好きを煮詰めた他人のぼくら
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「今度デートしよか」
「する!」
即答だった。なんなら被せる勢いだった。そんな私に孝ちゃんは楽しげに「誘いがいあるわぁ」と笑っていた。
「名前どこか行きたいとこある?」
「調理実習で使うエプロン買いたいな」
「じゃあショッピングデートやな。三門モールでええ?」
「うん! 楽しみ!」
「今から楽しみにしすぎると熱だすで」
「遠足でそれ一回やったやつ……」
「大泣きしとったなぁ」
「でもその週に孝ちゃん家と動物園行ったよね」
「泣いて終わりはなしやろー」
その言葉に孝ちゃんがおじちゃんおばちゃんに頼んでくれたのだと分かってしまった。約十年ぶりに分かった新事実。あのときの私は単純に喜んでいただけだった。でも違ったのだ。孝ちゃんの優しさは十年経っても変わらない。私も孝ちゃんに優しくできてたらいいな。
「放課後デートか休みの日被せるかどっちがええ?」
「放課後デート! 早く行きたいから!」
「了解~」
楽しみやなぁと笑う孝ちゃんの手をぎゅっと握って大きく頷いた。
***
「今日ご機嫌だね」
「とっきーあのね、孝ちゃんと放課後デートなんだ」
「そうなんだ。よかったね」
「うん!」
「ご機嫌なのは分かったからあまり動かないでくれ名字」
「にやついちゃうのはいい?」
「それ絵に残していいならいいぞ」
選択美術の時間。隣にとっきー、目の前には烏丸くん。とっきーの前には奥寺くんがいた。お互いの顔を模写しましょうの時間。みんな喋りながら自由にやっている。……イケメンの烏丸くんの顔を絵に残すって今更だけど重大任務なのでは。
開始15分で気づいた事実に震えていると「コロコロ表情変わってやりにくい」と苦情が入った。ごめんなさい。そう思ってたら不思議そうな顔をして奥寺くんが口を開いた。
「デートなんかしょっちゅういってるんじゃねーの?」
「うーん、放課後カフェ行ったりご飯食べに行ったり雑貨屋さん行くのはデート? ちなみにいっぱい行ってる」
「デートだろ」
「じゃあいっぱいいってたデート」
「それだけ行ってても喜んでくれるなら隠岐先輩も楽しいだろうね」
とっきーの優しい言葉にえへへと顔が緩んでしまう。そうだといいな。そしてふと思う。私がリードしたデートってないのでは? いつも孝ちゃん主導な気がする。ここ行きたい! とかは私がよく言うけど孝ちゃんはあまりそう言うのない。「本屋よってもええ?」とか言うくらいだ。
「……デートプランとか考えた方がいいのかな?」
「隠岐先輩が考えてるだろ」
「隠岐先輩がリードしてくれると思うよ」
「隠岐先輩の楽しみ奪ってるぞ」
「そんなに私がデートプラン考えるのはなしですか!」
「なしと言うか隠岐先輩がその辺全く気にしてないだろ。名字と一緒にいるだけでいつも以上にニコニコしてるんだから」
「いつも以上にニコニコ」
「常に穏やかだけど名字といるときは幸せそうだからな」
奥寺くんと烏丸くんの言葉にそわそわしてしまう。そんなに……? わ、分からない。孝ちゃんが笑ってないときなんて、知らない先輩に話しかけられたときに孝ちゃんが間に入ったときくらいだ。あのときの孝ちゃんはなぜか怒っていた。……孝ちゃんに怒られるなんて私だったら絶対に泣いちゃう。あの先輩どうしたんだろう。三年生だったから全く会う機会がないからわからない。
「あと名字がなんかやろうとしたら空振りしそう」
「失礼だよ! 奥寺くん!」
「名字、顔固定してくれ。笑ったりびびったり疑問の顔だったり怒ったりで忙しない。十一面観音みたいに顔の上に顔乗せていいか?」
「模写って知ってる? 烏丸くん。別にいいけど」
「いいのかよ。おい、烏丸本当にやるな」
楽しそうなので私的にはありです。
ちなみに美術の先生は爆笑して烏丸くんの絵を受け取っていた。自由である。模写とはなんだったのか。そして私の絵は「だいぶ可愛くなってるね」ととっきーに言われた。周囲の反応を伺うと反感は買っていない様子。よかった。
****
「名前」
「孝ちゃん!」
「行こか」
手を差し出されてぎゅっと握る。私より大きい温かい手に安心する。幸せな気持ちになってくる。我ながらお手軽である。
