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・コミュ力の高い朗らかなイケメン隠岐孝二はいません
・タイトルで嫌な予感がした方はバックしてください
今日は夜勤の日だった。高校生以下には頻繁には回さないようにはしてあるが、トリオンの関係もあって隊員の年齢比率は未成年が圧倒している。仕方ないというしかないのだが、それでも気分の上がるものではない。
「はあ……」
自分で決めた事とはいえ少し憂鬱になりため息が漏れた。
「隠岐くん」
右横から声がかけられる。その唐突さに思わず大げさに肩を揺らしてしまう。横に視線をやると小柄な女子がノートを持って立っていた。いつからいたんだ、と心で呟く。
「ため息をつく少し前からです」
「!?」
心を読んだかのような言葉だった。「顔がいっています」心じゃなくて顔に出ていたらしい。再び感情を読まれてなんだか気恥ずかしい。誤魔化すように咳をひとつして女子に話しかける。そういえばこの子の名前はなんだっただろうか。
「え、っと……あー……」
「クラスメイトの名字です。数学のノートの回収にきました」
「いやさすがにクラスメイトってのは知っとるけど」
「でも名前は覚えてなかったですよね」
「……」
ストレートな物言いに隠岐は返す言葉が思い浮かばず小さく謝罪した。
「お気になさらず。慣れてます」
「……言うとってむなしない?」
「慣れてます」
平坦とした声色だった。確かに彼女はあまり目立つような風貌ではない。しかしそこまで自分を達観的に見なくても……と思ったが、覚えていなかった自分には何か言う権利はない。大人しくノートを渡すことにした。
「はい。確かに受け取りました」
「おつかれさん」
「日直なので。隠岐くんもいつもお疲れさまです」
お疲れ様を言われる覚えがなく首を傾げる。律儀に軽く頭を下げている彼女に「なんのこと?」と軽く訊ねると「前から言いたかったのですが、」と前置きが入り、話し出した。
「隠岐くんたちのおかげで私たちは日常を送れています。笑って、怒って、悩んでが普通に出来るのはボーダー隊員のみなさんのおかげです。いつもありがとうございます」
再び頭を下げる彼女……名字に口をぎゅっと結んだ。あかん泣きそうや。心の内でそう呟く。すぐに何か返したかったが言葉が出ない。少し弱っていたときにこんな事を言われてジンと来ない人間なんているわけがない。ああ駄目や泣く。嬉しくて泣く。そう繰り返す隠岐に気づいてないのか名字はポケットをごそごそし始める。
「そういえば飴持ってました。飴……関西では飴ちゃんですね。飴ちゃんをどうぞ。疲れてるときには糖分が良いといいますし」
「……飴ちゃん」
「はい飴ちゃんです。ぶどうは好きですか?」
「好きです」
「それは良かった。どうぞ」
名字につられて敬語になってしまった。いや、それよりも。なんだろうか、何故か落ちつかない。飴ちゃんなんて地元のおばちゃんがみな言っている言葉なのに何故か胸にきた。というか、きゅんと鳴った。
「……もっかい言うてくれへん?」
「?」
「飴ちゃん」
「飴ちゃん?」
また鳴った。
***
浮き足立ったまま基地までやってきてしまった。しゃんとせなと言い聞かせてはいるものの昼間の出来事が頭から離れない。どうしようか。しかし憂鬱さは吹き飛んでいる。
「なんや隠岐。えらい顔が緩なっとるけど」
吹き飛んでいるどころか顔までだらしなくなっているらしい。まだ生駒しか来ていなくてよかった。そう思いつつ「ええことあったんで」と素直に返してポケットにしまっておいた飴を出す。これをみると元気になる気がする。しばらくとっておこう。そう心に決めた瞬間に「なんやその飴。食わんのならくれや」と生駒が言った。
「やりませんよ」
「何でや。食べんかったらもったいないやろ」
「食べないけどやりません」
「なんでやくれや」
「やらんわ」
「顔こわっ」
確かに力んでいる自覚はあった。しかしこの飴は駄目なのだ。
「クラスの女の子からもらったやつやからあげません」
「そんなん隠岐ならもらいたい放題やろ」
「これは特別なんですわ」
特定の女子の話をしないためか、単純に女子が好きだからか生駒の興味は飴から移ったらしい。目がきらりと光った。
「どんな子なん」
