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「無視するなよー! なあ、まさたかってば!」
二宮の進行を阻むかのように足元をちょろちょろ動く茶色の頭。すっと通った鼻筋に整った二重瞼は幼いながら将来を期待させるものだった。そしてさらさらとした髪は綺麗な天使の輪を作っている。ドライヤーを嫌がるくせにと思いつつ二宮はその天使の輪をぎしりと掴み、横にどかした。
「邪魔だ」
「ここはしゆーちだからまさたかにそんな事をいわれる筋合いはないぞ!」
私有地を主張し始めた目の前の生き物にそんな言葉どこで覚えたと聞くと「けーたくんがいってた」と返ってきた。けーたくんとは誰だ。何故かドヤ顔をしている茶髪の頭に軽く力を入れた。
「同じ家に住んでいるのに私有地もクソもあるか。どけ」
「いたいいたいいたい! かあちゃーんっまさたかが大人気ないぞ! おこって!!」
「匡貴ーだめよー」
「もっとおこって!!」
泣くくらいに! と半泣きになりながら母に頼む茶髪の頭の子どもはちょうど一回り歳の離れた二宮の弟だ。
「今日のおかずはまさたかの分はないからな! ゆるさんぞ!」
「今日のメインはお魚よーヨウ」
「……やっぱゆるす!」
見ての通りのアホだ。だが二宮とっては非常に遺憾なことに、顔は幼い頃の二宮そのままで、年の差はあるが顔の造形もほぼ一緒である。そのせいで「二宮さんもこんな子どもだったんすか」と後輩から笑いながら聞かれることが多い。そんなわけあるか。これは同い年の子どもの中でも馬鹿の部類に入る。
「ほらヨウ、そろそろお兄ちゃん離してやりなさい。お仕事行くんだから」
「仕事とおれどっちが大事なんだよ!」
「仕事だ」
「!! お、おれだって仕事のが大事だからな! 勘違いするなよ!」
「行ってくる」
母にそう告げて家を出た。「おれも仕事のほうが大事だぞ! まさたかなんか……あれ、あれ……あれだからな!」と何が言いたいのか分からない(本人も分かっていない)言葉は聞き流した。キリがない。
そもそもおまえには仕事なんてないだろう。心の中でそう返して基地まで足を進めた。
***
【おれは激怒した】とメッセージが残っていた。母からだったが送った相手はヨウだろう。おまえはメロスかと突っ込みをいれて返信するために画面を一度タップする。
「…………」
が、特に返す言葉も思い浮かばなかったのでそのまま画面を消した。「もっと激怒するぞ!」と二宮の脳内にいるヨウが騒いでいたが返そうが返さまいがうるさいことに変わりはない。家に帰ったらギャーギャー言いながら引っ付いてくるのだから。
「返信しないんですか?」
「弟からだ。脈絡が無さすぎて内容が理解出来ない」
「ああ、ヨウくんですか。まだ三年生ですからね」
「お馬鹿な子ですもんね。ヨウちゃん」
辻はオブラートに包んでくれたが犬飼の言葉はドストレートだった。しかしなにも間違っていないので無言で首肯を返した。
「前から思ってたんですけど、なんでヨウちゃんは二宮さんの事を名前で呼んでるんですか?」
「知るか」
小学校に入ってしばらくして「まさたか! まさたか!」と急にうるさくなったのだ。途中までは荒い手段で止めていたが面倒になって放置することにした。「お兄ちゃんって呼びなさい」と叱っていた両親が途中から「うんまあいいんじゃない?」とあっさり意見をかえたのも理由の一つだ。綺麗な手のひら返しだった。
「あはは、でもあれだけ歳が離れてたら可愛いでしょ」
「……」
「俺は可愛いと思います。ヨウくん」
怪訝な顔をしていたせいか辻のフォローが入った。
「この前会ったとき「辻ちゃん兄ちゃんこんにちは!」って挨拶してくれましたし」
「辻、そんな馬鹿丸出しの呼び方されてていいのか」
「えー俺なんて犬飼呼びですよ。何で俺だけ呼び捨て」
ちなみに氷見のことはひゃみちゃんと呼んでいる。……今はいない人間のこともちゃん付けで呼んでいた。ヨウは二宮の隊員たちによく懐いている。隊員たちもヨウのことは可愛がってくれている。そこだけは何も変わらない。一人減った今でも。
『まさたか! さっきテレビでね、スナイパーの話しててね、鳩ちゃんもスナイパーだから……』
『あいつの話はするな』
『? なんで』
『……あいつはボーダーを辞めた』
弟といえども部外者だ。本当のことを話すわけにはいかない。「もう忘れろ」と適当にあしらうつもりで言った言葉は思いのほか棘がこもってしまった。顔にも苛立ちの色を全面に出していた。……こいつに八つ当たりしても仕方ないだろうと自分に言い聞かせ、謝罪しようとしたら先にヨウが口を開いた。