「今日美術室おったの見えたわ」
「外で体育してたの孝ちゃんのクラス?」
「せやで。顔描きあっとったん?」
「そうだよ。模写してたの。烏丸くんのは十一面観音だったけど」
「なんでやねん」
「私の顔がいっぱいあったの」
「……ちょっとそれほしいかもしれへん」
「美術の先生が爆笑してた出来映えだよ?」
「名前のはなんでもほしい。烏丸くん絵うまそうやし。頼もうかな」
ちょっとそれは照れるかもしれない。カテゴリーで言えばギャグに入るので。烏丸くんはその辺りどうでもよさそうだから孝ちゃんが頼んだら普通にあげちゃいそう。口止めしておかなければ。心に決心して三門モールまで一緒に歩く。二人で話していたらすぐに着いた。
「ついた!」
「エプロンなら雑貨屋か調理器具の店にありそうやな」
「雑貨屋さんに行こう!」
「他の見てもええけど目的見失わんといてな?」
もちろんです。案内板をみたら一階と二階にそれっぽい店があったのでまずは一階の店に行く。キッチン用品のお店も一階にあった。
「エプロンエプロン……あった!」
「意外に数あるなぁ」
「決めるの楽しみ~。わーっどれも可愛い!」
「女の子女の子しとる店やからなぁ」
孝ちゃんの言葉にはっとする。男の子がこういう店いるのって気まずいのでは。とても今さらなことに気がついた。今まで散々付き合わせておいて。
「孝ちゃん大丈夫……?」
「ん? 何が?」
「男の子がこういう店いるの気まずくない?」
「それは子どものときから名前の好きな所に行っとったから慣れたなぁ。名前もメンズショップ行くの抵抗あらへんやろ? それと一緒」
「なるほど……?」
「別に気にせんでええよ。名前の誕プレ買うのに一人で入るのも気にせぇへんし」
「そういえばそうだ」
「そうそう。名前に似合いそうやなーとか考えとるから意外と楽しいで」
「孝ちゃん同年代の男の子より肝が据わってそう」
「ははっ、まあイコさんとかは無理そうやなぁ」
「俺はこの店入っていい顔しとらんやろとか言いそう」
「言いそうやわ~」
そんなことを言いつつ三つまで候補を絞った。白地に全体が花柄でコーラルピンクのリボンで前を結ぶやつ。もう一つはその色違いでリボンが青色バージョン。もう一つは胸元は黒で腰下が灰色のツイード調のエプロン。これも前で黒リボンで結ぶようになっている。どれも可愛い。
「ん~悩む~」
「どれも似合うと思うで?」
「料理するなら白は避けた方がいいけど花柄が可愛いの」
「せやなぁ」
「ツイード調のは大人っぽくて好きなの」
「せやなぁ」
「悩む~~っ」
「いっぱい悩み。時間はあるし」
そうは言っても孝ちゃんもいるのだ。ゆったり悩みすぎたら帰る時間が遅くなってしまう。
「孝ちゃんはどれがいいと思う?」
「ん~? どれも似合うと思うけど。そうやなぁ。名前は青よりピンクが似合うやろ。この色違いやったらピンクやなぁ」
「ふむふむ」
「で、このピンクと黒やったら……」
「うんうん」
「黒やな。ピンクリボンの花柄着とる名前はかわええから黒」
「うん? 可愛いから黒?」
逆じゃなくて?
「うん。他の男に見せんでええ。花柄はおれと一緒に住み始めてから着てほしいわ。黒でも充分かわええけどな」
「一緒に住み始めてから」
「うん。成人してから着たってや」
にこりと笑う孝ちゃんに顔がかーっと熱くなる。一緒に住むことが決定してる。異論はないけど。ないけど!
「二個買います……」
「お金大丈夫なん?」
「大事なもの貯金してるから大丈夫。大事なもの買うときに貯めてる貯金」
「そうなんや?」
「花柄は孝ちゃん用にするって決めたの。エプロンの洗いかえあった方がいいし」
「それは嬉しいわぁ」
一瞬だけ頬同士をすり合わせてきた孝ちゃん。照れたけど背伸びして私も頬をあてる。するとぽんぽん頭を撫でてくれた。嬉しい。
「あのカップル可愛い~」
「しぃー聞こえるよ」
後ろから聞こえた声に振り返ると店員さんがすっと目を逸らした。……見られてた。
エプロン買うとき顔が真っ赤だった自覚がある。私は店員さんと目を合わせられなかったけど孝ちゃんは余裕そうに「かわええエプロンありがとうございます」とニコニコ笑って言っていた。やっぱり孝ちゃん肝が据わっている。