少年漫画系
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彼とは幼稚園のときからの付き合いだ。とはいっても当時から仲がよかったわけではなく、同級生の一人という括りだった。現に幼稚園のときの思い出など一つもなかった。
名字という少年を個々として認識したのは小学校に上がり、顔に火傷を負ってはじめて登校した日だった。頭に包帯を巻いて登校した自分を同級生達は大げさに騒ぎ立てた。この怪我を負った経緯を話す気になるわけもなく、曖昧に濁そうとしても子供ならではの好奇心というものか、聞き入れようとはしない。理由が理由だけに何も知らない無邪気な同級生たちに苛立ちが増すばかりだった。そのときだった。
がしゃん!
そんな音が教室中に響き渡った。一斉に視線を向ける。その音の正体はチョークの箱が床に落ちた音だった。何本か粉々に割れたらしく、下の方で粉が舞っていた。
「……しまった」
犯人は明白だった。
少年の両手は箱くらいの空間をあけて空手で固まっていた。何より少年の足元にチョークが散らばっている。
「もー名字くんなにやってるの!」
一人の女子児童がそう言うと「手が滑って、おちた」と簡潔な言葉が返ってきた。見れば分かる。轟が心中で突っ込みをいれるのとほぼ同時に「知ってる! 見たらわかる!」と他の児童が突っ込んだ。
「だれか箒とちりとりを持ってきてほしい。おれの上履きの状態があまりよくない。このまま歩いたら教室中を汚す自信がある」
「どんな自信?」
その騒動で朝一番から教室を掃除することになった。同級生たちの興味は名字という少年に移り、轟は内心息をついた。
それからは顔の包帯のことを騒がれることはなくなった。轟のいないところで教師から何か言われたらしく、最初の騒ぎようは何だったんだと言いたくなるくらい同級生達は怪我のことに触れなくなった。都合はよかったが、腫れ物に触るような反応は少し鬱陶しく感じた。
「轟。その包帯はいつごろとれるんだ?」
そんな状態で普通に怪我について聞いてくる人物がいた。チョークをぶちまけた名字だ。表情の変化が乏しいせいかなかなか感情が読み取れない。担任教師もそう思ったらしく名字の言葉に少しわたわたしていた。
「名字くん、轟くんの怪我はその……」
「? 重傷なんでしょう。見ればわかります」
「名字くん!!」
目を吊り上げて名を呼ばれているというのに「治るまで死角が出来て不便だろうから困ったらいってほしい」とマイペースな口調で言う名字が何とも可笑しなものに見えて、轟はその日久しぶりに笑った。
「……きみは笑えたのか。いつも陰鬱な顔をしているから笑顔なんて知らないと思っていた」
同時にこいつ普通に失礼だな、と心から思った。
だがその時の出来事が縁だったらしく、中学三年になっても彼との付き合いが続いていた。
「推薦を受けるんだな。面接練習なら任せてくれ。特に圧迫面接とやらは従兄弟から泣きながら愚痴をよく聞かされているからきっと得意だ」
「どんな自信だ」
名字の性格は一言で言うと真面目だ。ただし「こいつもしかしてふざけてるんじゃないか……」と多々疑いをかけられる。轟もそう思ったことは少なくない。結局、真面目故に少し斜め上の方向にいってしまうだけで彼自身は一切ふざけているつもりはない。しかしそうは分かっていたとしても、半生をほとんど一緒に過ごしている轟でも「こいつやっぱりふざけているな」と思ってしまうので、多分絶望的に話し方が悪く、思考回路が斜めに真っ直ぐ突き進んでしまっているのだろう。きっとこれは治らない。
「入試番号15番のきみ、ヒーロー志望なのに愛想がないね。ほら少し笑ってみたまえよ」
「勝手に始めるな」
「はい減点。これで試験終了だ。きみはもう帰っていいぞ」
「……理不尽すぎねーか?」
「人生はそんなもんらしい。下らないよな。でもきみの愛想がないのは事実だ。だからおれの家にあるくすぐると笑って転がり出す狂気の人形を貸そう。入試の参考にしてくれ」
「ああ、あの赤いやつか。いらねえ」
「三回連続でくすぐると大爆笑だ」
「いらねえって言ってるだろ」
真顔でとんでもないものを進めてくるおまえが愛想を語るなと轟は思った。そもそもどんな入試対策だ。「おれはこの人形をクリスマスにもらってサンタはいないと確信した」と昔言っていたものを進めるな。そう言うと名字はふむ、と頷いた。