「髪の毛はボブで身体はちっちゃくて声は淡々としとるんですけどそれが不思議と落ちついてそんで帰りのHRでずっと見とったんですけど端っこが妙に似合っとるめちゃくちゃカワイイ子です」
「おまえこわっ」
そしてすぐに消えた。思ったまま言っただけなのに何故引いているのか隠岐には分からなかった。分からなかったが妙に話したりない。もっと名字のことを話したい気分だ。「そういえばあの子何かに似てますわ」話を続けることにした。
「何かってなんや」
「小動物……いや動物というよりもあれは……」
「煮え切らんな。髪の毛おかっぱなんやろ? まる子か?」
「全然ちゃうわ」
「おまえ情緒不安定すぎひんか。でもあれやな、おかっぱで端っこ似合うて座敷わらしみたいな子やな」
「それや」
「えっ」
また生駒が微妙に引いてる気がした。だが隠岐には関係なかった。
「座敷わらし……」
この上なく的を射ている言葉だった。噛み締めるようにその単語を口にする。見た目はちんまりとしたおかっぱの少女で確か幸福をもたらす妖怪だったはずだ。なんてことだ。まさしく名字ではないか。
「……おれの座敷わらしになってくれへんかな」
「頭大丈夫か?」
***
「家帰ってさっさと寝ろや」という生駒の言葉を無視して夜勤明けにも関わらずに学校に来てしまった。しかしやはり眠い。素直にきいておけば良かったと後悔した。
「おはようございます……? なんだか顔がおつかれですね」
そしてすぐにその後悔は吹き飛んだ。眠気も吹っ飛んだ。座敷わらしは陰鬱な感情をも吹き飛ばしてくれるのかと感動しつつ口を開く。
「夜勤明けやから」
「それは休んだ方がいいのでは。保健室で仮眠とったらすっきりしますよ。お供しましょうか」
「そんなん朝まで離しとうなくなるわ」
「一緒に寝るという意味じゃなくて。そもそももう朝です」
「夜まででもええよ」
「隠岐くん本当にお疲れのようなので早く寝てください」
腕を引っ張られて教室から出る。触れ合った箇所が熱くなった気がした。「寝ないともっと疲れちゃいますよ」心配したような声色にまた胸から音が鳴った。思わず手で押さえる。心臓が速くなっている。自分にしか分からないのにどこか気恥ずかしい。
「先生、ベッド貸してあげてください」
「んー? ああボーダーの子ね。名字さん毛布出してあげて」
「はい。隠岐くん、学ランこっちにかけておきますから貸してください」
保健室について離れた手に少しがっかりし「新妻みたいやな名字さん」と軽口をいう。子供のようだ。
「かけておきますね」
そして普通にスルーされた。おれの座敷わらしがそっけない。いやおれのではないけど、と心の中で言い訳しつつベッドに横になる。綺麗に畳まれた掛け布団に手を伸ばそうとすると、それより早く名字が隠岐の身体に布団を被せた。
「毛布も上に乗せますね。こっちの方があったかいですから」
子供のようだ。先ほどとは同じで違う意味の言葉を心で呟く。でもやはり嫌ではなくて、そのことで口許がだらしなくなりそうになったので布団で隠した。
早朝で使われていないベッドの上に畳まれたせいでひんやりしていた掛け布団なのにどんどん温もりがこもっていく。
(…………ぬくいなぁ……)
瞼が重くなってきた。意識もおぼろげになってくる。
「あっ! 朝会議あったの忘れてたわ。朝練してる子が来るかもしれないから名字さん、ここ任せていい?」
「はい。いってらっしゃい」
ガラガラと引き戸の音が届いて小さな音を立てて閉まった。
「カーテン閉めておきますね。先生にも伝えておきますからゆっくり寝てください」
立ち去ろうとするのが分かって「名字さん慣れとるな」とぼやけた声で言う。少し間があいたが「保健委員ですから。隠岐くん寒くないですか」と話を続けてくれたことに内心胸をなで下ろした。
「おー大丈夫」
「そうですか」
「……なんかええなあ」
「?」
「名字さんの声は何かほっとするわ」
温度は高くなく淡々としているのにひどく落ちつく。もっと早く話せば良かったと思うくらいに。
そんな隠岐の感傷が伝わったのか名字は少し困ったような顔になった。
「……本当にお疲れですね。がんばり過ぎるのは仕事柄仕方ないのかもしれないですけど、その分しっかりと自分を甘やかさなくちゃ駄目ですよ」
「………名字さん」
「はい」
「おれの座敷わらしになってくれへん?」
