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加古望の双子の妹である加古名前。一卵性双生児である二人。同じ顔、身長、体型と瓜二つだ。そう、見た目はそっくりなのだ。
「名前、新作の炒飯作ってみたの。食べてくれる?」
「…………ええ、ありがとう望ちゃん」
片や爛々と輝く微笑みで、片や表情筋ひとつ動かさず、しかし背景には黒いオーラを背負った同じ顔の女たち。加古名前はボーダーでこう言われている。最強の鉄仮面女と。
幼少期より好奇心旺盛だった同じ顔の姉。どちらかと言うと人見知りの気があった同じ顔の妹。そんな妹の手を引っ張り、色んなことを教え、喜んでくれた姉のことが大好きだった名前。いや、今も大好きなのだ。例え好奇心という名の悪魔の実験で、意識が飛ぶどころか記憶すら飛びかけるダークマターを作り出したとしても。
「名前、炒飯をつくったの。一番はじめに名前にたべてほしくて」
「わあ、ありがとう望ちゃん! いただきます!」
当時六歳だった名前は悟った。これ他人が食べたら姉は捕まる、と。
頭の中が真っ白になったかと思ったら次にきたのは舌への激痛。ヒリヒリからビリビリ、ジクジクからドックンドックンと痛みが増していき、あれ……舌がなくなりそう……名前は口元を押さえた。そして喉から流れこんだ炒飯は体中で暴れるかのように熱を帯びはじめた。あれ……この炒飯いきてる……? 名前は冗談抜きでそう思った。冷や汗が体中から流れ始め、死を覚悟した名前は目の前にいる姉へ顔を上げた。
「どう? おいしい? 名前」
頬を赤らめてそわそわしている姉に死を覚悟したなど言えるはずもなく、「……おいしいよ。でももうちょっと薄味のほうがわたしはすきかなぁ」とわずか六歳にしてお世辞を覚えた名前。ここで違う言葉を言えば姉の炒飯被害者が減ったかもしれないのにと名前は今も後悔している。
幼少期よりダークマター(炒飯)を味見という名の毒味、毒味という名の毒物摂取をしてきた名前は年々表情筋が鍛えられていった。痛い、不味い、死ぬ。でも悲しむ姉を見たくない。一切顔に出さないぞという強固な誓いを立て続けた結果、名前はどんな事にでも動じない不屈の心と表情筋を作り上げた。
「ふふ、今日は色んな国の調味料を使ってみたの」
「………そう。楽しみだわ」
聞いたことのない調味料が並んだ加古隊の簡易キッチンにサッ! と視線をやった名前は僅かに息を吐いた。大丈夫、今日はもう任務はない。ハズレを引いても支障はない。そう心に念じ続けて両手を合わせた。食物への敬意とこれからの自分の安否を願って。
「おい加古。犬飼が……」
「あら二宮くん」
加古隊の作戦室へ入ってきた二宮は戦場へ向かうときの決死の覚悟を決めた武士のようなオーラを身にまとい、炒飯と向き合う名前を見て一瞬固まった。そして即座に動いた。
「やめておけ」
「大丈夫。今日はもう家に帰るだけだもの」
「………犬飼と氷見に勉強教えるというのは予定に入っていないのか?」
二宮の言葉にスプーンを持っていた手を止めて首を傾げる。たしかに約束はした。しかしそれは来週ではなかっただろうか……と記憶を辿っていると手首をがしりと掴まれた。
「来い。犬飼が騒いでうっとうしい」
有無を言わさず作戦室から連れ出された名前。思わず姉の方へ顔だけ振り返ると「やっぱりおもしろくないわ」と何か企むような笑みを浮かべて手を振っていた。……嫌な予感がした。
****
「……………」
「……………」
無言でボーダー基地の廊下を歩く名前と二宮。元々二宮も名前も口数が多い方ではない。二人以外の同級生は大らかな気性の人間が多いために名前が話さなくても気にしないし、適度に話も振ってくれる。一緒にいて落ちつくのだ。二宮は何を考えているか分からないし、太刀川といるときは苛々しているのでどちらかと言うと苦手な部類だった。