「両親の手前、喜んでみせたが夜はこっそり枕を濡らしたんだ。だがこれが愛想を振りまくってことだろう?」
「いやなんかそれは違わねーか……?」
名字の言うとおり愛想というものは轟にはない。生まれと育ちによるもので今更どうにかなるとは思わないし、そんなことを気をつけようなんて発想もなかった。つまり全くもって縁がなく、どうするかも分からないのだが名字の言っていることは素直に頷けない。「大丈夫、おれに任せておけ。あとあの人形は就活に心を痛めた従兄弟を笑わせたすごい人形だ。きっとつられて笑う」根拠のない自信で追い込んできた。あんだけボロクソにいっておいて。
「そもそも愛想なんかよりやることあるだろ」
最難関校と言えども落ちる気は全くなかった。それでも対策は抜かりなく行うし、日々の鍛錬も欠かさずやっている。普通に考えて優先順位はそっちだろう。名字の勢いに押されつつ言う。すると名字は何をいっているんだと言わんばかりに話し出した。
「きみの努力をおれは知っている。文字通り血の滲むような努力をしてきたんだ。血反吐も吐いていた。もっと色んなものもぶちまけていた。鼻水とか涙とか吐瀉物とかだ」
「おまえな……」
「でもそんなものは側面でしかないだろう。きみの苦しみや葛藤など、全て知っているなんて傲慢なことを言うつもりはない。おれの知っていることなどほんの少しだ」
「……」
「それでもきみの努力は心から凄いと思っている。片鱗しか見えていないおれでもそう思う。だからこそ、人には理解しきれない努力を続けてきたきみは報われるべきだ。きみの努力で落とされるわけがない。落とされるとしたらその愛想のなさだけだ。だからおれはこれを一番に対策すべきだと思ったんだ」
名字は真面目な人間だ。真面目故のずれのせいでふざけているのかと多々勘違いされる人物だ。友人として半生を共に過ごしている轟でさえそう思う、ややこしい性格をしている。そんな彼を未だに掴みきれないところがあるし「まじで言ってんのか……」と割と本気でどん引きしたこともある。そのくらい名字の思考や言葉はぶっ飛んでいることがある。だが彼は轟に対して偽りの言葉を使ったことは一度もない。真面目で、性根の真っ直ぐな人間だからだ。
「血色がえらくよくなったな」
「……少し待ってくれ」
「分かった待とう。ちなみに個性の無断使用はヒーローを目指すものならすべきではないと思うぞ」
「待てって言ってるだろ」
赤らんだ顔を名字とは反対に向ける。その顔の熱を冷やす為に個性を使うなよと釘を刺されたせいで色が引くのは時間がかかるかもしれない。
この友人は全く変わらない。昔からこうだった。今のように仲が良くなる前からだ。
『ヨウ、この間の話だけどなんで朝っぱらからチョークなんかもってたんだよ』
『おれは日直だからな。仕事をしてただけだ』
『いや日直が仕事ふやすなよ……』
名字と話すようになってしばらくして。同じ掃除当番のグループで、轟がゴミ捨てから帰ってきたときに聞いてしまった会話。呆れたような同級生の言葉に轟も内心同意した。まああの騒動のおかげで怪我の件が有耶無耶になって助かったのだが。そんな事を思いつつ教室に入ろうとしたときだった。
『轟が困っていたからどうしようかと考えていてうっかり落としたんだ。餌に群がったハトみたいな状態だったからな』
『あーあれか……ていうかヨウって轟と仲良かったっけ? 話しはじめたの最近だろ』
『そのときは特に良くなかったがそれはそれだろう。関係なんて理由にならない』
そう言い切る名字にぎゅっと口を結ぶ。そして包帯にそっと手を置いた。痛みと苦しみしかなかったそれが少しだけ和らいだ気がした。
「そういえばまだ言ってなかったな。推薦入試頑張ってくれ。きみなら必ず受かる」
「……おう」
静かに力強くそう返すと満足げな笑みが返ってきた。この信頼を裏切るわけにはいかない。何より自分のためにも。
そして試験後、「きみ、試験官を殺してないだろうな。目つきが冬眠明けの熊のようだぞ」と言われたのは余談である。
名字という少年を個々として認識したのは小学校に上がり、顔に火傷を負ってはじめて登校した日だった。頭に包帯を巻いて登校した自分を同級生達は大げさに騒ぎ立てた。この怪我を負った経緯を話す気になるわけもなく、曖昧に濁そうとしても子供ならではの好奇心というものか、聞き入れようとはしない。理由が理由だけに何も知らない無邪気な同級生たちに苛立ちが増すばかりだった。そのときだった。
がしゃん!
