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影浦には十三個歳が離れているいとこがいる。父親の弟の子供で性別は女。名前は名前。好きな食べ物はみかん。幼稚園ではもも組の年中さん。父親に連れられてまだ産まれたばかりでしわくちゃのおサル状態のときに会ったのが最初の出会い。そのときの感想は「触ったら潰しそう」。一定距離から近づこうとしない影浦に影浦の父親と兄、名前の両親は呆れつつも笑っていた。
名前の母親は元々病弱な人で名前が四歳になる前にこの世を去った。それから名前の父親は男手ひとつで名前を育ててきた。「俺の嫁さんと子どもかわいすぎんだろぉおお!!」となかなか頭の沸いた人物だったが、妻を亡くしても背中を曲げることなく愛する子どものために働く叔父を影浦は少し尊敬していた。少しだけ。そしてそれを口にも態度にも出したことはない。「甥っ子かわえええ!!」と幼少期に必要以上に構われたときの恨みではない。彼は昔から頭が沸いていた。
そんな彼が名前を抱っこしつつ神妙な顔で影浦家を訪れたのは名前が五歳になった時だった。曰わく「ろくに電気も回っていない国へ派遣されることになった。しかも任期は三年」と。影浦の父はそんな弟に何を考えているんだと激怒した。まだ小さい名前がいるのにと続けて怒鳴ろうとした父に、彼は逆ギレした。「俺も断ったよ! 退職も辞さない腹積もりだったよ! でも俺が行かないとあっちで働く人間が何人も路頭に迷うの!! 下手したら死人が出るの! だから兄貴の所で名前の面倒みてほしい!! お願いします!!!」とすごい剣幕で言い切った。そんな責任のある仕事に就いていたのか……こんな人間が……と影浦は場違いにそう思った。
そんなこんなで影浦家で名前を引き取ることになった。叔父は三年の任期を終えれば転勤もなく腰を落ち着けるからと血の涙を流しながら発っていった。そして名前は今日も元気に幼稚園に行った。
「まさとにーちゃん顔がこわいのぉ……」
不機嫌(影浦にとったらいつも通りの顔)な影浦を朝一番に目撃して、泣きながら朝食を食べ、泣きながら制服に着替えて兄と手を繋いで泣きながら幼稚園へ行った。影浦は名前に怖がられていた。普段はそこまでない。寝起きの影浦だけ異常に怖がられている。嫌われてはない。なんせ毎朝寝ている影浦を起こしに来るのは名前だ。「まさとにーちゃん朝ごはん! オムレツ! ふわふわ………うわーん! まさとにーちゃんの顔おにー!」とベッドに飛びつき影浦の顔を覗き込み、影浦が起きると泣き出して逃げるというワンセットが日課となっている。泣くのが分かっていてわざわざ来るのだから嫌われてはいないと思われる。……多分。普段なら朝食までに泣き止んでいるのだが、今日は寝起きがいつも以上に悪かった。なんせ夢に犬飼が出てきた。「ああッ!? うるせーよ! 馬鹿犬か……」まで吠えて目の前にいる名前に気がついた。犬飼殺すと心で決意して既に涙腺が崩壊している名前の頭に手をやろうとしたが、それよりも早く名前が泣き叫んだ。すぐに飛んできた兄と母にしこたま怒られた。「こんな凶悪面に成長して!!」と理不尽極まりない説教を受けた。
「クソ犬飼死ね」
「名前ちゃん可哀想……朝からカゲのキレ顔を間近で見ちゃったなんて……」
「うるせー!」
名前の心境を思ってか、ううう……と口元を押さえる北添に怒鳴り返す。可哀想なのは俺だと内心舌打ちをした。
