好きを煮詰めた他人のぼくら
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名前が美術室にいるのが見える。隣には時枝。前には烏丸。斜め前には奥寺。ボーダー隊員勢揃いだ。あの辺りは同じクラスなのもあって仲がいい。特に名前にとって時枝は同期なので特に仲がいい。「とっきーがね!」と話す顔は可愛くて微笑ましい。顔にも出ていたらしくクラスメイトから「隠岐にやにやしてっけどなに見てんだ~?」と声をかけられた。
「ニヤニヤて。にこやかって言ってくれへん?」
「ニヤニヤしてたって。あれはエロいこと考えてた」
「考えてへんよ。名前見つけてん」
「えーどこよ?」
「美術室のなか」
「どこだよ。…………ああいた! 分かりにくい! よく見つけれるな!」
おまえ名前ちゃんのことになると気持ち悪いな! とデカい声で言われる。失礼な。好きな子が目に入るのは恋する人間にとっては万国共通だ。それに窓際にいるから分かりやすいだろう。どんな顔をしてるのかも見える。サッカーの順番待ちだったがちょうどよかった。
「名前ちゃん男に囲まれてね?」
「全員ボーダーの子やね」
「やきもち焼きたりしねーの?」
「やきもち?」
「やきもち。ちなみに俺だったら焼く」
やきもち。心の中で復唱して名前の方へ視線をやった。なぜか顔をしわしわさせてる。向かい合っているのだから顔の模写のはず。それで模写されてええの? 名前? と少し不思議に思いながら再びやきもちについて考える。やきもち。
「焼いたことないなぁ」
「えっ!? 嘘だろ!?」
「ほんまに」
「なんで!?」
「名前が好きなのはおれだけやから」
子どものときから「孝ちゃん大好き!」と言葉でも態度からでも示してくれている。他の人間には基本的に友好的な子だし人なつっこい方だと思うが、恋愛感情を一心に向けてくるのは隠岐だけ。それをよく知っている。それに囲んでいるボーダーの子達もみんな穏やかな性格をしていてお互いの感情は同級生で友達でボーダー隊員の仲間といったところだ。そこは信頼している。
「めちゃくちゃ自信満々じゃん……」
「相思相愛やねん」
「めちゃくちゃ惚気てくるじゃん……」
「名前のかわええところもっと話してもええ?」
「遠慮しておきます……」
里見はいつもこいつの惚気に付き合ってるの……? と疲れた顔をするクラスメイト。そんなに話したことはない。……はず。大らかなでいいやつな里見は話しやすい。いつも笑いながら会話をしている。波長は合ってる。……話しているかもしれない。
「なにみてんの? 女子?」
するともう一人クラスメイトがやってきた。いわゆる女好きの色男。五股してくせに全員を納得させたとか、目があっただけで相手を惚れされたとか、年上のお姉さんに養われてるとか。まあその手の話題にこと足りない。だから名前を見せたくない気持ちが生まれた。
「何でもないで」
「熱心に見てたろー? 美術のせんせーは男だろ? じゃあ女子生徒かぁ」
「見てへんて」
「ああ、名前ちゃんかぁ。あの子可愛いよね」
「当たり前やろ」
「隠岐の彼女じゃなかったら話しかけてたなぁ」
「おまえその辺の線引きはちゃんとしてるのね」
「人のものとっちゃダメでしょー」
その辺の倫理観はちゃんとしているらしい。
「でも本当に可愛いよね名前ちゃんは」
名前が可愛いのは隠岐の常識だがやけに念を押してくる。なんだか嫌な予感がする。視線をやるとにやりと笑った。
「隠岐と別れたら絶対にものにするかなー」
隠岐VS色男クラスメイト。ゴングが鳴ったのが分かったともう一人のクラスメイトは後に語った。
「その機会は絶対に来おへんから他の女の子の相手してやり」
