鬼さんどちら
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夏目は図書室にいた。
課題をこなす為に友人でクラスメイトの西村と寄ったそこには、両手で足りるくらいの人数がいた。あまり縁のない場所の為、これが多いのか少ないのかは分からない。一人でいる者も、長いテーブルにノートや資料を出して数人まとめて座っている者もいた。うーん、と頭を傾げ、隣とひそひそと話している。静寂といえば静寂だが、思っていたより自由な空間のようだった。
「一組も同じ課題出たんだな」
本棚を物色中の西村の言葉に首を傾げると顔で指して「あそこに座ってる三人組、歴史の資料集出してるし」と続けた。
そうかもな、そう返そうとしたがそれより前に「あ、」と西村が呟く。
「北本の幼なじみがいる」
「えっ!?」
思わず素っ頓狂な声が出た。視線を一身に集めていることを自覚しながらぺこりと頭を下げた。少し顔が熱い。西村には肘で軽く横腹辺りを押される。恥ずかしいやつめ、と顔は楽しげだった。
「知らなかったのか?」
素直に頷く。
「窓際の黒髪の可愛い子だよ」
視線を向ける。図書室という空間にいる者ではなく、一人の女の子として意識して見る。確かに西村の言うとおり整った風貌をしている気がした。
「ずりーよなー。おれもあんな幼なじみほしかったぜ」
「北本とはやっぱり仲がいいのか?」
「んー……いいと思うけどな。小学校から一緒だったらあれくらい普通だろって北本は言うけど」
あれくらいが夏目には想像がつかなかったが、人当たりがよくて優しい北本のことだ。いい関係を続けているのだろう。勝手にそう思った。
三人に習って本棚からいくつか本を取り出しテーブルにつく。……が、お互いに勉強には意欲的とは言えない。歴史について纏めること、という大ざっぱすぎる課題のせいでもあるが。
「何時代かくらい決めてくれていいのにな。広すぎんだよ」
集中力が途切れた声で西村が言う。その通りだ、とうんうん頷く。こんな事を言っても仕方ないのは分かっているが、ノリノリでやれる宿題でもないのだ。やる気はなかなか出ない。通路を挟んだ三人組は軽い会話を交えながらも手が進んでいるようで、うらやましい。
「……名字さんって歴史が得意だって北本が言ってたな」
ポツリと西村が言う。一瞬だけ誰の事を言っているか分からなかったが、西村の視線と北本の名前が出たことで先ほどの黒髪の少女の事だと察しがついた。
「いや、隣のクラスの人だぞ……」
この距離で名前を出すのはなんだか気まずい。自然と小声になる夏目だが、西村には関係なかったらしい。すでに席を立っていた。
「名字さん、」
「ッ、あははは!」
途端に響いたのはちょうど呼びかけた名字の笑い声。静寂を突き抜けたその声に先ほどの夏目以上に視線が集まっていた。
「あ、ご、ごめんな……っ!」
「ごめんなさーい。静かにしまーす。ほら笑い声押さえて」
「だ、だって……っ」
「あんたのツボよく分からんわ」
名字の友人だろうか。一人は周囲に呼びかけるようにして謝り、もう一人は名字に呆れたような声を出した。その間も、名字は口元を両手で押さえて笑い声を出さないようにしている。肩がぷるぷる震えていた。
「……えーっと、どったの名字さん」
呆気にとられた様子で西村が訊ねる。答えたのは呆れた顔をした女の子だった。
「これが面白かったんだって。えーっと、鵺だっけ?」
「ぬえってなんだよ」
「昔いた妖怪だって」
簡潔に返って来た言葉に西村は「へー」と淡白な反応をしたが、夏目の心臓はドクンと嫌な音が鳴った。
「うわっ、怖いなこいつ」
挿し絵を見せられた西村はくるりと振り返り、夏目に話しかける。
「ほら、夏目も見てみろよ」
「、ああ」
挿し絵には虎のような手足と蛇の尾、顔は猿だろうか。何ともちぐはぐな姿をした獣がいた。背筋をそっと撫でられるような不気味さがあった。
なんと言えばいいのだろうか。友人や同級生達と妖怪の話をするなんて。いや、ただの絵だろう。考えすぎだ。そう心の中で言い聞かせる。大丈夫だ。
「大丈夫だよ」
重なった言葉に驚いて、大げさに顔を上げる。夏目の様子に気づいていたのか気づかなかったのか分からないが、先ほどの声の主はにっこりと笑みを浮かべていた。
「大丈夫、怖くなんかないよ。だって実際の鵺ってきっとこんな感じだもん」
どん、とわざとらしく声を出してノートをこちらに見せてくる。そこに描かれていたのは……
「なにそのモフモフ」
「鵺だよ」
「えらくファンシーになったわね」
「でもこれが鵺だもん」
「その自信はどっからきてんだ」
二つの目玉はなかなか鋭いが、ボリュームのある黒の毛並みのせいかあまり怖さは感じない。というか、全く怖くない。だが彼女、名字はこれが鵺だと堂々と言い切っている。にこにこしながら、どこか楽しそうに。
「……ふっ、」
口元を押さえる。笑い声が零れそうだ。何がおかしかったのだろう。ただの絵に過剰に反応した自分にか、黒の毛玉を鵺と言いだす名字にか。─きっとどっちもだな。
「次は夏目くんがツボってるわ」
「この絵が面白いのは分かるけど司書の先生がそろそろ怒りそうだよ夏目くん」
「つーか名字さんって絵下手くそだな……」
「二人とも失礼。あと私が笑ってたのは鵺が実はレッサーパンダだったって説を聞いたからだからね」
「レッサーパンダなら余計に似てねーよな、夏目」
西村の言葉にちらりと名字のノートをみる。あれがレッサーパンダ。そう頭の中で呟くと余計に笑いが出てきた。
「ほら、夏目くんも笑ってる。レッサーパンダはおかしいよね?」
「ふは、そうだな」
「ね、ね。あ、今さらだけど一組の名字名前です。よろしくね」
「本当に今さらだけどな。夏目貴志です。よろしく」
差し出された小さな手と重ねる。そこから伝わる熱にどこか安心した。