影浦は名前の事をそこそこ気に入っていた。泣かれたら落ち込むし、兄と手を繋いで楽しそうに話す姿を見て苛つくくらいには気に入っていた。事の発端は名前が三歳になったときだ。名前の父親の多忙さと影浦がボーダーに入った事で正月、盆と名前が産まれてからは一度と顔を合わせることがなかった影浦。父親に弟夫婦とその子どもがうちに遊びに来ると言われ、そういやあのチビあれから見てねーな、とそのときに名前の存在を思い出したのだ。
「…………かげうら名前です。みかんがすきです」
父親の後ろに隠れながら伺うように顔を覗きこませる名前に言いようのない感情が湧き出た影浦。何だこの生き物。人間か? 冗談なくそう思った。そしてそれは口に出ていたらしく「だよな。控えめに言って天使だよな。影浦家の血筋に天使誕生しちゃったんだよなこれが。家系図に天使の枠作ろうぜ兄貴」と相変わらず頭の沸いている叔父と意見が合ったのは初めてだった。そんなの作れるかと嫁に殴られる叔父を後目に名前はおずおずとしながら影浦に近づいて口を開いた。
「……まさとにーちゃん?」
天使だなこいつ
そう確信した影浦。そんな息子を見て影浦の父は少し泣きそうになった。そんな所あいつ(弟)と似るなよ……と。
「クソっ、今日はずっと泣いてたから行ってきますもいってらっしゃいも言われてねー」
「子ども嫌いがこんな事になるなんて……」
「あ? ガキは嫌いだっつの。そこら辺のガキと名前を一緒にすんな」
「ああ……そうだね……天使だもんね……」
遠い目をする悪友に何を当たり前の事を、と携帯を弄くる影浦。待ち受けの昼寝中の名前に荒んだ心を癒されていると途端に画面が切り替わり【母】の文字が浮かび上がった。
「なんだばばあ」
《名前ちゃんの迎えを頼もうと思ったけど止めたわ》
「よくやったばばあ」
いつもは兄に取られている役割を回してくれた母に影浦なりの感謝を示して携帯を切った。こうしちゃ居られない。さっさと名前を迎えに行かなければ。
「おいゾエ、名前の迎え行くぞ」
「え゛っ今日は防衛シフトの話し合いするんじゃ……」
「名前の安全守るほうが大切に決まってんだろうが」
ネイバーなんて他の奴に相手させてろ、名前は俺が守ると羞恥心ひとつなく言い切った友人兼隊長に気が遠くなる北添だった。人って変わるんだね…………
***
俺が会議出るからカゲは名前ちゃんのお迎えに行って……と力なく送り出された影浦は名前の幼稚園の入口に立っていた。そこで今朝方大泣きさせたことを思い出し、今更怖じ気づいた(顔はいつもの三割り増しで厳つい)影浦。同じく子どもの迎えに来た親たちの視線がチクチクと疼くがそんなことどうでもいい。今は名前だ。また朝と同じレベルで泣かれたら流石に死ぬ。精神が持たない。どうするかと頭を抱えたときだった。
「あ! まさとにーちゃんだっ」
「!!」
制止する幼稚園の先生の腕から抜け出して真っ直ぐに影浦のもとへ走ってくる名前。そのことに静かに感動しながら地面に膝をつく影浦。名前は勢いを殺すことなくそのまま影浦に飛びついた。
「えへへー今日はまさとにーちゃんがお迎えだぁうれしいぃー」
「………っ! 、……!!」
言葉に出来ない感動を噛み締めながら名前の小さすぎる身体に長い手を回す影浦。「誘拐……? でも名前ちゃん喜んでいるわ……」と怪訝と警戒を含めた視線が身体に突き刺さるが影浦は気がついていなかった。あれほど疎ましく思っていたサイドエフェクトだがどうでもいい。今は名前だ。影浦の心境はただそれだけだった。
「まさとにーちゃんおなか空いた。お好み焼きたべたい」
「あ? 晩飯入らなくなんぞ。みかんで我慢しろ」
どこの高級みかんを買ってやろうかと算段をつけていると、くいっくいっと影浦の学ランを引っ張る名前。何だよ口で言えよと文句を言いつつ視線を合わせる。
