鬼さんどちら
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ああ、退屈だ
音にもならない言葉を浮かべた。瞼などありもしないのに退屈のあまり眠りこけそうな気分になる。いや、気分ではない。100年はずっとそう感じ続けている。名誉ある号を賜るのは誇らしい。刀としての自分を評価して貰えた結果だろう。人から生まれて形となり、人に想われ魂が生まれた。刀は人がなくては生きていけないイキモノだ。どう足掻いても人と切り離しては刀は存在しえない。色んな人間の元を渡り歩きここにたどり着いたのは僥倖だ。素直にそう思う。しかしそう思っていたとしても別の思いが沸くのは仕方がないとも思うのだ。
意識を浮かび上げて周囲を観察する。ここには多くの刀がある。どの刀も時の流れで魂を得たものばかりだが、如何せん我々には口がない。言葉を交わすことが出来ないのだ。これが鶴丸を余計もどかしくさせる。会話が出来たら全く違っただろうに。同じ時代に生まれた鶯の名を持つ刀とは特に話がしたい。穏やかな魂の色を浮かべている刀だ。何を考え生きているのかを知りたく思う。
このときの鶴丸には知り得なかったことだが、鶯の刀は鶯というより目白だった上に口を得てもほぼ「大包平」しか言わないモノだったのでここで会話出来たとしても鶴丸の満足のいくものになるとは限らなかっただろう。
(…………退屈だ。退屈で暇で何より────。)
四文字の言葉は浮かべる前に心で消した。口に出ずとも言葉に意志は宿る。何より気持ちが落ち込む。鬱々と考えていてもいいことはないと千年の月日で学んだはずだ。分かっているはずだ。
きっとそれを口にしたら余計に─
「鶴丸国永」
瞼などないのに目が冴える感覚がした。はっとして静閑な空間を見渡す。ここには誰もいない。いつも通りの光景だ。それでも鶴丸に届いたのは自分をよぶ人の声だった。
(っ、)
歓喜に心が動くのが分かる。誰だ、自分をよぶのは誰だと動けもしないのに勇み立ってしまう。もう一度よんでくれ、よんでくれたらきっと─。先ほど並べた“きっと”とは全く別の感情が鶴丸の中に生まれる。きっとに続く言葉は上手く表現出来ない。どうなるのかも分からない。誰が自分をよぶのかも、この声の持ち主がどんな人なのかも知らない。それなのに鶴丸の心は決まっていた。たった一度、名を呼んだだけの相手に心を決めた。そんな自分が可笑しくて、少し誇らしかった。
「鶴丸国永」
鶴丸の願いは直ぐに叶った。先ほどよりも近くから聞こえた声に魂を委ねた。
濃い黄緑色の三つ身の着物を着た子どもが丸い目を大きくして鶴丸を見上げていた。首が痛そうだ。そう思い、片膝をついて目線を近くする。その際に刀は持ち替えて右側に置いた。
子どもはまだ七つには達していないようだった。格好もそうだがその身にかかる加護が人間以外のモノの割合が大きい。……大きすぎやしないか? 違和感を覚えて更に目を凝らしてみると、その瞬間、自分と似たモノ達の気が鶴丸の身に突き刺さった。思わず後ずさりそうになったのをギリギリのところで抑え、遠慮など一切ない過剰ともいえる加護においおい……と苦笑を漏らした。
「?」
鶴丸の様子を不思議そうな顔で見つめるこの子どもは自分にかかった加護に気づいていないのだろう。それが良かったのか悪かったのか微妙なところだった。七つを過ぎるまでの子どもはあちらに連れていかれやすいため、現世に引き留めるための措置なのだろうがこれは些かやり過ぎだ。ここまで神気を漂わせていて視える人間からしたらこの子どもは異質な存在でしかないだろう。ヒトは異端を嫌うというのに。
それにしても小さい。小さくて細くて噴いたら飛んでいきそうだ。そんな錯覚を覚えるくらいに自分を喚んだ者は弱々しい。刀として使われていた時代の人間とは大違いだ。
そう思っているにも関わらず、胸からこみ上げてくる何かがこの小さき者を守れと言ってくる。分かっている。自分の心にそう返して鶴丸は口を開いた。
「──鶴丸国永だ。守り刀としては些か大きいが、必ずきみを守り抜くと約束しよう。主」
頭の奥で鈴の音が響き渡った。