「寝てください」
ばっさりと切られたというのに妙に心地よく、ああ好きやなぁと思った。
・タイトルで嫌な予感がした方はバックしてください
今日は夜勤の日だった。高校生以下には頻繁には回さないようにはしてあるが、トリオンの関係もあって隊員の年齢比率は未成年が圧倒している。仕方ないというしかないのだが、それでも気分の上がるものではない。
「はあ……」
自分で決めた事とはいえ少し憂鬱になりため息が漏れた。
「隠岐くん」
右横から声がかけられる。その唐突さに思わず大げさに肩を揺らしてしまう。横に視線をやると小柄な女子がノートを持って立っていた。いつからいたんだ、と心で呟く。
「ため息をつく少し前からです」
「!?」
心を読んだかのような言葉だった。「顔がいっています」心じゃなくて顔に出ていたらしい。再び感情を読まれてなんだか気恥ずかしい。誤魔化すように咳をひとつして女子に話しかける。そういえばこの子の名前はなんだっただろうか。
「え、っと……あー……」
「クラスメイトの名字です。数学のノートの回収にきました」
「いやさすがにクラスメイトってのは知っとるけど」
「でも名前は覚えてなかったですよね」
「……」
ストレートな物言いに隠岐は返す言葉が思い浮かばず小さく謝罪した。
「お気になさらず。慣れてます」
「……言うとってむなしない?」
「慣れてます」
平坦とした声色だった。確かに彼女はあまり目立つような風貌ではない。しかしそこまで自分を達観的に見なくても……と思ったが、覚えていなかった自分には何か言う権利はない。大人しくノートを渡すことにした。
「はい。確かに受け取りました」
「おつかれさん」
「日直なので。隠岐くんもいつもお疲れさまです」
お疲れ様を言われる覚えがなく首を傾げる。律儀に軽く頭を下げている彼女に「なんのこと?」と軽く訊ねると「前から言いたかったのですが、」と前置きが入り、話し出した。
「隠岐くんたちのおかげで私たちは日常を送れています。笑って、怒って、悩んでが普通に出来るのはボーダー隊員のみなさんのおかげです。いつもありがとうございます」
再び頭を下げる彼女……名字に口をぎゅっと結んだ。あかん泣きそうや。心の内でそう呟く。すぐに何か返したかったが言葉が出ない。少し弱っていたときにこんな事を言われてジンと来ない人間なんているわけがない。ああ駄目や泣く。嬉しくて泣く。そう繰り返す隠岐に気づいてないのか名字はポケットをごそごそし始める。
「そういえば飴持ってました。飴……関西では飴ちゃんですね。飴ちゃんをどうぞ。疲れてるときには糖分が良いといいますし」
「……飴ちゃん」
「はい飴ちゃんです。ぶどうは好きですか?」
「好きです」
「それは良かった。どうぞ」
名字につられて敬語になってしまった。いや、それよりも。なんだろうか、何故か落ちつかない。飴ちゃんなんて地元のおばちゃんがみな言っている言葉なのに何故か胸にきた。というか、きゅんと鳴った。
「……もっかい言うてくれへん?」
「?」
「飴ちゃん」
「飴ちゃん?」
また鳴った。
***
浮き足立ったまま基地までやってきてしまった。しゃんとせなと言い聞かせてはいるものの昼間の出来事が頭から離れない。どうしようか。しかし憂鬱さは吹き飛んでいる。
「なんや隠岐。えらい顔が緩なっとるけど」
吹き飛んでいるどころか顔までだらしなくなっているらしい。まだ生駒しか来ていなくてよかった。そう思いつつ「ええことあったんで」と素直に返してポケットにしまっておいた飴を出す。これをみると元気になる気がする。しばらくとっておこう。そう心に決めた瞬間に「なんやその飴。食わんのならくれや」と生駒が言った。
「やりませんよ」
「何でや。食べんかったらもったいないやろ」
「食べないけどやりません」
「なんでやくれや」
「やらんわ」
「顔こわっ」
確かに力んでいる自覚はあった。しかしこの飴は駄目なのだ。
「クラスの女の子からもらったやつやからあげません」
「そんなん隠岐ならもらいたい放題やろ」
「これは特別なんですわ」
特定の女子の話をしないためか、単純に女子が好きだからか生駒の興味は飴から移ったらしい。目がきらりと光った。
「どんな子なん」
「髪の毛はボブで身体はちっちゃくて声は淡々としとるんですけどそれが不思議と落ちついてそんで帰りのHRでずっと見とったんですけど端っこが妙に似合っとるめちゃくちゃカワイイ子です」
