好きを煮詰めた他人のぼくら
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『ボーダー入ったばっかりのときの名字ちゃんの写真ありますよー』
佐鳥のなんてない言葉だった。同期であるがゆえの言葉。しかし隠岐には魅力的な言葉だった。中学三年生の名前は知っている。しかし六年生は途中まで、中学一年生、中学二年生の名前は隠岐は全く知らない。恋人なのに。
『全部くれへん?』
『え?』
『全部くれへん?』
『……え?』
『全部くれへん?』
固まった佐鳥の肩を叩いたのは半崎だった。「だるいこと言っちまったなーさとけん」この一言を残して去っていった。用件があるのは佐鳥なので特に引き止めたりしなかった。
うへぇ……と弱々しい声を出してスマホのカメラロールをスクロールする佐鳥にこれも、あれも、それもとお願いした。どれも可愛かったので。最後は無言で写真を送るマシーンと化した佐鳥にお礼を言った。今度なにか奢るからと伝えたがあれはちゃんと聞こえていただろうか。
そしてその日の夜。ベッドの中で宝物の宝庫となった自分のスマホを見返す作業を繰り返す。名前のフォルダーが潤った。ちゃんと学年ごとに分けてあるのでこれから振り分けないといけない。たいてい学年が上がっても両手を大きく上げてピースしてるのは変わらなくて可愛い。
一緒にご飯を行く機会も多かったのだろう。食事風景も多かった。好き嫌いがない子なので何でもモリモリ食べる姿は隠岐の好きな姿でもある。食事風景には色んな人がいた。年上は東から始まって沢村、嵐山、諏訪、堤、柿崎、太刀川……と様々な人間が続いた。名前はわりかし初期に入隊した人間なので年下として可愛がられたことだろう。時枝、佐鳥、名前のスリーショットも多かった。同期の同い年で仲がいいのは微笑ましい。
そう思っていたら片手でこちら側に手を伸ばし、もう片方はおでこに熱を計るようにしている写真があった。いや、これはおでこを隠しているのか。なぜ? と首を傾げて次の写真へスクロールする。わけがすぐに分かった。
「か、可愛い……」
眉上ドパッツンだったのである。写真をとられるのを防ごうと恥ずかしそうに眉が垂れ下がり、頬を染めて両手をこちらに伸ばしている。「さとけんのバカー!」と声が聞こえそうである。可愛い。可愛い。可愛い。なんだこれ。家宝にしよう。お気に入りに入れた。
「なんでビデオ通話にしなかったんや……」
顔を見たら会いたくなるからと理由でずっと電話のみとしていたのが完全にあだとなった。写真の記録をみるとこの名前は中学一年生だった。可愛い盛りを見逃したことに心から後悔する。自分のメッセージアプリの写真にしたいくらい可愛かった。だがこんなに可愛い名前を見せびらかしたい気持ちと見せたくない気持ちが半々だった。我ながら面倒くさい。しかし頭の冷静な部分でこんなに恥ずかしがっている写真を所持していることが見つかってしまったら「孝ちゃん消して!」と言われてしまうことは明白だ。そして隠岐はそう言われてしまったら消すしか選択肢がない。つまり家宝がなくなってしまう。
「ごめんなぁ名前……」
心の底から謝ってバレないよう所持し続けることを決心した。こんなに可愛い名前を消すことは人類の損失である。隠岐は本気でそう思った。
続けてカメラロールをスクロールする。勉強する名前、あくびする名前、なにかの賞状を見せびらかしている名前、諏訪の腕にくっ付いてだだをこねている名前。最後についてはちゃんと聞かなくてはならない。自隊の隊長に懐いているのは知ってるし、諏訪は自分の隊員として可愛がっているのは知っている。しかしそれとこれとは話が別である。諏訪にうっとうしがられるのは必須だが聞かない選択肢はない。
よし、と決心して次のカメラロールをスクロールする。水着姿だった。しかもスクール水着。スマホをばん! とベッドに伏せた。