チラリと前を歩く二宮へ視線をやる。姉の元チームメイトの彼とは同級生ではあるがそこまで接点はない。個人的にご飯を食べることもない。ボーダーの集まりくらいだ。唯一上げるとすれば自分の弟子である犬飼の隊長だという点か。犬飼はよく二宮の話をする。しかし名前は二宮のことを全く知らないのでいつも返答に困っている。「そうなの」「すごいわね」「澄晴くんは二宮くんを尊敬しているのね」これを繰り返している気がする。
「…………おまえには断るという選択肢がないのか」
「?」
「あの劇物のことだ」
そんな憎々しげに言わなくても……と思ったが自分が姉の炒飯で寝込んだ回数を思い出し、何も言い返すことが出来なかった。
「昔は十回中八回が失敗だったのに今は十回中八回が成功品だもの。望ちゃんは日々成長しているわ」
「堤の犠牲を忘れたのか」
「…………堤くんに何かあったら責任を負う覚悟はできてる」
堤は自分に次ぐレベルでの炒飯被害者だった。あんなにも穏やかで人の良い堤を幾度となく地に伏せた姉の炒飯の無慈悲さに名前は胸を押さえた。慰謝料を請求されてもおかしくない。念の為貯金はしている。多分足りないだろうが。そう鬱々と考えているとなぜか目を見開いてこちらを見る二宮に気がついた。
「おまえ……、」
何か言いかけて止めた二宮に「どうしたの?」と質問すると舌打ちが返ってきた。……どうしたらいいのだろう。やはり二宮は苦手だと思った名前だった。
「おっいらっしゃーい」
二宮隊の作戦室につくとテーブルに教科書を広げた弟子の姿があった。氷見の姿がなく、部屋を見渡していると「来週でしょ? ひゃみちゃんとの勉強会」と察しのいい言葉が返ってきた。やはり来週だったかと思ったが肘をついてノートを眺める弟子の姿に特に何も言わずに名前は犬飼の前に腰を落ち着けた。
「どの科目?」
「んー……とりあえず古文から?」
「あなた三年生でしょう。古文は一年生からの暗記だし自分でやりなさい」
「じゃあ数学にしまーす」
調子のいい弟子にひとつ息をついて犬飼から教科書を借りた。大学では数学を専攻していないため少し復習が必要だった。ページを捲っていると暇なのか頬をつきながらペン回しをする犬飼。犬飼はチラリと奥に入っていった二宮へ視線をやった。
「………名前さんはさ、二宮さんのことどう思ってんの?」
わざわざ学校から教科書を持ってきて分からないとわーわー騒いでお膳立てしたのだ。このくらい聞いてもいいだろう。ガタリとオペレーション室から音が聞こえたのは無視した。
「……苦手だわ。何を話したらいいか分からない」
またもやガタリと音がした。その音に次は同情の気持ちを抱きながら相変わらず無表情の師匠の言葉を待った。
「何を考えているかも分からないし、太刀川くんに常に苛々しているのも分からないの。あの子は放置しておけば無害なのに」
「…………」
二宮に対する心情と太刀川への中々ずさんな対応に加古さんの妹だなぁ……と心のなかでボヤく犬飼。はっきりずっさり言うところとかそっくり。表情は似てないけど。そして心から二宮に同情し始めた犬飼。脈どころか全く違う生物だと思われてるよこれ。何も音がしなくなった部屋に出てもいない涙を拭った。
「んー……じゃあ二宮さんはどんな存在なの? ざっとでいいから」
これはどんな存在か認識させて二宮の尻叩いて頑張ってもらうしかないな、とこれからの計画を立てる。多分二宮さん諦めないだろうし、師匠にも幸せになってほしいし。このままじゃ加古さんの炒飯で中毒死しそう。せめて寿命で死んでほしい。そう思いつつ少し前のめりになった犬飼に名前は眉を寄せて口を開いた。
