鬼さんどちら
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「オミバシラ様?」
「そう裏山のどこかにオミバシラ様っていうお化けの祠があるんだって」
「そうなんだ。何でそれで賑わっているの?」
「最近、裏山の工事で大きな石のようなものを割っちゃったんだって。それがオミバシラ様かもってみんな言ってるの」
「……裏山かぁ」
近いなあ。
名前はぽつりと呟いた。
****
「おいこら小僧、よく顔をみせてみろ。夏目とはおまえのことか?」
妖の言葉に学ランを脱いで上半身を隠して横になる。周りは生意気だなんだの言っているが知ったことではない。それより夏目の入っていたビンを持ってしまったせいで妖に殴られた田沼のほうが心配だ。巻き込んでしまった。優しい友人を。そう後悔に苛まれる夏目をよそに外から声がした。よく聞き知った声が。
「おいみんな騙されるな。そのビンの夏目は偽物だ。おれのこのビンに入っている夏目が本物だ」
田沼だ。田沼が来てしまった。この妖だらけの集いに。夏目を助けに。
田沼は言葉巧みに妖を操ってビンの蓋を開けさせることに成功した。しかし開いたと思った瞬間に、「おや? こいつから人間の匂いがするぞ」と周囲がざわめいた。田沼はそのまま突き進み、羽織を引っ張られながらも夏目の入ったビンに手を伸ばして妖の手から弾いた。途端に空気が変わったのが分かった。元の大きさに戻った身体がどさっと床に落ちた。田沼が支えてくれる。
「! よかった出られたか……」
「田沼……っ!」
田沼の背後に手を振りかざした妖がいる。田沼の腕を引っ張って上にかぶさる。衝撃に目をぎゅっとしたときだった。
「世話がやけるね」
馴染み聞いた声にはっとしていると続けて「消えろ三下」という別の声が耳に届く。
顔を上げると紙袋を被った着物の人物が妖の腕を掴み、投げ飛ばして夏目と田沼を庇ってくれた。その横にいる狐面の着物の人物は札を投げて鬼猿の面の妖を床に貼り付けている。狐面の声はひどくしゃがれているような、大人びているような、子どものような、そんな不思議な声をしていた。よく見ると体つきもどこか覚束ない。性別が判断出来なかった。
狐面の人物は「近づいたら消す」と言葉を続けた。その声と共に二つの影が顕現する。大太刀を背中に背負った少年と、赤髪の少年だ。二人の妖は静かに刀を抜いた。
状況に戸惑いながらも紙袋の人物に「走る」と端的に指示されてそれに従った。紙袋の人物が煙幕で周囲を巻いてその場から離脱する。しばらく走って田沼と息を切らしながらある部屋に入った。紙袋の人物は夏目たちと向き合う。
「しばらくこの部屋に隠れてやりすごそう」
「……その紙の面……あんた館の入り口であった妖か」
「え」
「まったく近づかないよう言ったっていうのに」
「──助けてくれてありがとう。そっちの妖達も」
狐面の人物は田沼の言葉に手を顔の横でふりふりと振って、窓の方へ歩いていった。少年の姿をした妖二人もそれに続く。窓から外を見ているらしい。それを横目に見つつ紙袋の人物をジトリと見ていると「おや、ご機嫌斜めだね」と飄々と返された。
「……いえありがとうございます。……で、何やってんですこんな所で」
「言いたくないな。またケンカになるからね。それにそれはこっちのセリフだよ。いけないな、普通の子をこんな所へ連れてきてしまうのは」
「──わかってます」
心の底から痛感していた。未だに肝が冷えている。友人が妖の巣窟にいる。その事実に。
田沼はむっとした様子で紙袋の人物に「おれが勝手にきたんだ」と返している。
「夏目の知り合いなのか? あんた何者だ」
田沼の言葉に紙袋を脱ぐ。そこにいたのはよく知った相手。
「──ああ。君は夏目の友人かな。私は名取周一。いわゆる裏稼業では妖祓い屋をしている者だ」
「……妖、祓い……? ……裏稼業? その顔はあんた俳優の名取周一じゃ……」
「そっちは表。ああそうだ、今度映画に出るんだ。夏目の友人ならタダ券をあげよう」
くいっくいっ。そんな仕草で窓側にいたはずの狐面の人物は名取の着物の袖を引っ張って自分を指さしていた。
「うん、君にもあげるよ。たぶん持ってきたような……」
やったー! と言わんばかりに両手を上げる狐面の人物に「よかったな! 主さん!」と赤髪の少年が笑っている。なんか空気が緩い……と思いつつ夏目は口を開く。
「名取さん。……とにかく……予備の面を持っていませんか。逃げるにしてもこのままじゃまずい」
「ん? あるよ」
名取は軽くそう言いつつも目は真っ直ぐに夏目を見据えていた。
「妖に顔を憶えられるってのがいかに厄介か少しは身に沁みたかな。──柊、瓜姫」
名取の呼びかけに二人の妖が空中に顕現した。それに驚く田沼を後目に面と着物の調達を指示している。柊に顔を覗かれるとひどい顔色だと指摘された。顔に出てしまっているらしい。
「で、君の名前は?」
「え」
「名取さんっ」
「ん? 警戒しなくても大丈夫だよ。ちょっと勘がいいくらいなのを勧誘したりはしないから」
田沼はその言葉にか、それとも別の何かにか。少し顔をしかめながら「田沼要」と自己紹介していた。田沼には珍しい態度だった。
面を渡されて田沼にもそれを渡そうと向き合うが、目を合わせられなかった。
「田沼。とにかくこの面を……すまない……その、色々話せていなくて……」
「夏目」
「──大丈夫だ。絶対……絶対ここから田沼を帰す」
自分の心にも言い聞かせる。巻き込んでしまった自分にはその責任があると。優しい友人をこんな場所に連れてきてしまった責任。みなくてもいいものをみせてしまった責任。危ない目に合わせた責任。数えるといくつも浮かんでくる。それはズシリと夏目の心にのしかかった。
──バンバン!