「やだ。今はみかんよりまさとにーちゃんの作ったお好み焼きがすきなの!」
「………………」
もう帰ってくんな叔父さん。心からそう思った影浦は再び名前を抱きしめた。
名前の母親は元々病弱な人で名前が四歳になる前にこの世を去った。それから名前の父親は男手ひとつで名前を育ててきた。「俺の嫁さんと子どもかわいすぎんだろぉおお!!」となかなか頭の沸いた人物だったが、妻を亡くしても背中を曲げることなく愛する子どものために働く叔父を影浦は少し尊敬していた。少しだけ。そしてそれを口にも態度にも出したことはない。「甥っ子かわえええ!!」と幼少期に必要以上に構われたときの恨みではない。彼は昔から頭が沸いていた。
そんな彼が名前を抱っこしつつ神妙な顔で影浦家を訪れたのは名前が五歳になった時だった。曰わく「ろくに電気も回っていない国へ派遣されることになった。しかも任期は三年」と。影浦の父はそんな弟に何を考えているんだと激怒した。まだ小さい名前がいるのにと続けて怒鳴ろうとした父に、彼は逆ギレした。「俺も断ったよ! 退職も辞さない腹積もりだったよ! でも俺が行かないとあっちで働く人間が何人も路頭に迷うの!! 下手したら死人が出るの! だから兄貴の所で名前の面倒みてほしい!! お願いします!!!」とすごい剣幕で言い切った。そんな責任のある仕事に就いていたのか……こんな人間が……と影浦は場違いにそう思った。
そんなこんなで影浦家で名前を引き取ることになった。叔父は三年の任期を終えれば転勤もなく腰を落ち着けるからと血の涙を流しながら発っていった。そして名前は今日も元気に幼稚園に行った。
「まさとにーちゃん顔がこわいのぉ……」
不機嫌(影浦にとったらいつも通りの顔)な影浦を朝一番に目撃して、泣きながら朝食を食べ、泣きながら制服に着替えて兄と手を繋いで泣きながら幼稚園へ行った。影浦は名前に怖がられていた。普段はそこまでない。寝起きの影浦だけ異常に怖がられている。嫌われてはない。なんせ毎朝寝ている影浦を起こしに来るのは名前だ。「まさとにーちゃん朝ごはん! オムレツ! ふわふわ………うわーん! まさとにーちゃんの顔おにー!」とベッドに飛びつき影浦の顔を覗き込み、影浦が起きると泣き出して逃げるというワンセットが日課となっている。泣くのが分かっていてわざわざ来るのだから嫌われてはいないと思われる。……多分。普段なら朝食までに泣き止んでいるのだが、今日は寝起きがいつも以上に悪かった。なんせ夢に犬飼が出てきた。「ああッ!? うるせーよ! 馬鹿犬か……」まで吠えて目の前にいる名前に気がついた。犬飼殺すと心で決意して既に涙腺が崩壊している名前の頭に手をやろうとしたが、それよりも早く名前が泣き叫んだ。すぐに飛んできた兄と母にしこたま怒られた。「こんな凶悪面に成長して!!」と理不尽極まりない説教を受けた。
「クソ犬飼死ね」
「名前ちゃん可哀想……朝からカゲのキレ顔を間近で見ちゃったなんて……」
「うるせー!」
名前の心境を思ってか、ううう……と口元を押さえる北添に怒鳴り返す。可哀想なのは俺だと内心舌打ちをした。
影浦は名前の事をそこそこ気に入っていた。泣かれたら落ち込むし、兄と手を繋いで楽しそうに話す姿を見て苛つくくらいには気に入っていた。事の発端は名前が三歳になったときだ。名前の父親の多忙さと影浦がボーダーに入った事で正月、盆と名前が産まれてからは一度と顔を合わせることがなかった影浦。父親に弟夫婦とその子どもがうちに遊びに来ると言われ、そういやあのチビあれから見てねーな、とそのときに名前の存在を思い出したのだ。