「おまえこわっ」
そしてすぐに消えた。思ったまま言っただけなのに何故引いているのか隠岐には分からなかった。分からなかったが妙に話したりない。もっと名字のことを話したい気分だ。「そういえばあの子何かに似てますわ」話を続けることにした。
「何かってなんや」
「小動物……いや動物というよりもあれは……」
「煮え切らんな。髪の毛おかっぱなんやろ? まる子か?」
「全然ちゃうわ」
「おまえ情緒不安定すぎひんか。でもあれやな、おかっぱで端っこ似合うて座敷わらしみたいな子やな」
「それや」
「えっ」
また生駒が微妙に引いてる気がした。だが隠岐には関係なかった。
「座敷わらし……」
この上なく的を射ている言葉だった。噛み締めるようにその単語を口にする。見た目はちんまりとしたおかっぱの少女で確か幸福をもたらす妖怪だったはずだ。なんてことだ。まさしく名字ではないか。
「……おれの座敷わらしになってくれへんかな」
「頭大丈夫か?」
***
「家帰ってさっさと寝ろや」という生駒の言葉を無視して夜勤明けにも関わらずに学校に来てしまった。しかしやはり眠い。素直にきいておけば良かったと後悔した。
「おはようございます……? なんだか顔がおつかれですね」
そしてすぐにその後悔は吹き飛んだ。眠気も吹っ飛んだ。座敷わらしは陰鬱な感情をも吹き飛ばしてくれるのかと感動しつつ口を開く。
「夜勤明けやから」
「それは休んだ方がいいのでは。保健室で仮眠とったらすっきりしますよ。お供しましょうか」
「そんなん朝まで離しとうなくなるわ」
「一緒に寝るという意味じゃなくて。そもそももう朝です」
「夜まででもええよ」
「隠岐くん本当にお疲れのようなので早く寝てください」
腕を引っ張られて教室から出る。触れ合った箇所が熱くなった気がした。「寝ないともっと疲れちゃいますよ」心配したような声色にまた胸から音が鳴った。思わず手で押さえる。心臓が速くなっている。自分にしか分からないのにどこか気恥ずかしい。
「先生、ベッド貸してあげてください」
「んー? ああボーダーの子ね。名字さん毛布出してあげて」
「はい。隠岐くん、学ランこっちにかけておきますから貸してください」
保健室について離れた手に少しがっかりし「新妻みたいやな名字さん」と軽口をいう。子供のようだ。
「かけておきますね」
そして普通にスルーされた。おれの座敷わらしがそっけない。いやおれのではないけど、と心の中で言い訳しつつベッドに横になる。綺麗に畳まれた掛け布団に手を伸ばそうとすると、それより早く名字が隠岐の身体に布団を被せた。
「毛布も上に乗せますね。こっちの方があったかいですから」
子供のようだ。先ほどとは同じで違う意味の言葉を心で呟く。でもやはり嫌ではなくて、そのことで口許がだらしなくなりそうになったので布団で隠した。
早朝で使われていないベッドの上に畳まれたせいでひんやりしていた掛け布団なのにどんどん温もりがこもっていく。
(…………ぬくいなぁ……)
瞼が重くなってきた。意識もおぼろげになってくる。
「あっ! 朝会議あったの忘れてたわ。朝練してる子が来るかもしれないから名字さん、ここ任せていい?」
「はい。いってらっしゃい」
ガラガラと引き戸の音が届いて小さな音を立てて閉まった。
「カーテン閉めておきますね。先生にも伝えておきますからゆっくり寝てください」
立ち去ろうとするのが分かって「名字さん慣れとるな」とぼやけた声で言う。少し間があいたが「保健委員ですから。隠岐くん寒くないですか」と話を続けてくれたことに内心胸をなで下ろした。
「おー大丈夫」
「そうですか」
「……なんかええなあ」
「?」
「名字さんの声は何かほっとするわ」
温度は高くなく淡々としているのにひどく落ちつく。もっと早く話せば良かったと思うくらいに。
そんな隠岐の感傷が伝わったのか名字は少し困ったような顔になった。
「……本当にお疲れですね。がんばり過ぎるのは仕事柄仕方ないのかもしれないですけど、その分しっかりと自分を甘やかさなくちゃ駄目ですよ」
「………名字さん」
「はい」
「おれの座敷わらしになってくれへん?」
「寝てください」
ばっさりと切られたというのに妙に心地よく、ああ好きやなぁと思った。