鬼さんどちら
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厨当番が張り切って作った一品だ。きっと喜ぶだろう。そんなことを思いながら堀川国広は屋敷の縁側を歩いていた。外の様子も気にしつつ名を呼んで目的の人物を探す。しかし暫くしてもその人物は現れない。はて、いつもなら好物があるとすぐさま走ってくるはずなのだが。どうしたのだろうか。
堀川の声につられて自室や書庫から顔を出した何振かの同朋達は「道場の方で見かけたぞ」「屋根の上で日向ぼっこしていたぜ」「いっこくほどまえにいっしょにおふろにはいりましたよ!」など情報をくれた。最後に関して言えば一緒に風呂に入ってはいけないと何度小言を言えばいいのか、と少し眉を寄せることになった。探している人物に言っても一向に聞く様子はないので、主に短刀達に言うのだが、誘惑に負けてしまうのか、それとも丸め込まれているのか。月に一度はやってくれるのだ。困ったものである。
同朋達の情報を頼りに道場、風呂場の順に確認していく。しかしどちらも姿はなかった。残るは屋根……と少し気分が落ちた。なんせ大きくて広い屋敷に比例する。登るのは何てことはないが今は食べ物を持っている状態の為、出来れば遠慮したい場所だ。うーん、と数秒だけ悩んで、厨に戻ることにした。文明の利器こと冷蔵庫に入れておこう。そもそも敷地内にいるとは限らない。
あっさりと踵を返し軽い足取りで進んでいくと途中、縁側ににょきっとはみ出ている白い足を発見した。縁側には温かい日ざしが差し込んでいる。くつろぐには持って来いの場所だろう。しかしあまり褒められた行為ではない。性差ではなく主に体調の方の問題で。足を進めて部屋を覗く。
「おや、堀川か」
緩やかに眉を上げて堀川を迎え入れた三日月は形のいい唇の前に人差し指を持って行く。しぃーと子供のような仕草を作り、日差しと似た眼差しを向ける。
「今日はすごしやすい気候だからなあ」
声もまた、同じ温度をしていた。それにつられてか、目的の人物を見つけたというのに「あ」と抜けるような音が出た。三日月は堀川の手にあるものと視線で察しがついたらしい。
「主が寝始めて少ししてやってきたのだが、たいみんぐが合わなかったな」
「そうみたいですね」
腹にかかったタオルケットは三日月がかけたのだろう。堀川がやってきたことに気づかず熟睡している審神者は気温が下がり始める前に三日月が起こすはずだ。なので体調の面は心配いらない。が、やはりこれは冷蔵庫行きだ。
「もう、気持ちよさそうに寝てるなぁ」
長い身体を横にして、警戒心のかけらもなく腹を天井に向け、審神者の隣で寝息を立てるその人物に形だけの恨み言を吐く。一緒に風呂に入ったという言葉の通り、毛並みはふわふわしていた。
まだ幼かった審神者が怪我をした一匹の獣を本丸に連れ帰ったことがあった。翁はそんな審神者に対してそれはもう冷えた言葉を投げかけた。
「驕るのも大概にしときなさいよ。野生動物には野生動物の生き方があるんだ。おまえさんのエゴで引っ張り回すんじゃないよ。神にでもなったつもりかい」
だがそんな翁と一緒に暮らしていた審神者には冷や水でもなんでもなかったらしく「? 手に届く子を見捨てる人間がひとを守れるの?」平然とした顔で疑問を返していた。口を酸っぱくして言い聞かせていた言葉がここで響くとは思っていなかった翁はそれはもう渋い顔を作っていた。しばらくその顔は続いたが、審神者が後に獣につける安直すぎる名前を聞いてからは見ることがなくなった。ネーミングセンスに呆れたのか、名前まで与えたことに言葉をなくしたのかは今となってはもう分からない。
道理と信条で食い違っただけでどちらの言い分も間違っていない。堀川を含めた刀剣達は審神者がどの選択をとっても迷わずついていくだろう。だが、この穏やかな光景を見ていると審神者がこの獣を助けて良かったとも思える。
「厨に出没していた鼠を狩ってくれたみたいで、燭台切さんがお礼にって張り切って作ってましたよ」
「おお、それは大儀だったな」
褒めるように身体を撫でる三日月に獣は鼻をピクピクと動かした。
「助けられた恩を忘れぬ、賢い子だからな」
なあ、こんのすけ。
三日月の言葉に応えるように狐の獣はゆるりと尻尾を振った。