鬼さんどちら
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人のカタチをした口からひどい言葉が流れ出た。やめろと頭の端で止める声がしたのに止めることは出来なかった。胸が痛い。なぜ分かってくれないのだ。なんで、なんで、
「ずっと一緒なんか無理な話だろ。あんたは嘘吐きだ」
ああ、傷つけた。
他人事のようにそう思った。
「まあ、細かいことは気にするな」
「これは気にするだろ! つーかおまえが気にしろよ!」
「おいおい、祭りの席で喧嘩なんてやめとけやめとけ」
「祭りと喧嘩を同列に並べる者もいるが」
「あァーそういやぁそうだな。じゃあ好きにしなぁ」
「もう酔ってるな!? 日本号!」
それをおまえが言うのはなかなか面白いな、不動。とのんびり言う鶯丸に不動はぐっと口を閉ざした。
普段より視界が高い。ゆらゆらと揺れる。何より腹に鶯丸の肩が当たって痛い。そう、不動は鶯丸に俵持ちで運ばれていた。この状態で気にするなとは何て無茶を言う。そもそもこの行為は同意があってのことではない。
「……祭りなんて気分じゃないっての」
今の状態だったり鶯丸がこの行為に至った経緯だったりと色んなものが胸の中でぐるぐる回った不動。出た声は先ほどとは打って変わって弱々しいものになった。
「ふむ。まあそれはしかたがないかもな。この祭りは勝てば安寧と繁栄が続くが、負ければ土地が枯れ、生命の時も止まる。気分が上がるかどうかは各々で変わるだろう」
「なんつーモンに連れて来てんだよ……」
涼しい顔で爆弾を放り投げた鶯丸に不動の口端はひくついた。「気晴らしに祭りでもどうだ、不動」といって雑に連れ出しておいてその祭りとは気軽に楽しめるような内容ではないとはこれは詐欺ではないか。
「まァ神格の妖同士の戯れのようなもんだろ」
「戯れで山一個枯れてたまるか」
すでに酒を煽っている日本号は「神なんてそんなもんだ」とさらりと言う。その感覚は不動には分かりきれないものだった。人と喧嘩をしてきたばかりの不動には。
「……主、どうしてるかな」
弱々しい声が出る。こんな殊勝な声がでるくせに酷い態度をとった。喧嘩というには一方的なものだった。心優しい主は刺さった言葉の刃よりそれを放った不動の心を気にしている。そんな主に我を通してわがままを言った。どうしようもないわがままを。
「さあ。案外茶でも啜ってるかもしれないぞ」
「おまえが思うより俺らの主は図太いからなぁ」
神経が図太い二振りが乾杯しながら言う。鶯丸は茶だ。主人もこの二振りに言われたくないだろう。……いや、どうだろうか。確かに図太いところは存在している。……独りよがりに悩んでいたらどうしようか。不動に新たな悩みができた。
「………はあ」
重々しいため息が漏れた。
どうしてくれようか。自分も主も。
****
夏目は担がれた御輿の上から周囲を見渡した。妖怪達の集まる場所に来るのは未だ慣れないが、今日は緊張の度合いが違っていた。なんせこの土地を収める妖怪のフリをしているからだ。夏目の心情をよそに従者達はどこで覚えたのか「ぐっじょぶですよ、夏目様」と小さい声で囁いている。何がぐっじょぶだ。そう思うがやはり緊張で喉が思うように動かない。隣でぷーぷーいびきをかいている自称用心棒も恨めしい。
「やあ」
穏やかな声がそう呼びかけてきた。
遠巻きに見ている者達の間を抜けて真っ直ぐと迷いのない足取りでやってくる鶯色の髪の青年。腰には刀がある。面の下で頬が強張った。
「あなた様は……」
従者の一人がさり気ない動作で前に出た。
「君に声援をと思ったのだが、その様子だと必要なさそうだな」
どういう意味だと背筋が冷える。入れ違いに気づいているかのような言葉だった。それに豊月神を知っているかのような台詞だ。ここで話してはいけない。夏目は息を飲んだ。
「面妖なお供を連れていくほど余裕があるのだろう?」
指をさしたのはプープー寝ているニャンコ先生。
がくりと肩が動く。緊張が少し抜けた。
「にしても……ふむ。まあ頑張ってくれ」
そういってのんびりとした動作で去っていった。一気に息を吐いた。バレなかったようだ。
「いまの妖と豊月神は仲がいいのか?」
「いえ、直接の面識はありません」
「え」
だったら何だったのだ今の親しげなやりとりは。
「神格付の大妖で前回の祭りにも足を運ばれていますが、豊月様とお話されたことは一度もありません」
「大妖……」
穏やかそうな性格にみえたせいかそうは見えなかった。刀を持つ妖。一瞬学校で出会った妖が頭によぎった。あの妖も穏やかな言動の者だった。あれから一度も出会っていない。
「だったらなんで今回は話しかけてきたんだ」
「さぁ……気まぐれとしか言いようがありませぬ」
妖の気まぐれ。夏目もよく知っているものだ。それに振り回されてはいけない。そう念じて夏目は前を向いた。