そんな音が教室中に響き渡った。一斉に視線を向ける。その音の正体はチョークの箱が床に落ちた音だった。何本か粉々に割れたらしく、下の方で粉が舞っていた。
「……しまった」
犯人は明白だった。
少年の両手は箱くらいの空間をあけて空手で固まっていた。何より少年の足元にチョークが散らばっている。
「もー名字くんなにやってるの!」
一人の女子児童がそう言うと「手が滑って、おちた」と簡潔な言葉が返ってきた。見れば分かる。轟が心中で突っ込みをいれるのとほぼ同時に「知ってる! 見たらわかる!」と他の児童が突っ込んだ。
「だれか箒とちりとりを持ってきてほしい。おれの上履きの状態があまりよくない。このまま歩いたら教室中を汚す自信がある」
「どんな自信?」
その騒動で朝一番から教室を掃除することになった。同級生たちの興味は名字という少年に移り、轟は内心息をついた。
それからは顔の包帯のことを騒がれることはなくなった。轟のいないところで教師から何か言われたらしく、最初の騒ぎようは何だったんだと言いたくなるくらい同級生達は怪我のことに触れなくなった。都合はよかったが、腫れ物に触るような反応は少し鬱陶しく感じた。
「轟。その包帯はいつごろとれるんだ?」
そんな状態で普通に怪我について聞いてくる人物がいた。チョークをぶちまけた名字だ。表情の変化が乏しいせいかなかなか感情が読み取れない。担任教師もそう思ったらしく名字の言葉に少しわたわたしていた。
「名字くん、轟くんの怪我はその……」
「? 重傷なんでしょう。見ればわかります」
「名字くん!!」
目を吊り上げて名を呼ばれているというのに「治るまで死角が出来て不便だろうから困ったらいってほしい」とマイペースな口調で言う名字が何とも可笑しなものに見えて、轟はその日久しぶりに笑った。
「……きみは笑えたのか。いつも陰鬱な顔をしているから笑顔なんて知らないと思っていた」
同時にこいつ普通に失礼だな、と心から思った。
だがその時の出来事が縁だったらしく、中学三年になっても彼との付き合いが続いていた。
「推薦を受けるんだな。面接練習なら任せてくれ。特に圧迫面接とやらは従兄弟から泣きながら愚痴をよく聞かされているからきっと得意だ」
「どんな自信だ」
名字の性格は一言で言うと真面目だ。ただし「こいつもしかしてふざけてるんじゃないか……」と多々疑いをかけられる。轟もそう思ったことは少なくない。結局、真面目故に少し斜め上の方向にいってしまうだけで彼自身は一切ふざけているつもりはない。しかしそうは分かっていたとしても、半生をほとんど一緒に過ごしている轟でも「こいつやっぱりふざけているな」と思ってしまうので、多分絶望的に話し方が悪く、思考回路が斜めに真っ直ぐ突き進んでしまっているのだろう。きっとこれは治らない。
「入試番号15番のきみ、ヒーロー志望なのに愛想がないね。ほら少し笑ってみたまえよ」
「勝手に始めるな」
「はい減点。これで試験終了だ。きみはもう帰っていいぞ」
「……理不尽すぎねーか?」
「人生はそんなもんらしい。下らないよな。でもきみの愛想がないのは事実だ。だからおれの家にあるくすぐると笑って転がり出す狂気の人形を貸そう。入試の参考にしてくれ」
「ああ、あの赤いやつか。いらねえ」
「三回連続でくすぐると大爆笑だ」
「いらねえって言ってるだろ」
真顔でとんでもないものを進めてくるおまえが愛想を語るなと轟は思った。そもそもどんな入試対策だ。「おれはこの人形をクリスマスにもらってサンタはいないと確信した」と昔言っていたものを進めるな。そう言うと名字はふむ、と頷いた。
「両親の手前、喜んでみせたが夜はこっそり枕を濡らしたんだ。だがこれが愛想を振りまくってことだろう?」
「いやなんかそれは違わねーか……?」
