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A級隊員風間蒼也には弟がいる。5つ下の高校一年生の弟だ。口数は少ないが後輩の面倒見がいい風間に弟がいると知ると「ああ、確かにいそうだね」といった反応を見せる者が大多数だ。
「にいちゃーん!! 見てみて! テスト! 0点!」
「そこに正座しろ」
が、その弟を目撃した人間はこぞってこう言う。「本当に血つながってるの……?」と。
ぴょんぴょん跳ねた茶髪の髪にまん丸とした目。瓶底のようなぐるぐるの眼鏡。人混みに紛れてもひとつ半ほど飛び出す頭。どこにいても聞こえるうるさい声。喜怒哀楽の激しい表情。何もかも違っていた。類似点を探す方が難しいレベルだ。強いて言うなら性別くらいか。
風間の弟、ヨウはへらへら笑いながらその場に腰を下ろした。ちなみに胡座だ。
「何故そんな点数をとった」
「にいちゃん下から見てもちっちぇなぁ」
風間は無言で拳を振り落とした。鈍い音が響く。普段なら言葉で諭す風間も弟には鉄拳制裁が常だった。
「手ぇ大丈夫か? おれ、脳みそ少ないのに鉄みたいな頭なんだって。こないだ太刀川さんに褒められた!」
「……」
嬉しそうに話す弟に言いたいことはいっぱいあったが全て呑み込む。確かに右の拳がビリビリしていたが。そして拳骨を食らった本人はケロリとしていたが、風間は全て呑み込んだ。
「ヨウ、おまえは馬鹿だが一から十まで説明したら理解出来るだろう。そんな点数を取る前に何故俺に言わなかった。勉強には付き合うといつも言ってるだろう」
「一から十まで説明しねーと分からねえのかこの馬鹿! って昨日言われたぞ」
「誰にだ」
「諏訪さん」
とりあえず今度諏訪と個人的に会うことが風間の中で決定した。
「……あ、にいちゃん。今日は”真っ直ぐ帰った“ほうがいいぞ」
「……何色だ」
「暗い紫。雨振るんじゃね?」
天気予報外れたなぁと窓を見ながら呟くヨウ。窓の外は見事な快晴だった。
弟に可笑しなモノが見えていると気づいたのは風間が小学生のときだった。
「にいちゃん、隣のおかーさんとおとーさん、別の人たちと赤い線でつながってるよ。それに汚い黒でつながってる」
夫婦なのにへんなの、と首を傾げる弟の言葉がよく理解できなかった風間。しかし、何となく人には言ってはいけないナニカだと幼いながらに察し、ふたりだけの秘密だと約束させた。素直が取り柄のヨウは、兄の言葉に従った。
結果、そのときの風間の判断は正しかった。隣に住む男女は不倫カップルで、夫婦ではなかったのだ。互いに妻と夫がいる身で別のパートナーを作ったというとんでもない男女だった。
風間ヨウはサイドエフェクトを持っていたのだ。人の縁と縁が糸のように紡がれているのが見えるというサイドエフェクト。糸の色で紡がれた人間同士の関係が分かるという。夫婦や恋人同士だと赤、仲のいい友人同士だとオレンジ、家族だと黄色。色が暖色系に近いと友好の証だとヨウは言っていた。逆に良くない縁は寒色系で紡がれているらしい。不倫をしていた男女は別の人間と赤い糸で紡がれており、お互いは黒で紡がれていた。ヨウが見えていたのはこの事だったのだ。そして先ほど風間に言った暗い紫。雨が降るとヨウは言ったがそれはただの比喩で人間関係のこじれが生まれているから早く家に帰れと言っていたのだ。巻き込まれると厄介だから、と。
この弟のサイドエフェクトは難儀なもので常に人と人を紡ぐ糸が見えているらしい。人の縁はひとつではなくて、軽く百はあるとヨウは言っていた。つまりヨウにとって世界は無数の糸で紡がれた息苦しいものなのだ。人がそこにいる限り消えることはない。弟があの眼鏡としての機能をほぼ捨てた瓶底眼鏡をかけ始めたのは小学三年のときからだった。