「どんな、存在? ……そうね、望ちゃんの炒飯みたいなかんじかしら」
「は?」
「は?」
最初は犬飼の呟き。次が二宮の呟き(殺意込み)だった。加古の、炒飯。理解が追いつかない犬飼と先ほど劇物と称した張本人である二宮の心境の違いは計り知れなかった。俺は毒物扱いか……! と怒りがこみ上げて来たが少し胸が痛む二宮。そこまで嫌われるような事をした覚えはないが、と眉を寄せた。
「え、嫌いなの?」
素直にそう質問する犬飼に胸に何か突き刺さった二宮。普段大人っぽいと言われても二宮はまだ二十歳。恋愛にもそれなりに悩む年頃だ。ぶっちゃけもう話を聞きたくない。だが作戦室から出るには名前と犬飼がいる場所を通らないといけない。絶望だ。
「いいえ全く。だってよく知らないもの二宮くんのこと」
嫌いようがないわ、と続ける名前に安心していいのかどうなのか分からなくなった二宮。例えが全く意味が分からないが、好かれているわけがないことが分かった。これは長丁場になるな、と息をついたときだった。
「全く知らないのに、二宮くんといると苦しくなるから困るの。何を話したらいいかも分からないし、胸が熱くなるし思考回路が鈍くなる」
望ちゃんの炒飯食べたときと同じ症状なの。たまに死んじゃうかもって思うときもある。だから二宮くんは苦手ね。そう淡々と言った名前に犬飼は回していたペンをぽろりと落とした。
「よし、大体思い出したから教えられるわ。どこが分からないの?」
「いやそうじゃないよね名前さん」
「古文は自分でやりなさい」
「いやそれでもなくてね……」
犬飼が力無くそう呟いたときだった。ダンッ! と背後から壁を殴るような音が響いた。犬飼が振り返るとそこには壁に拳を置き、反対の手で口元を押さえてこちらを睨みつけている二宮の姿があった。ギロリと効果音を上げて睨んでくる二宮に「どうしたの二宮くん」と平然とした顔の名前。お願いだから真っ赤な顔の二宮さんをもっと気にして……と犬飼は小さく嘆いた。
「名前、新作の炒飯作ってみたの。食べてくれる?」
「…………ええ、ありがとう望ちゃん」
片や爛々と輝く微笑みで、片や表情筋ひとつ動かさず、しかし背景には黒いオーラを背負った同じ顔の女たち。加古名前はボーダーでこう言われている。最強の鉄仮面女と。
幼少期より好奇心旺盛だった同じ顔の姉。どちらかと言うと人見知りの気があった同じ顔の妹。そんな妹の手を引っ張り、色んなことを教え、喜んでくれた姉のことが大好きだった名前。いや、今も大好きなのだ。例え好奇心という名の悪魔の実験で、意識が飛ぶどころか記憶すら飛びかけるダークマターを作り出したとしても。
「名前、炒飯をつくったの。一番はじめに名前にたべてほしくて」
「わあ、ありがとう望ちゃん! いただきます!」
当時六歳だった名前は悟った。これ他人が食べたら姉は捕まる、と。
頭の中が真っ白になったかと思ったら次にきたのは舌への激痛。ヒリヒリからビリビリ、ジクジクからドックンドックンと痛みが増していき、あれ……舌がなくなりそう……名前は口元を押さえた。そして喉から流れこんだ炒飯は体中で暴れるかのように熱を帯びはじめた。あれ……この炒飯いきてる……? 名前は冗談抜きでそう思った。冷や汗が体中から流れ始め、死を覚悟した名前は目の前にいる姉へ顔を上げた。
「どう? おいしい? 名前」
頬を赤らめてそわそわしている姉に死を覚悟したなど言えるはずもなく、「……おいしいよ。でももうちょっと薄味のほうがわたしはすきかなぁ」とわずか六歳にしてお世辞を覚えた名前。ここで違う言葉を言えば姉の炒飯被害者が減ったかもしれないのにと名前は今も後悔している。
