鬼さんどちら
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加州清光は外に視線を流した
宿に入る前に見かけた妖怪。人の子に上手く化けていたが、一別しただけではどのような部類のものかは分からなかった。好奇心、欺瞞、はたまた餌を漁りにきたのか。人の身を得ても本質は変わらない。刀は人を守り、殺すための道具だ。その対象を騙す、食うなど刀の付喪神である加州が理解出来るはずもない。
「……外のはいいの?」
「ほうっておきなさい」
ちらりと外を見る小さな主を老人─加州は翁と呼んでいる─は冷たくばっさりと切り捨てた。
この翁はたいそうな人嫌いだった。愛想と外面はいいが、腹の更に奥底から人を憎んでいる。そのくせ小さな主には「人を守れ」と言う。矛盾の塊のような男だ。翁が使役する二振りも時折だが、そのような一面を見せることがある。まあ一振りは普段から「復讐」が口癖なので時折というのは正しくないかもしれないが。
案内された部屋についてすぐに翁は窓際へ行き、煙草に火をつけた。いい歳なんだから控えたら? と一応声をかけたが、返ってきたのは「自分の最期くらい分かってるよォ」という飄々とした言葉。
「煙草吸ったくらいで死に影響なんてするわきゃあないでしょうよ」
「いや、影響するでしょ」
加州の言葉は無視して翁はうっとりと旨そうに煙草を味わっていた。呆れてため息も出ない。しかし加州の主が近づこうとしたら「おまえさんの肺が黒くなるのは駄目だよ」と翁は制止を入れた。
「あんたは家族と刀共に見送られて老衰で死になさい」
これも翁の口癖だった。
小さいうちから親元から離れさせ、主を審神者にしたというのに翁は軽々と“家族”という言葉を使う。あの広い屋敷で、親兄弟のことを想って泣いたことを知っているはずなのに。
そこまで思って、憤って、
「…………」
それでも加州が苦言を口にしたことはなかった。主が喚んだ刀達も皆、口を噤む。その言葉を吐いた翁が、瞳を虚ろにし、眩しそうな顔で遠くを見るからだ。
「おしさまもわたしが見送るよ?」
「んなことより私がいなくてもしっかりと審神者やってもらった方が成仏できるさね。地獄から見守っててやるよォ」
「おしさま天国いかないの?」
「私がいけるわきゃないでしょう。だから今世で生き別れたらそれで最後だよ」
「わたしも地獄いきでも?」
「いや、あんたは天国いけるよ」
あんたは人を守るひとだからねェ
そういって翁は口端を僅かに上げて主の頭にそっと手を置いた。
***
審神者は翁の言葉をその後すぐに行動に移した。妖の住処に連れて行かれそうになっていた子どもの手を掴んで、現世に引っ張り上げたのだ。それに至るまでの経緯は加州の肝が冷え切った内容なのであまり思い出したくはない。思い出したくないが、この状況は思い出さざるを得ない。
「その子は主が現世と隠世の狭間で、二週間も鬼ごっこしてまで助けた子なんだよね。返してくれない?」
刀の峰を首に置いて言うと田沼、いや田沼に憑いた妖はぐっと唇を噛み締めた。
「今はまだ、無理だ」
「無理とか聞いてないよ。返せっていってんの。俺たちみたいなのが人に憑くなんて許されるわけないでしょ」
人は人、妖は妖の理があるのだ。ましてやここは審神者の学校で、憑かれているのは審神者のクラスメイトだ。本丸でわけあって寝込んでいる審神者が知ったら静かに激怒するだろう。放っておくわけにもいくまい。
「無理やりでも本丸に連れて行こうか。タヌマを傷つけずにお前だけを祓うのは主だったら出来るだろうしね」
「っ、」
「主にとってタヌマは友人なんだ。見逃すとは思えないし早くその身体から─」
「、私も友人の為に引くわけにはいかない」
