鬼さんどちら
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電話は腹の見えない小僧からのものだった。正直このまま切ってもいいが、後々名前にバレると「こら、小狐丸」と叱られてしまう。電話の相手は名前にとって優先度はなかなか高いだろう。多くの祓い屋を取りまとめているその頭だ。……本当に叱られてしまう。主が短刀達に悪戯を仕掛けられて笑いながら「こーら」と怒る姿は愛らしく、小狐丸の心を和ませてくれる。しかし本気で怒った主の「小狐丸?」は聞きたくない。想像しただけで毛並みがふなふなだ。仕方なしに言葉を続けた。
「なんの用じゃ。手短に要件を言うがよい」
『おやおやご機嫌ななめな時に電話をかけてしまいましたね』
「おまえ相手に振る舞う愛想はないわ」
それはぬしさまのものだと続けて伝えると「あの子は相変わらず愛されていますねぇ」と飄々とした声を電話口から出す。人と妖の縁など信じていない人間のそれはただの皮肉である。この男に皮肉を言ったつもりはないかもしれないが。素で相手の神経を逆撫でするのだこの男は。こんな小僧をぬしさまに近づけたくないのう……と小狐丸は心中でボヤいて「要件を言え」と再び伝えた。
『最近、祓い屋が襲われる事件が勃発しておりまして』
「それはぬしさまのお父上から伝達があった。無用の心配じゃ」
『心配などしていませんよ。あの子に傷をつけられるモノなどいたらそれはたいそうな化け物でしょう』
眉が寄る。男の言葉の意味。褒めているのではない。舐めているのでもない。しかしこれは人として生きる主への侮辱だ。名前には到底見せられない顔をしながら声に険を乗せた。
「二度とその言葉を口にするな。さすれば舌を切り落としてくれようぞ」
『……私はよく言葉を間違える。あなた方を敵に回す気は微塵もないのです』
「ぬしさまの顔を一寸でも曇らせてみよ。祓い屋ふぜいなど──」
消すのは造作もないと続けようとしたときだった。「こら、小狐丸」と柔らかい声が背後からかけられた。表情が勝手に元に戻って振り返る。そこにはセーラー服姿で学生鞄を持った名前と快活に笑う陸奥守吉行がいた。今日の近侍である陸奥守。一緒に名前と学校へ行ったはず……と考えてもう下校の時間になったと悟った。
「相手は誰?」
「………………的場の小僧でございます」
「そんな気してたー」
笑いながら電話を貸してと手振りで言われて渋々渡す。結局毛並みはふなふなになってしまった。ぬしさまに怒っている姿を見られてしまった……と落ち込む小狐丸に陸奥守は「がはは! 気にしやーせき!」とバンバン肩を叩いてくる。名前と電話機から離れて言い返す。
「ええい! 粗雑なのだおぬしは!」
「気にしたち仕方ないぜよ。おんしゃあが主のために怒ったことは分かっちゅう。もちろん主もじゃ」
「……悟らせてはならなかったのだ」
何故小狐丸が怒ったか。
それに気づかない主ではない。それに相手はあの小僧。すぐに察してしまっただろう。名前を的場が侮ったのだと。小狐丸の敬愛する主は雑踏の言葉だと流さず受け止めてしまうのだ。だから耳に入れないように小狐丸も、小狐丸以外の刀剣達も気を配らなければならないのに、怒りで周りが見えていなかった。失態だ。そう憤る小狐丸の背中をポンと陸奥守は叩いた。
「わしらの主は大切なものを知っちゅう。だからいつも背中が真っ直ぐなんじゃ。外野の言葉に折れたりなんかしやーせん。わしらもついとる」
そうじゃろう?
ニッと自信満々に笑う陸奥守にしばらく視線を向けて。ふっと力が抜けた。
「そうじゃな」
「そうですよ」
「!?」
バッと振り返ると悪戯っ子のように笑う名前がいた。
「ぬ、ぬしさま。お電話は……」
「終わったよ。というか会合のお誘いの手紙貰って無視してたやつの催促の電話だった」
「無視? なんでじゃ?」
「祓い屋が狙われてるって騒がれてる中、祓い屋と私を集めるなんて何かあるに決まってる。それにお父さんが言うには襲われた祓い屋は的場一門傘下の人間が多いって。……ま、今回の祓い屋騒動は的場を恨んだ人間の仕業でしょ」
「あの小僧……! ぬしさまをダシに使うつもりだったのか!」
「行くのは正式に断ったから怒らない怒らない。ほらあとで毛繕いしてあげるね小狐丸」
「ぬぅ」
それは嬉しい。至極の極み。しかし的場の小僧には二、三……いや、十ほど文句を言いたいところ。
「的場の頭首はむつこいがやき、どうやって断ったんじゃ?」
「学校の宿題がありますって言った」
「今さらじゃのう」
「そうなんだけど「なるほど。そうですか」ってあっさりと。なにか企んでたなあれ」
名前はしばらく何か考えるようにあごに指を当てていたが、「ま、いっか」と切り替えるように言って目元を和ませて小狐丸と陸奥守を見た。
「お茶にしよう。ふたりとも」
「はい、ぬしさま」
「今日の近侍のわしの出番じゃあねぇ」
「陸奥守のお茶濃いんだよねぇ」
「がははは! たまにはいいぜよ!」
そう言って笑う陸奥守に名前もつられるように笑う。小狐丸もそれを見て頬が緩む。ああ、このようにしてずっと笑っていてほしい。束の間でもただの娘のように。願うようにそう思った。