幼少期よりダークマター(炒飯)を味見という名の毒味、毒味という名の毒物摂取をしてきた名前は年々表情筋が鍛えられていった。痛い、不味い、死ぬ。でも悲しむ姉を見たくない。一切顔に出さないぞという強固な誓いを立て続けた結果、名前はどんな事にでも動じない不屈の心と表情筋を作り上げた。
「ふふ、今日は色んな国の調味料を使ってみたの」
「………そう。楽しみだわ」
聞いたことのない調味料が並んだ加古隊の簡易キッチンにサッ! と視線をやった名前は僅かに息を吐いた。大丈夫、今日はもう任務はない。ハズレを引いても支障はない。そう心に念じ続けて両手を合わせた。食物への敬意とこれからの自分の安否を願って。
「おい加古。犬飼が……」
「あら二宮くん」
加古隊の作戦室へ入ってきた二宮は戦場へ向かうときの決死の覚悟を決めた武士のようなオーラを身にまとい、炒飯と向き合う名前を見て一瞬固まった。そして即座に動いた。
「やめておけ」
「大丈夫。今日はもう家に帰るだけだもの」
「………犬飼と氷見に勉強教えるというのは予定に入っていないのか?」
二宮の言葉にスプーンを持っていた手を止めて首を傾げる。たしかに約束はした。しかしそれは来週ではなかっただろうか……と記憶を辿っていると手首をがしりと掴まれた。
「来い。犬飼が騒いでうっとうしい」
有無を言わさず作戦室から連れ出された名前。思わず姉の方へ顔だけ振り返ると「やっぱりおもしろくないわ」と何か企むような笑みを浮かべて手を振っていた。……嫌な予感がした。
****
「……………」
「……………」
無言でボーダー基地の廊下を歩く名前と二宮。元々二宮も名前も口数が多い方ではない。二人以外の同級生は大らかな気性の人間が多いために名前が話さなくても気にしないし、適度に話も振ってくれる。一緒にいて落ちつくのだ。二宮は何を考えているか分からないし、太刀川といるときは苛々しているのでどちらかと言うと苦手な部類だった。
チラリと前を歩く二宮へ視線をやる。姉の元チームメイトの彼とは同級生ではあるがそこまで接点はない。個人的にご飯を食べることもない。ボーダーの集まりくらいだ。唯一上げるとすれば自分の弟子である犬飼の隊長だという点か。犬飼はよく二宮の話をする。しかし名前は二宮のことを全く知らないのでいつも返答に困っている。「そうなの」「すごいわね」「澄晴くんは二宮くんを尊敬しているのね」これを繰り返している気がする。
「…………おまえには断るという選択肢がないのか」
「?」
「あの劇物のことだ」
そんな憎々しげに言わなくても……と思ったが自分が姉の炒飯で寝込んだ回数を思い出し、何も言い返すことが出来なかった。
「昔は十回中八回が失敗だったのに今は十回中八回が成功品だもの。望ちゃんは日々成長しているわ」
「堤の犠牲を忘れたのか」
「…………堤くんに何かあったら責任を負う覚悟はできてる」
堤は自分に次ぐレベルでの炒飯被害者だった。あんなにも穏やかで人の良い堤を幾度となく地に伏せた姉の炒飯の無慈悲さに名前は胸を押さえた。慰謝料を請求されてもおかしくない。念の為貯金はしている。多分足りないだろうが。そう鬱々と考えているとなぜか目を見開いてこちらを見る二宮に気がついた。
「おまえ……、」
何か言いかけて止めた二宮に「どうしたの?」と質問すると舌打ちが返ってきた。……どうしたらいいのだろう。やはり二宮は苦手だと思った名前だった。
「おっいらっしゃーい」
二宮隊の作戦室につくとテーブルに教科書を広げた弟子の姿があった。氷見の姿がなく、部屋を見渡していると「来週でしょ? ひゃみちゃんとの勉強会」と察しのいい言葉が返ってきた。やはり来週だったかと思ったが肘をついてノートを眺める弟子の姿に特に何も言わずに名前は犬飼の前に腰を落ち着けた。
「どの科目?」
「んー……とりあえず古文から?」