力強い声だった。力の差が分かっていながら真っ直ぐにこちらを見る眼差しが、悪意あってのものには見えなかった。
加州はしばらく思案した後で、刀をそっと下ろした。
***
「──病を治す鏡、かぁ」
事の経緯を布団で横になる審神者に報告した。頬を赤らめながら審神者はうーんと唸る。
「眉唾物じゃなくて?」
「鏡は古来より神事に使われていたもの。何かしらの力を持っていても不思議ではない」
審神者の横に控えていた小烏丸がそう静かに答える。それに対して加州はむっと眉を寄せた。
「ちょっと、看病してるようには全然見えないんだけど」
「そんなことはない。額が熱かろうとこうやって濡れた手拭いを置いてやったぞ」
「べちょべちょなの! その手拭いが!」
「おや」
桶を近くにやり、手拭いをとって搾ると水がぽちゃぽちゃ下に落ちた。審神者は加州と小烏丸のやりとりを見て苦笑いしている。
「顕現してまだ数日だしね」
「だから燭台切とか歌仙とか慣れてる刀を置いた方がっていったのに」
「この父を喚んだが為に寝込んだのだろう? では我が世話するのが道理よ。子は父に甘えるものだ」
満足げな笑みを浮かべる小烏丸に毒気を抜かれた加州はため息を零し、後で何をすればいいかきっちり教えることを決意した。
「あんまり熱下がってないね。水飲める?」
「うん」
身体を軽く起こし水差しを口もとにやると、少しずつだが飲みはじめた。そのことにほっと胸を撫で下ろす。小烏丸を顕現した初日は身体すら満足に動かせなかったのだ。刀をおろした時は気怠げになるようだが、寝込むほどではない。ここまで酷いのは三日月宗近をよんで以来だ。
「三日月宗近……天下五剣というものか。他に天下五剣はいるのか?」
「三日月だけだよ」
「刀を複数本同時に降ろすことは」
「たまにあるけど」
「では、もうよぶべきではないだろうな。このままでは身が持たぬ」
穏やかな色だった瞳がそっと細められた。
「依代の有無に限らず名のある魂をおろす……千年前の世を生きた人間でさえこのような離れ業、出来るかどうか」
「…………」
審神者が霊能に関わる者達に畏怖される理由がそれだった。
加州清光は現存していない。それにも関わらずこの場にいる。
加州だけでなく、刀身ごと焼失したもの、行方が分からなくなったもの、存在そのものが実存したか不明のものがいる。反対に、今世まで刀として生き続けるものもこの本丸にいる。審神者の力によって。
「アレを切るために我らは呼ばれた。しかし、これ以上刀を増やす理由はなかろう。戦力は十分よ」
「……そうなんだけどね。なんでだろうなぁ……なんとなく、よばなくちゃいけない気がして」
「なんとなく」
「うん。なんとなく。……やっぱり駄目?」
自分でも曖昧なことを言っている自覚があるらしく、審神者は身を縮めて口元まで布団に隠れた。
「ふふふっ、そうか、なんとなくか」
しかし、審神者の反応とは裏腹に、小烏丸は楽しそうにころころ笑いを漏らした。
「霊力の強い者の勘は侮れないものよ。きっと、何かしらの理由があるのだろうな」
「青江と太郎も言ってたなぁそれ」
「俺から言わせてみれば、主が寝込むくらいだったら止めてほしいんだけどね」
「それはいっぱい言われたなぁ」
「他人事みたいに言わない」
そう言っておでこを軽く人差し指ではじく。するとやけに嬉しそうな「はーい」という言葉が返ってきた。
「もう、喜ばないの」
無理やり作った怒った顔を見せる。しかし全く効果はなかったらしく、再び間延びした返事が返ってきた。
「代わる代わる子らがこの部屋にやってくるのが嬉しいのだな」
「うん。寝込んだら甘やかしてくれるから」
「ふふふ、たんと甘えたらよい」
「うん。甘える」
「もーまた爺役が増えた」
「爺ではなく父よ」