鬼さんどちら
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人が倒れている。
山の小道を逸れた、細い枝が幾多に分かれた木のある場所だ。うつ伏せに木の根っこ側に頭を置いている同じ制服を着た女生徒。もしや昼寝だろうか、としばらく遠目に見ていたが何かに魘されているように見える。よーし、と緩い声を出して女生徒の所へ向かうため緩やかな斜面を降りる。背後から「主、寄り道はいけませんよ」と平淡としつつも宥めるような声が掛けられるもずんずん突き進む。大丈夫、大丈夫、と後ろ手をブンブン振っておいた。憂いを帯びた溜め息が聞こえた。
「大丈夫ですか? 風邪引きますよ。ここ湿っぽいし」
「う、ん……」
うつ伏せ状態だった女生徒をぐるんと仰向けにし、頬をペチペチして起こす。その大ざっぱな介抱に「はぁ……」と再び息を吐く同行者。木漏れ日が眩しかったのか目をぱちぱちさせながら起きる女生徒。女生徒に「お早う。昼寝場所は選んだ方がいいよ」と起き抜けの頭に遠慮など一切かけない同行者に【主】と呼ばれた黒髪の女。端から見ると中々異様な光景だ。
「っ……? 貴女は、一組の名字さん……?」
「うん? 会ったことあったかな?」
「あ……か、しに、聞いて……」
「明石? うちにいたっけ……」
まだ喚んでないんだけどな、と女が呟くと、ようやく頭が覚醒したのか「あれ……ここ、は?」と女生徒が目を大きく開き、周囲に視線を向けた。そして目の前にいた女を突き飛ばした。
「ぬえっ」
「あっ! ご、ごめんなさい」
鈍く腰をついた黒髪の女に慌てて手を差し伸べる女生徒。素直に手を借りた女を起きあがらせようと力を入れる。……が、その前にふわっと不自然に身体が浮き、女生徒が助ける間もなく女は立ち上がった。結果、握手した状態の女が二人。しばらく無言で見合っていたがハッとした顔を互いにして、手を離した。
「太郎……」
「え?」
「や、何でもない。どうしてこんな所に? この山は危ないよ。猪とか色々出るし」
「……ちょっとこの辺りに用があって」
それが嘘だというのは直ぐに分かった。なんせこの山は私有地の上、人が出入りするような山ではない。ついでに言うと山の所有者は目の前の黒髪の女である。女の家は今いる場所のもう少し先に登った中腹にある。女生徒は女を知っていたようだかこの口振りからすると、自分に用があるわけではないらしい。そして極めつけにぼんやりだが見える薄く、濁りきった黒のモヤ。近くで視ると、これはなんと悲惨なことか。
「──ナニカ探し物?」
その言葉にサーッと顔を青くした女生徒。目の下には隈が出来ており、女生徒にかかるモヤも相まって余計に悲壮感が増した。
「あの人の子は運がいい。桃の木は不浄の者は近付けません。この山はそういったモノの巣窟です。僅かに霊力が備わっているようですが……」
あのままでは死にます
青くなった表情のまま立ち去った女生徒の背中を見つめながら淡々と言葉を紡ぐ同行者。
「言霊系の呪い、かなあ」
「ええ。ですが祓う力も追い返す力もない。時間の問題でしょう」
「一瞬私にもモヤが掛かったけどあれかな。周囲を巻き込む系?」
「主の霊力を吸収しようとしたように私には見えました。本丸に帰って急いで禊ぎを。あれは良くないモノです」
ヒョイと女の脇に手を入れて歩き出す同行者。二メートルに近い身長だから出来るのだが、人がいるところでは遠慮してほしい。視えない人からすると不自然に浮いているような光景になるのだから。
「あの子無事に降りられたかなぁ」
「私には分かりかねます。それよりも不用意に呪われたモノに近付くのはお止めください」
「見つけちゃったものは仕方ないよ」
「貴方には関係ないことでは?」
持ち運ばれながらグイッと顎を上げて同行者を見る。いつも通りの涼しげで綺麗な顔。高い位置で結んだ長い黒髪が艶やかになびいている。木々から差し光る木漏れ日が一層そのモノの神々しさを引き立てていた。
やはり人とは感覚が違うな、と黒髪の女は思った。薄情だとかそういった次元の話ではないのだろう。人とモノの感性や思考が同じだった方が異常だ。特にこのモノは現世と関わりが薄いのだ。自分をこの様に加護しているのも奇跡かもしれない。
そう思いつつ脳裏に数振の顔を思い浮かべながら指を折る。人好きで面倒見のいいモノたち。あと口うるさいモノと心配性なモノは抜かす。その条件に当てはまるのは五振。この五振から小言は食らうと思うが恐らく反対はしないだろう。
仕方ない。女は本当にそう思うのだ。この世界は不条理なことの塊だ。人間はそう簡単に折り合いはつけられない。出逢ってしまったのは仕方ない。だってこれも繋がった“縁”だと女は思うのだ。