『にーちゃん悲しいの?』
ヨウは二宮だけを見てそういった。純粋な目と真っ直ぐな言葉に胸に抱えていた感情が流れてきそうになり、ぐっと抑えた。今回のことで生まれた感情は怒りだけではなかったのだ。だが、それを出す前にやるべきことはたくさんあった。隊長としての責任も重なり、誰にも見せずにいくつもりだった。
その感情が弟に真っ先に見つかるなんて想像もしていなかった。
『……そうかもしれないな』
それだけ返すとヨウは「そっかぁ」といってしばらく二宮から離れなかった。
***
家に帰り、リビングに行くとテレビの前で寝ているヨウを発見した。
「お帰りなさい匡貴。ご飯温めるから座ってまってなさい」
「ただいま。何故あいつはテレビの前で寝ているんだ」
「さっきまでゲームしてたんだけどねー。にーちゃんとじゃないと楽しくないっていってふて寝しちゃった」
ふて寝の割には穏やかな寝息を立てていた。あれはもう起きないなと息をついてヨウの元に向かう。そのまま抱き上げて部屋に連れて行こうとしたら再び母から声がかかった。
「あ、そういえばヨウが怒ってたわよ。『にーちゃんは最近そっけない!』って」
「……母さんの前ではこいつはそう呼ぶのか?」
あんなにまさたかまさたかと煩いのに。二宮の疑問に母は「そうだけど」とあっさり肯定した。……まさか嫌われているのか、と思いもしなかった仮定に思わず手に力が入ってしまった。すると「いてえ!」と声を上げてヨウが起きてしまった。
「あれ? なんでまさたかがおれを抱っこしてるんだ?」
「……おまえは何故俺のことを名前で呼ぶ」
質問に質問を返したせいでヨウの頭からは疑問符が飛び交っていた。「まさたかはまさたかじゃん」そうじゃない。
「にーちゃんじゃなくて何でまさたかって呼ぶか聞いているのよ」
母からの助け舟に内心感謝し、ヨウの答えを待つ。ヨウは意味が分かったらしく「ああ!」と納得したように手を叩いて話し出した。
「けーたくんがね、名前をたくさん呼んだらもっと仲良くなれるぞっていってた。だからなおれ、まさたかのこといっぱい名前で呼ぶことにした!」
まさたかもおれのこといっぱい呼んでいいからな! と今朝同様どや顔な弟とその後ろで微笑ましそうな顔で食事を温めなおしている母親。ここで聞くんじゃなかったと後悔しつつ「……ただいま。ヨウ」というと弟は花が咲いたように笑って「おかえりまさたか!」と言った。
二宮の進行を阻むかのように足元をちょろちょろ動く茶色の頭。すっと通った鼻筋に整った二重瞼は幼いながら将来を期待させるものだった。そしてさらさらとした髪は綺麗な天使の輪を作っている。ドライヤーを嫌がるくせにと思いつつ二宮はその天使の輪をぎしりと掴み、横にどかした。
「邪魔だ」
「ここはしゆーちだからまさたかにそんな事をいわれる筋合いはないぞ!」
私有地を主張し始めた目の前の生き物にそんな言葉どこで覚えたと聞くと「けーたくんがいってた」と返ってきた。けーたくんとは誰だ。何故かドヤ顔をしている茶髪の頭に軽く力を入れた。
「同じ家に住んでいるのに私有地もクソもあるか。どけ」
「いたいいたいいたい! かあちゃーんっまさたかが大人気ないぞ! おこって!!」
「匡貴ーだめよー」
「もっとおこって!!」
泣くくらいに! と半泣きになりながら母に頼む茶髪の頭の子どもはちょうど一回り歳の離れた二宮の弟だ。
「今日のおかずはまさたかの分はないからな! ゆるさんぞ!」
「今日のメインはお魚よーヨウ」
「……やっぱゆるす!」
見ての通りのアホだ。だが二宮とっては非常に遺憾なことに、顔は幼い頃の二宮そのままで、年の差はあるが顔の造形もほぼ一緒である。そのせいで「二宮さんもこんな子どもだったんすか」と後輩から笑いながら聞かれることが多い。そんなわけあるか。これは同い年の子どもの中でも馬鹿の部類に入る。
「ほらヨウ、そろそろお兄ちゃん離してやりなさい。お仕事行くんだから」
「仕事とおれどっちが大事なんだよ!」
「仕事だ」
「!! お、おれだって仕事のが大事だからな! 勘違いするなよ!」
「行ってくる」
母にそう告げて家を出た。「おれも仕事のほうが大事だぞ! まさたかなんか……あれ、あれ……あれだからな!」と何が言いたいのか分からない(本人も分かっていない)言葉は聞き流した。キリがない。
そもそもおまえには仕事なんてないだろう。心の中でそう返して基地まで足を進めた。
***
【おれは激怒した】とメッセージが残っていた。母からだったが送った相手はヨウだろう。おまえはメロスかと突っ込みをいれて返信するために画面を一度タップする。
「…………」
