鬼さんどちら
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田沼は痛む頭を押さえる。
学校からの帰り道、怠い身体を無理やり動かしてここまでやって来たのだが限界だった。視界に入った薄汚れた木のベンチに足をふらふらさせながら近づいて腰を落ち着けた。今朝から続く痛みは病気の類のものではない。はぁ……と息を吐いて空を仰いだ。これは明日は学校に行けないかもしれないな、と頭の隅でぼんやり考える。人ではないモノに当てられやすいために学校を休むことはたまにある。学校で倒れることも。その度に友人に心配をかけるのは忍びない。それでも同じモノが視える友人ができて気持ちが楽になったことも確かだった。
暫くその場で休んだ田沼はよし、と心のなかで呟いて立ち上がった。気分はよくないが気持ちは明るくなった気がする。このまま帰ろう。そう思いながら田舎道を通って行く。赤や黄といった色付きが増え始めた町並みに少し癒されながら田沼は歩き続ける。この時間は焼き芋の車販売の呼び声が聞こえるのだ。あとは鼻を真っ赤にさせて走っていく小学生たち。寒くても半ズボンを履く子どもはいつの時代もいるんだな、と見る度に思う。子どもは風の子というやつか。自分の幼少期は長袖長ズボンと重装備だったな、昔を思い出して頬を緩める。御堂は寒くて仕方なくて、胴着に着替えるのは憂うつだった。懐かしい。何だか体調も良くなってきた気がする。
「そっちは駄目ですよ」
そのときだった。
頭に響いた少年の声に田沼は勢いよく振り返った。しかしそこには誰もいなくて。周囲に視線を向けるが人どころか動物の気配すらない。ポツンとその場に残られた感覚に陥った田沼は怠い身体を奮起させて足を進めた。ここは駄目だ。早く帰らないと帰れなくなる。家は向こうだ。帰らないと。そうやって足を進めた先にあったのは先ほど腰を落ち着けた木のベンチだった。
「……なんで……」
いや待て。そもそも可笑しい。転入してそこまで時間は経っていない。経っていないが何十回とこの道を行き来した。見逃すはずがない。見逃すはずなんてないんだ。
──おれの通学路にはベンチなんてなかった
そう認識した瞬間、再び先ほどの声が頭に響き渡った。
「この子は主さんの級友なんですよ。ひとりでお帰りくださいね」
視界が真っ暗になった。
「田沼くーん、川辺で昼寝なんて止めたほうがいいよ起きろー」
目を開けた先にいたのは逆さまの状態でこちらを覗いているクラスメイトだった。
「……名字……?」
「おはよう田沼くん。そしてチャレンジャーだね、真冬に川辺で昼寝なんて」
その言葉と同時にガバッと起き上がる田沼。そこに広がるのは冬の弱々しい日差しで鈍く光る川だった。あと五歩といったところか、田沼はそこで寝ていたらしい。寒さで色褪せた草花が生い茂る川辺で。
「………」
秋色の光景を歩いていた自分を思い出して田沼は背筋を凍らせた。さっきのは何だったのだ。顔色が悪くなっていくのが分かりつつ、クラスメイトへとチラリと視線を向ける。
「数学の宿題やった? 数学嫌いだから全然進まないんだよねぇ」
だがそんな田沼に気づいていないのか、それとも知らないふりをしているのか分からないがクラスメイトは呑気な話題を繰り広げている。そのことに肩の力が弱まった田沼は薄い笑みを作り「名字は文系だからな」と返した。声はまだ少し強ばっていた。
「……顔色良くないね。私のカイロ貸すからもうお家帰りなよ」
「いや、大丈夫だ」
「いや、ここで受け取ってもらわないと明日宿題を見せてもらおうという作戦が台無しになるからぜひ受け取ってください」
「……わかった」
クラスメイトの妙に勢いのいい言葉に次は自然と笑みが浮かんだ。遠慮せずとぐいぐい渡されたカイロを握りしめる。指先がじんわりと温まっていく感覚にふう……と息を吐いた。肩の重みが消えた気がした。
「じゃあ明日はお願いします」
「ああ。こちらこそカイロありがとう」
「賄賂にお礼を言うなんて田沼くんって律儀だね」
堂々と賄賂と言ってのけたクラスメイトに口元を押さえて別れた。重々しい気持ちは晴れたし頭の痛みも消えた。今日見た光景は……早く忘れよう。あれはよくないモノだ。忘れたほうがいい。そう自分に言い聞かせるように呟き、田沼は今度こそ自分の家へと帰って行った。その後ろ姿を見つめていた二つの影。
「鯰尾ありがとう」
「いえいえお安いご用ですよ! あのままじゃ連れて行かれてましたし」
「田沼くんは相変わらずつられやすい体質だねぇ」
「難儀な方ですね」
「笑いながらいうな。水面の向こう側に行かれたら流石に連れて帰れなくなるからね」
だから、独りで行ってください
名前が水面に視線を向けながらそう呟くとぽちゃりとなにかが落ちる音がした。