「分かんないよー? 幼なじみなんだっけ? それだけ付き合い長いならマンネリ化も早いだろうし」
「永遠に縁ないわマンネリ化なんて」
「男がそう思ってるだけで女の子は満足してない話なんて山ほどあるよねー」
「おれに隠し事できひん可愛い子やねん。絶対にないわ」
「うわー束縛っぽいよー? それ」
にこにこ笑う隠岐とにこやかに笑う色男クラスメイト。視線はバチバチと音が鳴っていた。この男絶対名前の前にやれへん。見せんようにせんと。心の中でそう決心してどう言い聞かせるかと頭を動かしていると、色男クラスメイトはふはっと笑った。
「ごめんごめんー嘘だって。名前ちゃんが隠岐しか見てないの知ってるから俺が話しかけても意味ないの分かってるってば。からかっただけー」
「このやりとりなんやってん」
あまりの勝手さにため息をつくとあははーと緩く笑う。
「隠岐の余裕のない顔見たかっただけだよー」
「確かに静かに怒ってた。怖かった。二人とも」
もう一人のクラスメイトがぷるぷる震えている。そういえばいた。すっかり忘れていた。
「隠岐、嫉妬してたじゃんこいつに」
「嫉妬?」
「やきもちやきもち」
「やきもち?」
「名前ちゃんとられるかと思ったんだろー?」
「そんな日は永遠に来んわ」
「真顔怖いぃぃ」
「隠岐おもしろー」
震える男とけらけら笑う男と真顔の隠岐。サッカー交代だぞーと告げにきた里見は困惑したらしい。
***
「名前」
「孝ちゃん! お昼休みにどうしたの?」
「一緒に食べようと思てん」
そういうと名前はいつも一緒に昼食をとっている友達へ困ったように視線をやる。しかしその友達はすっぱりした性格をしているので「はいはい、いってらっしゃい」と名前を送り出した。名前はお礼を言って隠岐のところへやってきた。
「孝ちゃんめずらしいね。お昼一緒のときは朝に言ってくれるのに」
「んーちょっとな」
「?」
「外温かいし中庭で食べようか」
手を繋いで歩き出す。すれ違う面々は「またこいつらか」「リア充は死」「学校の中で手ぇ繋ぐ必要ありますか!? 羨ましいぃ!」といった反応を見せてきた。こうは言ってはなんだがこういう反応は慣れている。名前は困った顔をしていて可愛い。でも勢いに負けて手を離そうとしたのはいただけない。「名前ー?」と顔を寄せると頬を赤らめて抵抗をやめた。よし。可愛い。
中庭について空いているベンチに隣同士に座る。
「今日はオムライスだよ。孝ちゃんのは私が卵包んだの!」
「おー綺麗に巻けとるなぁありがとう」
名字家から受け取っている弁当なので中身は同じだ。弁当の大きさだけが違っているだけだ。この弁当箱は名前がプレゼントしてくれたものだ。弁当蓋のはしっこに猫の肉球が押してある。もっと可愛いものにしたかったけど我慢したとのこと。別に構わへんのになぁと隠岐は思った。
「……ほんとはね最初お父さんのお弁当で練習したから二度目なの」
「おっちゃんのはどうやったん?」
「破れちゃった。ケチャップでお父さんへって書いてごまかした」
「おっちゃん気づいてないやろうなー」
「完全犯罪だよ」
どや顔が可愛い。自分を優先してくれたのも嬉しい。名前の父には少し申し訳ないが。
「名前」
「うん?」
「身長181センチで茶髪のパーマかかっとる学ラン着らんでカーディガン着とるたれ目のイケメンには近づかんとってな?」
「うーん? ああ、孝ちゃんのクラスの人? 女教師と恋愛してる噂の」
「それは初めて聞いたけどそいつやね。近づいちゃあかんよ?」
「用もないから大丈夫だけど……なんで?」
「近づいちゃあかんよ?」
「は、はい」
頷いた名前の頭を片腕で抱えてぎゅっとする。嫉妬。やきもち。無縁と思っていたものはすぐ隣にいた。油断しないようにせんとな。心に念じて腕のなかの宝物をよりいっそう大事にすることを決めた。