が、特に返す言葉も思い浮かばなかったのでそのまま画面を消した。「もっと激怒するぞ!」と二宮の脳内にいるヨウが騒いでいたが返そうが返さまいがうるさいことに変わりはない。家に帰ったらギャーギャー言いながら引っ付いてくるのだから。
「返信しないんですか?」
「弟からだ。脈絡が無さすぎて内容が理解出来ない」
「ああ、ヨウくんですか。まだ三年生ですからね」
「お馬鹿な子ですもんね。ヨウちゃん」
辻はオブラートに包んでくれたが犬飼の言葉はドストレートだった。しかしなにも間違っていないので無言で首肯を返した。
「前から思ってたんですけど、なんでヨウちゃんは二宮さんの事を名前で呼んでるんですか?」
「知るか」
小学校に入ってしばらくして「まさたか! まさたか!」と急にうるさくなったのだ。途中までは荒い手段で止めていたが面倒になって放置することにした。「お兄ちゃんって呼びなさい」と叱っていた両親が途中から「うんまあいいんじゃない?」とあっさり意見をかえたのも理由の一つだ。綺麗な手のひら返しだった。
「あはは、でもあれだけ歳が離れてたら可愛いでしょ」
「……」
「俺は可愛いと思います。ヨウくん」
怪訝な顔をしていたせいか辻のフォローが入った。
「この前会ったとき「辻ちゃん兄ちゃんこんにちは!」って挨拶してくれましたし」
「辻、そんな馬鹿丸出しの呼び方されてていいのか」
「えー俺なんて犬飼呼びですよ。何で俺だけ呼び捨て」
ちなみに氷見のことはひゃみちゃんと呼んでいる。……今はいない人間のこともちゃん付けで呼んでいた。ヨウは二宮の隊員たちによく懐いている。隊員たちもヨウのことは可愛がってくれている。そこだけは何も変わらない。一人減った今でも。
『まさたか! さっきテレビでね、スナイパーの話しててね、鳩ちゃんもスナイパーだから……』
『あいつの話はするな』
『? なんで』
『……あいつはボーダーを辞めた』
弟といえども部外者だ。本当のことを話すわけにはいかない。「もう忘れろ」と適当にあしらうつもりで言った言葉は思いのほか棘がこもってしまった。顔にも苛立ちの色を全面に出していた。……こいつに八つ当たりしても仕方ないだろうと自分に言い聞かせ、謝罪しようとしたら先にヨウが口を開いた。
『にーちゃん悲しいの?』
ヨウは二宮だけを見てそういった。純粋な目と真っ直ぐな言葉に胸に抱えていた感情が流れてきそうになり、ぐっと抑えた。今回のことで生まれた感情は怒りだけではなかったのだ。だが、それを出す前にやるべきことはたくさんあった。隊長としての責任も重なり、誰にも見せずにいくつもりだった。
その感情が弟に真っ先に見つかるなんて想像もしていなかった。
『……そうかもしれないな』
それだけ返すとヨウは「そっかぁ」といってしばらく二宮から離れなかった。
***
家に帰り、リビングに行くとテレビの前で寝ているヨウを発見した。
「お帰りなさい匡貴。ご飯温めるから座ってまってなさい」
「ただいま。何故あいつはテレビの前で寝ているんだ」
「さっきまでゲームしてたんだけどねー。にーちゃんとじゃないと楽しくないっていってふて寝しちゃった」
ふて寝の割には穏やかな寝息を立てていた。あれはもう起きないなと息をついてヨウの元に向かう。そのまま抱き上げて部屋に連れて行こうとしたら再び母から声がかかった。
「あ、そういえばヨウが怒ってたわよ。『にーちゃんは最近そっけない!』って」
「……母さんの前ではこいつはそう呼ぶのか?」
あんなにまさたかまさたかと煩いのに。二宮の疑問に母は「そうだけど」とあっさり肯定した。……まさか嫌われているのか、と思いもしなかった仮定に思わず手に力が入ってしまった。すると「いてえ!」と声を上げてヨウが起きてしまった。
「あれ? なんでまさたかがおれを抱っこしてるんだ?」
「……おまえは何故俺のことを名前で呼ぶ」
質問に質問を返したせいでヨウの頭からは疑問符が飛び交っていた。「まさたかはまさたかじゃん」そうじゃない。
「にーちゃんじゃなくて何でまさたかって呼ぶか聞いているのよ」
母からの助け舟に内心感謝し、ヨウの答えを待つ。ヨウは意味が分かったらしく「ああ!」と納得したように手を叩いて話し出した。
「けーたくんがね、名前をたくさん呼んだらもっと仲良くなれるぞっていってた。だからなおれ、まさたかのこといっぱい名前で呼ぶことにした!」
まさたかもおれのこといっぱい呼んでいいからな! と今朝同様どや顔な弟とその後ろで微笑ましそうな顔で食事を温めなおしている母親。ここで聞くんじゃなかったと後悔しつつ「……ただいま。ヨウ」というと弟は花が咲いたように笑って「おかえりまさたか!」と言った。