鬼さんどちら
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「あ、こんのすけだ」
幼なじみは明るい声を出した。視線の先には一匹の狐がいた。
小中高とずっと同じで今はクラスも一緒の幼なじみ、いやどちらかと言うと腐れ縁に近いだろうか。同級生達は幼なじみという単語に何か期待したような眼差しを向けてくるのだ。その視線の意味を、甘い何かがあるんじゃないかという期待を、ばっさり切り捨てるならば腐れ縁という言葉が北本には一番しっくりくる。そもそも田舎の学校なのだから小中高が一緒などさほど珍しくないのは分かっているだろうに。
分かっているにも関わらず、思春期特有の下世話さを持ってくるのは幼なじみの見た目のせいだろうか。確かに目を引く容姿をしているが、中身は至って普通だと言うのに。
「知ってる狐なのか?」
「うん。うちによく来る子なの」
幼なじみがそういうと、狐は返事するかのように尻尾を動かした。まるで飼い犬のような反応をする。
「おまえの家、山ん中にあるからなぁ」
一度きりしか行ったことがないが、なかなか奥ばった場所にある大きな屋敷だった。案内がないと行けないような不便な場所。小学校の低学年の時だったからきっともう道も覚えていないだろう。
「猪も出るよ。畑が狙われて大変」
「だろうな。うちの近所の農家さんも獣対策によく悩んでるよ」
「あの子達は悪くないんだけどこっちにも生活があるからねえ」
そんな会話をしながら慣れた下校路を歩く。狐は尻尾を揺らしながら幼なじみの隣を歩いている。ますます飼い犬じみている。狐を見る幼なじみの眼差しが柔らかいのもそのように見える要因だろう。
「……進路指導どうだったんだ?」
「家業を継ぎます。で終わり」
少し迷って訊ねた。しかし北本とは正反対に幼なじみの声色は迷いなど一切ないように聞こえた。
「家業って、ああ……隣の市で呉服店やってるんだっけか」
「うーん、まあ他にも色々。うちお金持ちだから」
「田舎育ちのお嬢様だもんな」
「見えないって散々いっておきながら」
幼なじみは笑いながらそう返してくる。家以外は普通だと小さい頃にからかったことがある。その事を言っているのだろう。──山の中の屋敷でずっと一人暮らしだった老人が孫娘を連れてきた。たったそれだけのことで色んな憶測を広める大人達に何とも言えない感情を覚えた。その感情を上手く消化出来ずに言った言葉。大人達には伝わらなかったが、きっとこの幼なじみには伝わっていたのだろう。そう言う度に怒るわけでも悲しむわけもなく、静かに笑みを返してきたからだ。
「じゃあ、おまえもいつか出て行くんだな」
暗い色が残らないように出来るだけ明るく言う。しかし、言葉の奥に潜めた侘しさに気づいたらしく「さみしんぼ」とからかってきた。気恥ずかしくなって大げさに顔を向ける。
「おまえなぁ」
「ふふ、大丈夫だって。私はずっとこの町にいるから」
「え、でも家業継ぐんだろ?」
「だから色々やってるんだってば。……ここでしか出来ないことだし、私は死ぬまでこの町にいるよ」
囁くように言って幼なじみは静かに空を仰いだ。
(あ、)
途端に頭に浮かんだのは高校に入ってから出来た友人の顔。ここではないどこか遠くを見つめる、夏目の顔だった。
「──たまに、別の景色をみたいなって思うこともあるけど」
飛んでいた意識がすっと帰る。幼なじみの顔はいつもの穏やかな表情に戻っていた。その表情のまま幼なじみは言葉を繋げる。
「一度、そう決めたら迷わないで歩いていけるよ。だから北本もきっと大丈夫。いっぱい悩んで決めたらいいと思う」
「……そうかな」
「うん。北本は大丈夫」
進路のことで悩んでいることにいつから気づいていたのだろうか。直接的な言葉を使わなくてもすぐに気づいてしまう。この幼なじみは昔からそうだった。どこか、遠くをみるのも昔からだ。
「まあ、悩んで何度も立ち止まるのもありだよね。歩くペースなんて人それぞれだし」
「……言ったそばから真逆のこと言うなよな」
「あはは」
こんな風に適当なことを言うのもきっと自分を気づかってのことで。
『優しい奴には優しい友人が出来るんだな』
優しい友人の言葉をそっと思い出して、夕日で伸びる二つの影をゆっくりゆっくり追いかけた。