誰が好意を抱いているか、悪意を抱いているかが全て分かってしまう。密かに隠し持っていた感情すらヨウには見えてしまう。どれだけそれが弟の心を蝕んできたかと風間はヨウのサイドエフェクトに怨みの感情すら抱いた。そしてすぐにヨウにその事がバレた。
『にいちゃん、おれは大丈夫だよ』
へらりと笑ってごまかした弟の顔を風間は未だに忘れることが出来ない。
馬鹿だ馬鹿だと揶揄されるヨウだが実際のところそこまで頭が悪いわけではない。学力面では悲しい数字が並んでいるが、交友関係や人付き合いでは上手く人との距離を保っている。どこかが険悪の雰囲気になればへらへらしながら仲介に入るし、密かに仲が悪い者たちにもフォローを入れてそれ以上の亀裂をいれないよう働きかける。見えているからといって上手く事を運べるわけではない。頭の回転は早いのだ。さり気なく行うから殆どの人間が気づかないだけで。
「………ヨウ」
「ん? なんだ?」
「……………」
「え、なんだよぉ言えよ気になる!」
弟がボーダーに入隊すると言ったとき、風間は反対した。それはもう、今までヨウに対して強く怒った事のなかった風間が激怒するくらいに反対した。ただでさえ自分の事で手一杯なのに人の心配をしている暇があるのかと冷たくあしらった。でもそんな風間にヨウは困った顔をしてこう言ったのだ。
『ネイバーがやって来て、暗い色を持つ人が増えた。見ていてつらい。にいちゃんも、暗い色が増えた。進にいちゃんがいなくなってから
……ちょっとでも明るい色を増やしたい。そうじゃないと、おれにはこの世界は生きにくい。自分のためだ。自分のためにボーダーに入るんだ』
何でこんなにもお人好しの弟に、こんなサイドエフェクトをくれてやったのだと風間は神というものを心から憎んだ。
「………ヨウ、俺の糸はどこで揺らいでいるんだ?」
「うん? 多分学校の人とか。ボーダーじゃないよ。結構遠いから」
「そうか、じゃあ帰りに何か食べて帰るぞ。学校方面に近づかなければ大丈夫だろう、食べたい物を決めておけ」
「おおっまじ!? にいちゃんありがとう!」
肉食べたい! 肉! と騒ぐ弟に密かに息を吐いた。いつになったらこの戦いが終わるのだろうか、と。
「にいちゃーん!! 見てみて! テスト! 0点!」
「そこに正座しろ」
が、その弟を目撃した人間はこぞってこう言う。「本当に血つながってるの……?」と。
ぴょんぴょん跳ねた茶髪の髪にまん丸とした目。瓶底のようなぐるぐるの眼鏡。人混みに紛れてもひとつ半ほど飛び出す頭。どこにいても聞こえるうるさい声。喜怒哀楽の激しい表情。何もかも違っていた。類似点を探す方が難しいレベルだ。強いて言うなら性別くらいか。
風間の弟、ヨウはへらへら笑いながらその場に腰を下ろした。ちなみに胡座だ。
「何故そんな点数をとった」
「にいちゃん下から見てもちっちぇなぁ」
風間は無言で拳を振り落とした。鈍い音が響く。普段なら言葉で諭す風間も弟には鉄拳制裁が常だった。
「手ぇ大丈夫か? おれ、脳みそ少ないのに鉄みたいな頭なんだって。こないだ太刀川さんに褒められた!」
「……」
嬉しそうに話す弟に言いたいことはいっぱいあったが全て呑み込む。確かに右の拳がビリビリしていたが。そして拳骨を食らった本人はケロリとしていたが、風間は全て呑み込んだ。
「ヨウ、おまえは馬鹿だが一から十まで説明したら理解出来るだろう。そんな点数を取る前に何故俺に言わなかった。勉強には付き合うといつも言ってるだろう」
「一から十まで説明しねーと分からねえのかこの馬鹿! って昨日言われたぞ」
「誰にだ」
「諏訪さん」
とりあえず今度諏訪と個人的に会うことが風間の中で決定した。
「……あ、にいちゃん。今日は”真っ直ぐ帰った“ほうがいいぞ」
「……何色だ」
「暗い紫。雨振るんじゃね?」
天気予報外れたなぁと窓を見ながら呟くヨウ。窓の外は見事な快晴だった。
弟に可笑しなモノが見えていると気づいたのは風間が小学生のときだった。
