鬼さんどちら
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あの時の言葉がたまに頭を過ぎる
名取が術師の会合へ足を運ぶようになったのは高校時代からだった。そこで会った、同性で歳も近くて同じモノが視える者。人を小馬鹿にするような言葉を並べ、本性を読ませない笑みを浮かべる彼が、あるものを視界に入れたとき今まで見たことのないような表情を浮かべてこういったのだ。
『あれはバケモノだよ。周一さん』
視線の先にはスーツの男と白い着物を纏った男、短髪の少年、そして少年より更に小さな少女がいた。
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術師たちの会合。そこには様々な生業のモノたちがやって来る。人の中に妖が混じろうと気にも止めない。そういった場なのだ。名取にとってそこは嘘を付かなくてすむ場所でもあった。耳障りな言葉も確かに存在しているが、それでも日頃送っているハリボテの日常より数段息がしやすかった。同じモノが視える、言葉が通じるというだけで身体が軽くなったのだ。
今日も術師の会合へと足を踏み入れた名取は何かと親身になってくれるタクマがいないか視線を動かす。彼はまだ子供である自分がこの場へ来ることにあまりいい顔はしない。大人として、同じモノが視える者として彼は名取に出来る限りの対処の仕方を教えてくれる。でもそれだけでは満足出来ないのだ。家の倉に眠る書物だけでは限界がある。自分がどうあるべきか、どうすべきかあれだけでは分からないのだ。
僅かな焦燥に駆られながら名取は会合場を歩き回った。情報は武器だ。力の伴っていない自分にとったら尚更。身体を動き回る痣についても何か分かるかもしれない。幼少期から悩まされてきた痣のことを考えていたせいか周囲、特に足元に気を配ることを忘れていた。どん、と軽い衝撃が走り、視線を下へ向けると薄い水色の着物に朱色の羽織りを纏った子供がいた。子供は地に腰と手を付けており、髪と同じ真っ黒な瞳を名取へ向けている。何故こんな所に子供が……? と一瞬疑問が生まれたが我に返って直ぐに子供に手を差し出した。
「ご、ごめん」
「…………」
子供はぱちりと瞬きをして名取の手を取った。握った手が思っていた以上に小さくて名取は僅かに目を見開く。子供は小学校半ばくらいの面立ちだった。目は子供らしいくりっと大きく丸いものだが黒の瞳は感情の色が読めない。品のいい着物を身に纏っている様子からどこかの祓い屋の子供なのかもしれない。あの男のように。
何となく目の前の子供に苦手意識が生まれた。同じ髪の色をしていたのも相まって名取の中にあの男の血縁者説が出来上がる。余り関わりたくはない。だがこんな小さな子供を一人にするのは……と良心も痛む。名取が静かに葛藤を繰り広げていると今まで何も話さなかった子供が口を開いた。
「……紙師」
「え、」
「ああ……だから結界が」
効かなかったのか、と静かに続けた子供に背中に冷たいものが走った。そしてやっと周囲の異変に気がついた。
祓い屋の会合場には人も妖も溢れかえっている。そこで騒ぎ立てるモノはいないが静かにこそこそと雑音が響き渡る場所なのだ。しかし名取のいる場所にはそれがない。いや、それどころか何の気配もない。人も妖怪も、風の音も木々のさざめきも。
──まるで同じ空間に自分だけが切り離されたようではないか
全身がナニカに震わされ、力の入らない足で一歩、二歩と子供から距離を取る。何だこの子供は、いや……このモノはヒトなのか。生唾を呑み込む音が頭に響き渡り、額から汗が流れ落ちたときだった。この世のものとは思えない切り裂くような断末魔が名取の耳まで届いた。
「っ!?」
「……終わった」
子供はそう呟いて固まる名取の横をするりと通って行く。今し方、断末魔の響いた方向へ。
一切の迷いのない足取りで、ナニガあるのか分かっているような顔で足を進める子供。その子供の背中を静かに見つめる名取。真っ直ぐに伸びた背中と歩く度に微かに靡く羽織の袖。着物の折り目が歪むことなく着こなしている自分よりも十程歳が離れている子供。
小さな背中にはどれも不釣り合いなそれを見たせいか、名取は子供の肩を掴んでいた。先程怯えてしまったことも忘れて。
「………」
子供は名取の行動に目を見開いていた。大きな目を更に開かせて、ゆっくりと二回まばたきをして、子供は目元をそっと緩ませた。
「おにいさんは、優しいね」
柔らかな子供の声は先程の感情の色を見せなかったモノとは別人のようだった。
「大丈夫、ちゃんとまもるよ」
名取の手をやんわりと外し、最後に不器用に口角を上げてから子供は去っていった。
周りの風景が元に戻ったのはそれから数分後のことだった。名取の坊、顔色が悪いぞとにやけ顔で絡んでくる妖怪を適当にあしらう。そしてそのいつも通りの反応に先ほどの耳を塞ぎたくなるような断末魔は聞こえていないことを察した。
人と妖で溢れかえった会合場へと視線を動かす。あの子供の姿は見つけられなかったが、代わりに名取が会わないように気をつけていた人物を発見し、ばちりと音を立てて視線がかち合った。
「また君は……!」
そう言ってずんずん歩いてくるタクマに苦笑いを返す。言い訳する気はない。どうせまたここには来てしまうのだから。
その事が分かったのかタクマは小さくため息をついて伊達眼鏡のブリッジを上げた。
「まったく……今日は只でさえ忙しないというのに」
「……何かあったんですか?」
ふとあの子供の姿が頭に浮かんだ。何の確証もなかったが、あの子供のとことだろうという確信があった。
「先代の審神者が亡くなってね。今日は新しい審神者の顔合わせだったんだが、」
「……さにわ?」
疑問符を浮かべる名取にタクマは困ったような、悲しげな顔を浮かべた。
「私達に祓うことのできないモノを祓う、守り人のことだよ」
『──ちゃんと、まもるよ』
歳が大きく離れたタクマとあの子供の表情が綺麗に重なった。