「あなた三年生でしょう。古文は一年生からの暗記だし自分でやりなさい」
「じゃあ数学にしまーす」
調子のいい弟子にひとつ息をついて犬飼から教科書を借りた。大学では数学を専攻していないため少し復習が必要だった。ページを捲っていると暇なのか頬をつきながらペン回しをする犬飼。犬飼はチラリと奥に入っていった二宮へ視線をやった。
「………名前さんはさ、二宮さんのことどう思ってんの?」
わざわざ学校から教科書を持ってきて分からないとわーわー騒いでお膳立てしたのだ。このくらい聞いてもいいだろう。ガタリとオペレーション室から音が聞こえたのは無視した。
「……苦手だわ。何を話したらいいか分からない」
またもやガタリと音がした。その音に次は同情の気持ちを抱きながら相変わらず無表情の師匠の言葉を待った。
「何を考えているかも分からないし、太刀川くんに常に苛々しているのも分からないの。あの子は放置しておけば無害なのに」
「…………」
二宮に対する心情と太刀川への中々ずさんな対応に加古さんの妹だなぁ……と心のなかでボヤく犬飼。はっきりずっさり言うところとかそっくり。表情は似てないけど。そして心から二宮に同情し始めた犬飼。脈どころか全く違う生物だと思われてるよこれ。何も音がしなくなった部屋に出てもいない涙を拭った。
「んー……じゃあ二宮さんはどんな存在なの? ざっとでいいから」
これはどんな存在か認識させて二宮の尻叩いて頑張ってもらうしかないな、とこれからの計画を立てる。多分二宮さん諦めないだろうし、師匠にも幸せになってほしいし。このままじゃ加古さんの炒飯で中毒死しそう。せめて寿命で死んでほしい。そう思いつつ少し前のめりになった犬飼に名前は眉を寄せて口を開いた。
「どんな、存在? ……そうね、望ちゃんの炒飯みたいなかんじかしら」
「は?」
「は?」
最初は犬飼の呟き。次が二宮の呟き(殺意込み)だった。加古の、炒飯。理解が追いつかない犬飼と先ほど劇物と称した張本人である二宮の心境の違いは計り知れなかった。俺は毒物扱いか……! と怒りがこみ上げて来たが少し胸が痛む二宮。そこまで嫌われるような事をした覚えはないが、と眉を寄せた。
「え、嫌いなの?」
素直にそう質問する犬飼に胸に何か突き刺さった二宮。普段大人っぽいと言われても二宮はまだ二十歳。恋愛にもそれなりに悩む年頃だ。ぶっちゃけもう話を聞きたくない。だが作戦室から出るには名前と犬飼がいる場所を通らないといけない。絶望だ。
「いいえ全く。だってよく知らないもの二宮くんのこと」
嫌いようがないわ、と続ける名前に安心していいのかどうなのか分からなくなった二宮。例えが全く意味が分からないが、好かれているわけがないことが分かった。これは長丁場になるな、と息をついたときだった。
「全く知らないのに、二宮くんといると苦しくなるから困るの。何を話したらいいかも分からないし、胸が熱くなるし思考回路が鈍くなる」
望ちゃんの炒飯食べたときと同じ症状なの。たまに死んじゃうかもって思うときもある。だから二宮くんは苦手ね。そう淡々と言った名前に犬飼は回していたペンをぽろりと落とした。
「よし、大体思い出したから教えられるわ。どこが分からないの?」
「いやそうじゃないよね名前さん」
「古文は自分でやりなさい」
「いやそれでもなくてね……」
犬飼が力無くそう呟いたときだった。ダンッ! と背後から壁を殴るような音が響いた。犬飼が振り返るとそこには壁に拳を置き、反対の手で口元を押さえてこちらを睨みつけている二宮の姿があった。ギロリと効果音を上げて睨んでくる二宮に「どうしたの二宮くん」と平然とした顔の名前。お願いだから真っ赤な顔の二宮さんをもっと気にして……と犬飼は小さく嘆いた。