鬼さんどちら
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文化祭でやる劇の役割が決まった
黒板には各々の役割が書かれており、自分の名は裏方の場所にあった。見事役者に選ばれた友人からは恨めしそうな視線をもらい「白タイツだな」とからかうと「絶対穿かんからな!」と苦い顔で拒絶の言葉が返ってきた。祭り事にはあまり縁がなかったが、今回は楽しめそうだと仄かに胸を踊らせた。
席から立ち上がり、各々自由に過ごしながら賑わう教室を見渡していると自分の横に書かれた名前の人物がふいに視界に入った。クラスメートと笑みを交わしながら会話を楽しんでいる。あまり話したことはないが、いつも朗らかに笑っているイメージがあり、何となくだが好感の持てる人物だった。そんなことをぼんやりと考えていると「ずいぶんと熱い視線を送ってるな」と先程からかった仕返しと言わんばかりの言葉を貰った。そんなつもりはなかったのだが、思春期の性というべきか、異性を見ていたと指摘されるのはこっぱずかしい。すぐに視線を外し、からかった友人へ向ける。友人はしてやったりと顔をにやつかせていた。
「違うからな」
「何がだ田沼」
笑いを含んだ返答に「分かってるだろう……」と少し恨めしい声が出た。それも友人を楽しませる要因にしかならなかったが。
「ははっまあ、おまえらどこかにてるからな。気になるのも分かるぞ」
「……にてる?」
この友人は前も同じことを言っていたからか、似ているという言葉が気になった。田沼の純粋な疑問に友人、北本もからかいの口調を止めて続きを話し出した。
「今は健康そうだけど子どものときはよく体調崩して休んだりしてたんだよ。そのせいか中学上がるまでずっと小柄でひょろっとしてたしな」
「……それって」
遠まわしにおれをディスってないか。批判を込めた眼差しを送ると「おまえも夏目もひょろっとし過ぎなんだ! 肉を食え肉を!」と力説される。心配をしてもらっている身で反論するのもなんだが、当時は小学生だった女の子と一緒にされるのは複雑だった。そしてそこだけで「似ている」というのは少し無理がある。そう本人に言うと「そうか?」と大らかに首を傾げていた。
「似てると思ったんだがなぁ」
「おれはともかく名字さんに失礼だろ」
そう言いながらその人物に視線を戻す。そして田沼は目を見開いた。彼女の周りに桜の花びらがひらり、ひらりと舞っていたからだ。
思わず目をこする。見間違いだと思ったからだ。現に彼女の周りには見慣れた教室の風景しか残っておらず、賑やかな喧騒もいつもと何も変わらない。
ああ、よかった。無意識の内に張り巡らせていた緊張を解く。気まぐれに訪れる非日常には未だ慣れることはない。そのせいか些細なことで過敏に反応してしまう。同じモノを視る友人が出来てからは特に。
気にし過ぎても仕方ない。頭を切り替えようと密かに息を吐き、視線を廊下側の少し離れた場所に向けるところん、と机の引き出しからなにかが転げ落ちるのを目撃した。
「……石?」
「石?」
言葉を復唱する北本に説明しようと「机から……」と口を開いたときだった。少し粗野な動作で石が拾われた。話していたものが拾われたのもそうだったが、拾ったのが先ほど会話に上がった人物だったので田沼は二重に驚いた。
石を拾った人物──名字は拾った方の手をぎゅっと握りしめ、ズンズンとこちらに歩いてきた。眉がしかめられていて少し機嫌が悪そうだった。そんな名字に不思議そうな顔をして北本が声をかける。
「どした? 名字」
「ムシがいたの」
そう言って北本の後ろにある窓を開け「せいや!」と大きく振りかぶり、外に投げ出した。
「これでよし」
「これから更に寒くなるのにまだ出るんだな。何の虫だったんだ?」
「お邪魔ムシ」
「それは虫じゃないだろ」
「ううん、いやなムシだったよ。エンガチョしようエンガチョ」
名字が苦い顔で両手の親指と人差し指で輪を作るとすぐさま人差し指と中指を交差させ、「切った!」といいながら北本が輪を切った。そして次は北本が輪を作り、それを名字が切った。
「……なんだそれ?」
そのやりとりを静かに見ていた田沼かそう呟くと二人は仰々しい反応を見せた。
「田沼くんエンガチョ知らないの !?」
「田沼おまえエンガチョ知らないのか!」
二人の勢いに押されつつ頷くと「エンガチョ知らない人がいるなんて……」「都会か? 都会育ちだからか?」と何やらショックを受けた様子だ。
「エンガチョは縁をチョン切るからきててね、よくないものに触ったり会ったりしたらさっきみたいにして縁を切ってあげるの」
「へえ……」
「ん、じゃあ田沼くんもエンガチョ」
「えっおれも?」
「うんおれも」
にっこり笑って促される。何となく頭に残っていた違和感が薄れていき、見よう見まねで輪を作ると交差させた指でスッと切られた。
「よし。これで文化祭もばっちり」
「いやそれは関係ないだろ」
「私のエンガチョは効くからね」
「なんだその自信は」
北本の呆れた口調も気にせずふふんと胸を張る名字。その和やかな空気に田沼の口許も緩む。
「裏方がんばろうね田沼くん。ハムレット北本の最期を輝かせよう」
「ああ、そうだな」
「こら最期って言い方やめろ」
「やっぱり白タイツは欠かせないと思う」
「穿かんからな!」
北本の悲痛な叫びはクラスに響き、一気に白タイツコールに変わっていく。騒がしくも穏やかな日常にほっと優しい息をついた。