名字の言うとおり愛想というものは轟にはない。生まれと育ちによるもので今更どうにかなるとは思わないし、そんなことを気をつけようなんて発想もなかった。つまり全くもって縁がなく、どうするかも分からないのだが名字の言っていることは素直に頷けない。「大丈夫、おれに任せておけ。あとあの人形は就活に心を痛めた従兄弟を笑わせたすごい人形だ。きっとつられて笑う」根拠のない自信で追い込んできた。あんだけボロクソにいっておいて。
「そもそも愛想なんかよりやることあるだろ」
最難関校と言えども落ちる気は全くなかった。それでも対策は抜かりなく行うし、日々の鍛錬も欠かさずやっている。普通に考えて優先順位はそっちだろう。名字の勢いに押されつつ言う。すると名字は何をいっているんだと言わんばかりに話し出した。
「きみの努力をおれは知っている。文字通り血の滲むような努力をしてきたんだ。血反吐も吐いていた。もっと色んなものもぶちまけていた。鼻水とか涙とか吐瀉物とかだ」
「おまえな……」
「でもそんなものは側面でしかないだろう。きみの苦しみや葛藤など、全て知っているなんて傲慢なことを言うつもりはない。おれの知っていることなどほんの少しだ」
「……」
「それでもきみの努力は心から凄いと思っている。片鱗しか見えていないおれでもそう思う。だからこそ、人には理解しきれない努力を続けてきたきみは報われるべきだ。きみの努力で落とされるわけがない。落とされるとしたらその愛想のなさだけだ。だからおれはこれを一番に対策すべきだと思ったんだ」
名字は真面目な人間だ。真面目故のずれのせいでふざけているのかと多々勘違いされる人物だ。友人として半生を共に過ごしている轟でさえそう思う、ややこしい性格をしている。そんな彼を未だに掴みきれないところがあるし「まじで言ってんのか……」と割と本気でどん引きしたこともある。そのくらい名字の思考や言葉はぶっ飛んでいることがある。だが彼は轟に対して偽りの言葉を使ったことは一度もない。真面目で、性根の真っ直ぐな人間だからだ。
「血色がえらくよくなったな」
「……少し待ってくれ」
「分かった待とう。ちなみに個性の無断使用はヒーローを目指すものならすべきではないと思うぞ」
「待てって言ってるだろ」
赤らんだ顔を名字とは反対に向ける。その顔の熱を冷やす為に個性を使うなよと釘を刺されたせいで色が引くのは時間がかかるかもしれない。
この友人は全く変わらない。昔からこうだった。今のように仲が良くなる前からだ。
『ヨウ、この間の話だけどなんで朝っぱらからチョークなんかもってたんだよ』
『おれは日直だからな。仕事をしてただけだ』
『いや日直が仕事ふやすなよ……』
名字と話すようになってしばらくして。同じ掃除当番のグループで、轟がゴミ捨てから帰ってきたときに聞いてしまった会話。呆れたような同級生の言葉に轟も内心同意した。まああの騒動のおかげで怪我の件が有耶無耶になって助かったのだが。そんな事を思いつつ教室に入ろうとしたときだった。
『轟が困っていたからどうしようかと考えていてうっかり落としたんだ。餌に群がったハトみたいな状態だったからな』
『あーあれか……ていうかヨウって轟と仲良かったっけ? 話しはじめたの最近だろ』
『そのときは特に良くなかったがそれはそれだろう。関係なんて理由にならない』
そう言い切る名字にぎゅっと口を結ぶ。そして包帯にそっと手を置いた。痛みと苦しみしかなかったそれが少しだけ和らいだ気がした。
「そういえばまだ言ってなかったな。推薦入試頑張ってくれ。きみなら必ず受かる」
「……おう」
静かに力強くそう返すと満足げな笑みが返ってきた。この信頼を裏切るわけにはいかない。何より自分のためにも。
そして試験後、「きみ、試験官を殺してないだろうな。目つきが冬眠明けの熊のようだぞ」と言われたのは余談である。