「なんでやねん」
佐鳥くんそれはちゃうやろ。いや、名前単体ではなく、時枝、佐鳥、名前の三人で遊んでる姿だったのだが。やましい思いがあったら隠岐に渡すわけがない。佐鳥にとったらただの思い出である。だけどちゃうやろ。何度も思う。同い年の水着姿をスマホに残しているのはチャレンジャーすぎるだろう。隠岐だったら絶対にしない。そもそも名前以外の異性とプールや海で遊んだのは小学生までだ。もちろん名前も一緒に。しかしこの名前は中学生。中学生なのだ。性差が現れ始める時期。……そういえば名前とプールや海に行ったのは小学生が最後である。学年が違うので体育で一緒になるわけもなく。そして何だかんだいってボーダーに入ってからは遠出出来ていない。段々悔しくなってきた。今度デートに誘わなくては。ボーダー基地の地下のプールなら時期も関係ない。絶対に誘おう。……二人っきりで大丈夫だろうか。生駒達も誘うかとひよりながら再びスマホを表にする。スクール水着の名前。
「ごめんなぁ名前……」
再び心から謝った。変な扉を開きそうだったからだ。この写真は封印しよう。別フォルダーにしたら余計に意識しそうだったのでそのまま放置することにした。はたしてこれが封印になるのか。疑問だったが自らその問いを放棄した。思考放棄である。
そのときだった。名前から電話がかかってきた。いつのまにかいつも電話している時間になっていた。罪悪感から焦ってすぐさま電話を繋げてしまう。まだ気持ちの整理がついていないのに。
『もしもし孝ちゃん? 今大丈夫?』
「だ、大丈夫やで」
『? なんか声上擦ってない?』
「気のせいやろ」
気のせいではない。気のせいではないがゆったりしている名前は気のせいだと思ってくれたらしい。「あのね、孝ちゃんが教えてくれたから数学の時間に当てられてもスラスラ解けたんだよ」と機嫌よく話し始めた。うんうん、と相づちをうつ。まだこちらは話せるほど回復してないので話してくれるのは助かる。色んな話を聞く。授業の話、訓練の話、諏訪隊の話。たくさん相づちをうった。
『孝ちゃん今日も大好き』
「…………うん」
『……孝ちゃん? 何かあった?』
不安そうな声にしまったと思う。いつもなら「おれも好きやで」やら「おれの方が好きやで」とか倍にして返している。しかし今日は無理だ。罪悪感がすごくて好きと言えない。本当に罪悪感がすごい。……が、
『孝ちゃん?』
「…………名前、ごめんな」
『えっ』
「水着姿」
『…………えっ?』
「名前の水着姿の写真、貰ってしまってん」
名前を不安がらせるのは違う。こっちの勝手な思いで。
「水着姿だけじゃなくて他の写真もあったんやけど、頭のなかが水着姿ばっかりになってしまってん。今日ちゃんと話せへんかった。ごめんなぁ」
『水着姿……? 中学生のときボーダー基地で遊んだときのやつ?』
「多分それや。佐鳥くん達とのっとる写真」
『あれかぁ。……あれで? 学校の可愛くない水着だよ?』
「名前は何着ても可愛いし好きになるから変わらん」
変な扉開きそうだったのはさすがに黙る。嫌われたくないので。
『……今日話してるときなんか違うなぁと思ってたの』
「すまん」
『えーどうしよう』
「どうしよう!?」
『あ、違う違う。あの可愛くない水着姿が孝ちゃんの頭に残ってるのがやなの。どうせなら可愛い水着がよかった』
「怒らんの……?」
『他の女の子の水着姿でデレデレしてたら怒るけど私ならオーケーです』
ちょっと照れたように言う名前に胸打たれる。おれの彼女がこんなにも可愛い。前世どんだけ徳積んだんだと隠岐は思った。
『頭上書きしたいから可愛い水着買お。そしたら一緒にデートしてくれる?』
「当たり前やろ」
即答した。二人っきりでのプールデートにひよっていたことも忘れて。そしてこのあと「孝ちゃんの好み教えて?」と水着のスクショが送られてきて頭を悩ませることを隠岐はまだ知らない。