「にいちゃん、隣のおかーさんとおとーさん、別の人たちと赤い線でつながってるよ。それに汚い黒でつながってる」
夫婦なのにへんなの、と首を傾げる弟の言葉がよく理解できなかった風間。しかし、何となく人には言ってはいけないナニカだと幼いながらに察し、ふたりだけの秘密だと約束させた。素直が取り柄のヨウは、兄の言葉に従った。
結果、そのときの風間の判断は正しかった。隣に住む男女は不倫カップルで、夫婦ではなかったのだ。互いに妻と夫がいる身で別のパートナーを作ったというとんでもない男女だった。
風間ヨウはサイドエフェクトを持っていたのだ。人の縁と縁が糸のように紡がれているのが見えるというサイドエフェクト。糸の色で紡がれた人間同士の関係が分かるという。夫婦や恋人同士だと赤、仲のいい友人同士だとオレンジ、家族だと黄色。色が暖色系に近いと友好の証だとヨウは言っていた。逆に良くない縁は寒色系で紡がれているらしい。不倫をしていた男女は別の人間と赤い糸で紡がれており、お互いは黒で紡がれていた。ヨウが見えていたのはこの事だったのだ。そして先ほど風間に言った暗い紫。雨が降るとヨウは言ったがそれはただの比喩で人間関係のこじれが生まれているから早く家に帰れと言っていたのだ。巻き込まれると厄介だから、と。
この弟のサイドエフェクトは難儀なもので常に人と人を紡ぐ糸が見えているらしい。人の縁はひとつではなくて、軽く百はあるとヨウは言っていた。つまりヨウにとって世界は無数の糸で紡がれた息苦しいものなのだ。人がそこにいる限り消えることはない。弟があの眼鏡としての機能をほぼ捨てた瓶底眼鏡をかけ始めたのは小学三年のときからだった。
誰が好意を抱いているか、悪意を抱いているかが全て分かってしまう。密かに隠し持っていた感情すらヨウには見えてしまう。どれだけそれが弟の心を蝕んできたかと風間はヨウのサイドエフェクトに怨みの感情すら抱いた。そしてすぐにヨウにその事がバレた。
『にいちゃん、おれは大丈夫だよ』
へらりと笑ってごまかした弟の顔を風間は未だに忘れることが出来ない。
馬鹿だ馬鹿だと揶揄されるヨウだが実際のところそこまで頭が悪いわけではない。学力面では悲しい数字が並んでいるが、交友関係や人付き合いでは上手く人との距離を保っている。どこかが険悪の雰囲気になればへらへらしながら仲介に入るし、密かに仲が悪い者たちにもフォローを入れてそれ以上の亀裂をいれないよう働きかける。見えているからといって上手く事を運べるわけではない。頭の回転は早いのだ。さり気なく行うから殆どの人間が気づかないだけで。
「………ヨウ」
「ん? なんだ?」
「……………」
「え、なんだよぉ言えよ気になる!」
弟がボーダーに入隊すると言ったとき、風間は反対した。それはもう、今までヨウに対して強く怒った事のなかった風間が激怒するくらいに反対した。ただでさえ自分の事で手一杯なのに人の心配をしている暇があるのかと冷たくあしらった。でもそんな風間にヨウは困った顔をしてこう言ったのだ。
『ネイバーがやって来て、暗い色を持つ人が増えた。見ていてつらい。にいちゃんも、暗い色が増えた。進にいちゃんがいなくなってから
……ちょっとでも明るい色を増やしたい。そうじゃないと、おれにはこの世界は生きにくい。自分のためだ。自分のためにボーダーに入るんだ』
何でこんなにもお人好しの弟に、こんなサイドエフェクトをくれてやったのだと風間は神というものを心から憎んだ。
「………ヨウ、俺の糸はどこで揺らいでいるんだ?」
「うん? 多分学校の人とか。ボーダーじゃないよ。結構遠いから」
「そうか、じゃあ帰りに何か食べて帰るぞ。学校方面に近づかなければ大丈夫だろう、食べたい物を決めておけ」
「おおっまじ!? にいちゃんありがとう!」
肉食べたい! 肉! と騒ぐ弟に密かに息を吐いた。いつになったらこの戦いが終わるのだろうか、と。