鬼さんどちら
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終わったか
安らかな笑みを浮かべた妖にそっと息をついた。やっと終わった。再び心のなかでそう呟き、寄りかかっていた木から背を離した。
『田沼くんにそのまま乗り移らないように見守ってあげて』
床に横になった審神者の命を思い出す。加州が見逃した妖なのだからそれは加州の役目だろう。そのような主張をしたが、緩やかに押し切られて今に至った。また、体調を崩した審神者にそれ以上苦言を上げることが出来なかったのもここにいる理由の一つである。
役目が無事終わったのは良かったがしこりは残る。人の子がどうなろうと知ったことではない。大倶利伽羅が加護する人間は一人だけだ。同級だろうが友人だろうが関係ない。そもそも自分では満足に動けない状態であるのに他人に気を配るなどどうかしている。審神者に対する不満を心中で上げると、穏やかな声が大倶利伽羅の耳まで届いた。
「──心通わせる機会があるなら恐れぬことだ。……むずかしいことなのだ」
穏やかでいながら悔やんだ色をみせる言葉に眉を寄せる。───心など、通わせるものではない。日だまりのような風景がそっと脳裏に浮かび上がった。その中心には審神者がいた。
刀と肉体だけで良かった。それさえあれば戦える。それだけでいいはずなのに、審神者は刀達に心まで与えた。心─感情の機微ほど面倒なものはない。時間を重ねるにつれて増えていく心に煩わしさを感じない日はない。何故こんなものを与えた。返ってくるはずのない問いを投げかけて、大倶利伽羅はその場を離れた。
***
本丸に戻り、審神者の寝室へ行く。障子の前で声をかけるが返事はない。世話役が側に付いていたはずだが、ともう一声かけたが静寂は変わらず。仕方なしに「開けるぞ」と断りを入れてゆっくり障子を動かした。
部屋には床に伏せった審神者の姿しかない。視線を流すと本丸を出る前に枕近くにあった水の桶や水差しがなくなっている。世話役はそれらを取り替える為に席を外しているようだった。
寝ている者に報告をしても意味がない。そう思い、障子を閉めようとしたときだった。赤らんだ顔をしかめて「ううぅ……」と審神者が唸る。唸ったときに首を少し捻ったせいで額に乗せていた手拭いがぼとりと落ちた。
「…………」
音を立てないように開けた障子を後ろ手で閉める。静かに足を踏み進めて枕近くに膝をつき、額に張り付いた髪を分けてから手拭いをそっと置いた。首の横側に触れると、指先から熱さと主張の激しい脈音が伝わってきた。
何時になったら全快するのやら
皮肉を言ってその場に腰を下ろし、腕を組んで軽く瞼を閉じる。
『安定が病気になったら、って一瞬考えちゃったんだよね』
刀が病気にかかるわけがない。加州も理解している。それなのに一度抜いた刀を加州は収めた。そして審神者もその妖、もしくは加州の心境を飲み込んで、追い出すのではなく見守るという選択を取った。甘いというしかなかった。妖の狡猾さなど分かりきっているというのに。
瞼を開ける。そこには熱にうなされて弱っている“主”がいる。
「…………」
刀など到底振るえやしない、脆弱な存在。大倶利伽羅が少し力を込めただけで折れるような身体だというのに、余計なものを背負いたがる、面倒な性格をしている。
黙って守られていればいいものを
そう苦々しく思う心が煩わしくて仕方ない。