は好奇心の塊という言葉を具現化したような男だ。道を歩くと地面に生えている草花を何時間と見つめ、突然立ったかと思えば「どこまでこの花が生えているのか知りたかった」と川を沿って数十キロ平気で歩き出し、「不細工な猫がいた。首輪をしていたから飼い猫に違いない。なぜあの様な猫を飼い始めたのか興味がある」と猫を追いかけ飼い主に問いただし、「ロシアにはペリメニという料理があるらしい。日本でいう水餃子らしいが想像がつかないからちょっと食べてくる」といってロシアに足を運んだりと興味をもった事ならば行動範囲が国外まで及ぶというとんでもない男だ。
そして十二年前、名字は突如姿を消した。幹部の失踪に騒然とするボーダー隊員たち。そしてポツンと机に無造作に置かれたメモ紙に皆怒りを顕わにした。
《ちょっと気になることができたのでネイバーフットまで行ってくる。何年かしたら戻る。私の後任は忍田辺りが適任ではないだろうか。忍田なら大丈夫だ。がんばれ》
メモを見つけたのは忍田だった。ちょっとじゃねぇよちょっとじゃ。子旅行気分かコラ。何ががんばれだ。まだ二十代且つ勝手に槍玉にあげられた忍田の心は荒んだ。帰ってきたらはっ倒そうと決意した。まさかそれから十二年も経つとは知らずに。
そして誠に遺憾なことに名字は自分の好奇心を満たすための力と知識があった。ロシアに行くとなったら行きの飛行機でロシア語をマスターし、旅行費用は株の儲けでまかない、「熊が鮭を取るスピードだった」と腕っぷしも人間離れしている。軽く言ってもただの超人である。神は二物も三物も与えるらしい。忍田の主張を挙げるとよくもあいつに余計な力を与えてくれやがったな、である。力さえなければどうとでもなったというのに。
「………十二年間何をしていた」
底冷えするような城戸の声に威圧される米屋達だったが《十二年間》という月日にギョッとし、忍田に足払いをかけられている名字を凝視した。本当にボーダー隊員だったらしい。しかも大先輩だ。忍田の反応を見る限りとんでもなく癖のある男のようだが。そして最後までネイバーと疑わなかった三輪は「……そんな馬鹿な」と静かに呟いた。第一印象は最悪だ。
「ネイバーについて調べていた。手紙に書いただろう? あちらでは途中で空閑さんにも会ったぞ。子供が出来ていたな。名前は……」
「空閑遊真はボーダー隊員だ」
「………そうか。こちらに来ていたのか」
よかった、と呟いた名字。名字の口振りからして遊真の身を案じていたようだ。見た目とは裏腹に穏和な気性なようだが、現在進行形で忍田による締め技講座を受けているため格好がつかない。十二年の月日の重みは凄まじい。
「いたた忍田、流石に骨がイッてしまいそうだ」
「折れてしまえ」
「年取っても変わらないなぁあんたは」
会って一時間も経っていない米屋でさえ「この人に言われなくないだろうなぁ」という感想を持った。忍田の顔が全てを物語っている。そもそも口調が荒い忍田などレアなんてレベルではないにも関わらず「変わらない」と称すこの男が異常である。
しばらくして締め技から解放された名字はふぅーと息を吐きながら軽く肩を回す。ガギ、ゴキ、バキィ! ととんでもない音が出たが名字、忍田、城戸は気にした様子もなく会話を続け出した。
「土産とはこのトリガーのことか?」
「ああ。数が少なくてすまない。傭兵をしていた上に紛争地域にいた時期が長くてな。数多く持ち運ぶのは無理だった。それで三度ほど見つかって死にかけた。だがネイバーフット産のカボチャを栽培するのには成功した。それなら遠征艇に沢山積んであるから持ってこよう。煮物も旨いが炭火で焼くのがお勧めだ。日本のモノより味が濃いからな」
「結構だ」
名字の提案をばっさり切る城戸。一方、傭兵や紛争地域という単語に眉を寄せていた忍田はネイバーフット産のカボチャ辺りで怒っているのか泣いているのか判断が難しい表情を作り出した。ネイバーフットで何やってたんすか、と一周まわって楽しくなってきた米屋が質問すると牧原は顎に手をやりながら口を開く。
「傭兵が一番長いな。トータルで、だが。他は農家や荷運び、ああ……学び屋の教師などもやった。国を転々とした上に排他的な国も多かったから苦労した。他国の人間というだけで忌み嫌う国も多い。私は二重スパイのようなものだったからな。バレたらそこで終わりだ」
口調は淡々としているが語る内容は重い。それでも質問したくせに米屋の頭に中々入ってこないのはネイバーフット産のカボチャのせいだろうか。この数分で米屋の名字への印象は土木のおっさんから奇天烈おじさんへと変わっていた。どちらがマシか判断はできない。
名字は再び城戸の方に顔を向けて話し出す。
「まあ、持ち出せなかったトリガーの半分ほどは構造を覚えている。再現出来るかは別として後で図面を起こそう」
「……十二年分か?」
「ああ。流石に十年前のトリガーは性能が悪いと思うが、ないよりはマシだろう。開発班から優秀なのを三人ほどくれたら一週間で終わらせる」
「……後で派遣しよう」
相変わらず”差“の激しい男だと城戸は内心舌を巻いた。興味のあることとそうでないことの力の入れようと自由奔放さは酷いが、若くして幹部まで登りつめた手腕は認めざる得ない。単身でネイバーフットで生きていけるだけの力量も備わっている。……これで中身がマトモ……いや、最低限の一般常識が備わっていたらどれほど良かったことか。そして見事に薄汚い浮浪者のような風貌に変わっていたが、城戸の記憶での名字は作り物のような繊細な顔と線の細い身体を持つ中性的な美青年だったはずだ。何がどうなってこうなった。
……いろいろと言いたいことはあったが全てを飲み込み、城戸は真っ直ぐ視線を向けた。
「十二年間分、仕事をしてもらう」
「ああ、任せてくれ。仕事をするのは好きだ」
ほっぽりだしといて何を言う、という熱い視線を前方と左斜め横から浴びつつも「その表情は懐かしいなぁ。やはり故郷とはいいものだ」とシミジミしだす名字。分かっていながらこの反応なのか、それとも素なのか。どちらもありそうなのが忍田の疲労感を助長させた。その上「それでは私は用があるから失礼する。少ししたら帰る」という十二年前の悪夢を再来させるかのような適当な言葉を吐いたので無理やり監視役として米屋をつけた。名字は若干不服そうだったが、この男の「少し」や「ちょっと」を信じてはならない。そう断固として譲らない忍田に頬をポリポリ掻きつつ「墓参りなんて少しで終わるだろう……」とやはり不服そうな名字。
「墓参り?」
「ネイバーフットにいた私たちの仲間のだ。あちらでも供養はしたが、故郷でもやるべきだろう」
「それオレが着いていって大丈夫なんすか?」
「何事も人が多い方が有利だからな。ぜひ来てくれ」
「墓参りに有利不利って聞いたことないんすけど」
そんな事を米屋とわちゃわちゃ話しながら司令官室から出て行った名字。それと同時に城戸と忍田は深くため息をついた。……ああ、この感じ懐かしい……珍しく息のあった二人だった。
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