「…………かげうら名前です。みかんがすきです」
父親の後ろに隠れながら伺うように顔を覗きこませる名前に言いようのない感情が湧き出た影浦。何だこの生き物。人間か? 冗談なくそう思った。そしてそれは口に出ていたらしく「だよな。控えめに言って天使だよな。影浦家の血筋に天使誕生しちゃったんだよなこれが。家系図に天使の枠作ろうぜ兄貴」と相変わらず頭の沸いている叔父と意見が合ったのは初めてだった。そんなの作れるかと嫁に殴られる叔父を後目に名前はおずおずとしながら影浦に近づいて口を開いた。
「……まさとにーちゃん?」
天使だなこいつ
そう確信した影浦。そんな息子を見て影浦の父は少し泣きそうになった。そんな所あいつ(弟)と似るなよ……と。
「クソっ、今日はずっと泣いてたから行ってきますもいってらっしゃいも言われてねー」
「子ども嫌いがこんな事になるなんて……」
「あ? ガキは嫌いだっつの。そこら辺のガキと名前を一緒にすんな」
「ああ……そうだね……天使だもんね……」
遠い目をする悪友に何を当たり前の事を、と携帯を弄くる影浦。待ち受けの昼寝中の名前に荒んだ心を癒されていると途端に画面が切り替わり【母】の文字が浮かび上がった。
「なんだばばあ」
《名前ちゃんの迎えを頼もうと思ったけど止めたわ》
「よくやったばばあ」
いつもは兄に取られている役割を回してくれた母に影浦なりの感謝を示して携帯を切った。こうしちゃ居られない。さっさと名前を迎えに行かなければ。
「おいゾエ、名前の迎え行くぞ」
「え゛っ今日は防衛シフトの話し合いするんじゃ……」
「名前の安全守るほうが大切に決まってんだろうが」
ネイバーなんて他の奴に相手させてろ、名前は俺が守ると羞恥心ひとつなく言い切った友人兼隊長に気が遠くなる北添だった。人って変わるんだね…………
***
俺が会議出るからカゲは名前ちゃんのお迎えに行って……と力なく送り出された影浦は名前の幼稚園の入口に立っていた。そこで今朝方大泣きさせたことを思い出し、今更怖じ気づいた(顔はいつもの三割り増しで厳つい)影浦。同じく子どもの迎えに来た親たちの視線がチクチクと疼くがそんなことどうでもいい。今は名前だ。また朝と同じレベルで泣かれたら流石に死ぬ。精神が持たない。どうするかと頭を抱えたときだった。
「あ! まさとにーちゃんだっ」
「!!」
制止する幼稚園の先生の腕から抜け出して真っ直ぐに影浦のもとへ走ってくる名前。そのことに静かに感動しながら地面に膝をつく影浦。名前は勢いを殺すことなくそのまま影浦に飛びついた。
「えへへー今日はまさとにーちゃんがお迎えだぁうれしいぃー」
「………っ! 、……!!」
言葉に出来ない感動を噛み締めながら名前の小さすぎる身体に長い手を回す影浦。「誘拐……? でも名前ちゃん喜んでいるわ……」と怪訝と警戒を含めた視線が身体に突き刺さるが影浦は気がついていなかった。あれほど疎ましく思っていたサイドエフェクトだがどうでもいい。今は名前だ。影浦の心境はただそれだけだった。
「まさとにーちゃんおなか空いた。お好み焼きたべたい」
「あ? 晩飯入らなくなんぞ。みかんで我慢しろ」
どこの高級みかんを買ってやろうかと算段をつけていると、くいっくいっと影浦の学ランを引っ張る名前。何だよ口で言えよと文句を言いつつ視線を合わせる。
「やだ。今はみかんよりまさとにーちゃんの作ったお好み焼きがすきなの!」
「………………」
もう帰ってくんな叔父さん。心からそう思った影浦は再び名前を抱きしめた。