「いたっ!?」
突然狐面の人物に背中を叩かれた。反射的に顔を向けるとうんうん頷いている。どういうことだと疑問符を浮かべてると大太刀を持った妖が口を開いた。
「主さんは君も無事に出ないとって言ってるよー」
「……君は人間、なのか?」
夏目の問いに狐面の人物は首を傾け、右手を狐の形にして指先で夏目の鼻をつついた。
「どっちがいい?」
しゃがれていて、大人びているようで、子供のように聞こえる声。不気味に聞こえても可笑しくないはずなのに、すっと耳に通る声だと思った。コンコンと狐の仕草を手で表現するその人物はクスクス笑っている。人間か妖怪か。不思議な気配を持っていると感じたせいか、どちらかが判別がつかない。いつもなら得体のしれないと思っただろうに、なぜか今は平気だった。
「こら、からかわない」
狐面の人物の頭にポンと手をやって「この子は人間だよ」と名取は言った。
「そういえば君がここにいる理由も聞いていなかったね」
「人の味を知っている熊が近所でうろつこうとしていたら見に行くでしょう?」
「……見にいかないよ、君以外は」
はあ、と息をついた名取に「邪魔でしょう? 普通に」と返す狐面の人物。祓い人の知人なのだろうか。そういえば札を使って鬼猿の面の妖の動きを封じていた。では少年の姿をした妖二人は式か。そんなことを考えていると狐面の人物は後ろ手で頭をかいた。
「まあ、それはさておき。この屋敷変ですね」
「え」
「空間が定まらない。狭間にいるような感覚がします。無理やり突破するのはおすすめできませんね。身体ちぎれちゃう」
「えっ」
軽い口調で放った内容に素っ頓狂な声を出したときだった。
「声がデカいぞガキんちょ共!!」
と背後の扉が開け放たれた。セーラー服に長髪で猫の顔の面をした人物。夏目はよく知った相手だったが名取と田沼は「……え」「……誰?」と唖然としていた。狐面の人物は「あなたの方が声が大きいよ?」と突っ込んでいた。
「おっ夏目でられたか。やるな田沼の小僧」
「先生……何でそんな格好なんだ……」
「え!? 先生!?」
曰く。夏目は大きな獣を連れているだの、丸くてぽっちゃりな獣を連れているだの噂されていた為に姿を変えざる得なかったらしい。それは嘘偽りない噂だな、と夏目が思っているとニャンコ先生は「それより」と言って狐面の人物へ視線を向けた。
「神格つきの刀を持った妖を連れているそこの狐面。おまえ審神者だな」
「さにわ……?」
聞き慣れない響き。知らない言葉。田沼も不思議そうな顔をしていたが、名取は平然とした顔をしていて、審神者と言われたその人は正解と言わんばかりに手を振っていた。
「なぜここにいる。おまえの領分ではないだろう」
「さっきも言いましたが、近所に熊が出たら……うーん、お気に入りの昼寝スポットにお邪魔虫出たらどうにかするでしょう? 猫さん」
「ふん。得体のしれんおまえ達の言い分など信用ならんわ」
「“達”ではないですよ。審神者は私ひとりになりましたから」
「……あの爺はくたばったか」
「先代とお知り合いでしたか。最期は私が看取りましたよ」
理解できない言葉の応酬。ニャンコ先生は納得したのかどうか分からなかったがそれ以上、審神者と呼ばれた人間と話すことはなかった。
この一件が落ちついて、家に帰ったときだった。ニャンコ先生はこう言った。アレとは関わるなと。
「アレは災厄を呼ぶと言われている」