好きを煮詰めた他人のぼくら
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「隠岐くん! 好きです!」
ゴミ袋を持った手がピシリと固まった。一緒にクラスのゴミを運んでいたとっきーに視線をやるとちょいちょいと手招きされる。近づくと「楽しくない話だろうからおれがゴミ捨てておくよ。教室帰っておいで」とゴミ袋を手からとられた。気づかいの化身とっきーである。
「ありがとうとっきー。お任せしても……」
「名字さんとつきあってるのは知ってるの。でも気持ちだけでも知ってほしくて」
「ごめんな。おれはあの子しか目に入らんから。一番大事な子なんよ」
「…………」
「名字? 大丈夫?」
つきあってる。つきあってる? 私と孝ちゃんが? ……そんな話でてたっけ。
おーい、ととっきーに目の前で手を振られてるのも気づかずうんうん悩みはじめたのだった。
***
「つきあうというのは何なんでしょうか。さとけん」
「男女が楽しく毎日過ごすことです! あーうらやましい!」
「楽しく毎日過ごす……」
それは孝ちゃんとの日々のことだ。毎日一緒に登下校して訓練の日は基地にも一緒にいって一緒に訓練する。孝ちゃんは私の家の近くに家を借りてるから帰るのも一緒。今日は生駒隊と一緒に作戦会議してるからいないけど。生駒隊が作戦会議? と首を傾げたら「よく分からんけど重大会議らしいねん」と孝ちゃんも不思議そうな顔してた。だから同期のさとけんと一緒にいるのだけど。
「というか名字ちゃんが聞くの? それ」
「どうして?」
「だって隠岐先輩とつき合ってるじゃん」
「つき合ってる……?」
「えっ!? 違うの!?」
「そんなお話はしたことないです」
「嘘でしょ!? いや、絶対ふたりはつき合ってるって!」
どんな基準なんだろうそれ。両想いなのは知っている。孝ちゃんに「好きやで」って言ってもらえてるし私も「大好き」って返してる。でもつき合う話はしたことない。
うむむ、と放課後の掃除当番から悩み続けている。孝ちゃんにも「なに悩んどるん?」と聞かれたけどうまく答えられずに「私もよく分からない」と返した。「分かったら教えてな」と孝ちゃんも深く聞いてこなかった。ありがたい。今は言語化が難しいので。
「つき合ってる人達はなにしてるの?」
「えっ……これオレが言っても大丈夫なやつ? 怒られない? 隠岐先輩に」
「孝ちゃんには内緒にするから教えて」
「本当に? 名字ちゃん隠岐先輩に隠し事できないでしょ?」
「だ、大丈夫!」
「どもってる! 絶対無理なやつ!」
「なに騒いでんだおまえら」
「当真先輩。おつかれさまです」
「おつかれさん。で? 何騒いでんだ」
「つきあってる人達はなにしてるのかさとけんに聞いてます」
私がそう言うと当真先輩は不思議そうな顔をした。
「どーいうこった? 何で名字がそれ聞くんだよ」
「そうですよね! 当真さん!」
「隠岐となんかあったのか?」
「いつも通り仲良しです」
「ならいいじゃねーか」
「でも私と孝ちゃん、つき合うとかそんな話したことないんです。だからつき合うってどんなことするのかなってさとけんに聞いてたんです」
「おまえらはつき合ってるだろ。誰がどうみても」
当真先輩はあっさりそう言った。
「まー名字のペースに合わせてんだろ隠岐は。隠岐に任せとけばいい。簡単だろ?」
「それは他力本願というやつでは」
「じゃあおまえからキスぶちかましてみっか?」
「!!?」
「当真さん明け透けすぎ! 名字ちゃんゆでだこみたいになっちゃった!」
「な? だから隠岐に任せとけ」
適材適所ってやつだ。当真先輩はそう言った。キス……キス。私と孝ちゃんがキス。
「わー!」
「混乱してる! もー当真さん!」
「思ってた以上にお子様だったな名字は」
「当真さん面白がってるでしょ!」
「おもしれーだろ普通に」
おもちゃにされてる。ううう、と唸りながら構えていたイーグレットを抱きしめた。なにか抱えとかないと不安だったからだ。……孝ちゃんとキス。頭が沸騰しそう。
***
今日の訓練遅れるやろうなぁ。隠岐はそう思いながら作戦テーブルに座っている。議題は「生駒がモテる方法」長くなりそうだ。ちなみに真織はいない。秒で作戦室から出て行った。隠岐もそうしたかったが「一番のモテ男がどこいくねん」と引き止められた。
「イコさんは誰にモテたいんです?」
「誰でもいいからモテたいです」
何で敬語と思いつつ口を開く。
「やったらおれは当てにならんですよ」
「なんでや。おまえモテるやろ」
「名前以外にモテても意味ないんで」
「こういうとこっすよイコさん」
「痛感しすぎて胸がイタいわ」
「隠岐先輩かっこいいっす!」
いつも通りわいわいする生駒隊の作戦室。生駒はなぜか椅子から降りて正座した。
「名字ちゃんのようなカワイイ彼女を作れた経緯を教えてください」
「経緯と言っても……子どもんときから一緒やったんで」
「俺に足りないのは幼なじみってことですか?」
「名前以外にも幼なじみはおりましたけど特別なのは名前だけです」
「これ隠岐の惚気聞く会になっとりますよイコさん」
「子どものときからラブラブだったんすか?」
「海つづけさすな」
「ラブラブやったで」
「隠岐も続けんな」
「名前の話なら何時間でも出来ますわ」
「すんな」
「うらやましい」
地べたから立ち上がった生駒はゆるゆると席に戻った。
「そもそも男だけでどうやってモテるか話し合うのが間違いやったんや。必要なのは女の子の意見。つまりマリオちゃんや」
「マリオ先輩用があるってすぐに出て行っちゃいましたからね!」
「あれは逃げたっていうんやで」
「隠岐、名字ちゃんに聞いてくれへん」
好きなタイプは孝ちゃんです! という名前の姿が頭に浮かんだ。あの子じゃあてにならんやろ、と思いつつスマホを出す。電話マークを押して通話状態にする。しばらくして電話は繋がった。
「名前? すまん、ちょっと聞きたいことあるんやけど」
『孝ちゃん』
「ん? なに?」
『孝ちゃんは、わ、私とキスしたいんですか?』
「イコさんちょっと用事できたんで抜けますわ」
「えっ」
早足で作戦室から抜け出して自販機のある休憩所まで行く。とりあえずと思い向かった場所だったが、小さい見慣れた背中を見つけた。名前だ。
『「名前」』
「えっ。えっ! 孝ちゃん!?」
振り返った名前の顔は真っ赤に染まっていた。……誰や余計な口挟んだの。通話を終わらせて名前に近づく。名前はびくっと身体を震わせた。……本当に誰や。仕方なく距離をとって話し始める。
「名前? 誰に聞いたん? 教えてくれへん?」
「な、なにを?」
「キスがどうたらとか」
その言葉だけでカーッとさらに顔が赤くなる。照れまくっている。正直可愛い。可愛いが警戒も入ってしまっている。こうならないようにゆっくりゆっくり距離を縮めていたというのに。本当に誰や余計なこと言ったの。まだ見ぬ敵を頭に思い浮かべながらその場にしゃがみこんで椅子に座ってる名前と視線を合わせた。ここで嘘を言っても仕方ない。
「したいで。ずっと前から」
「!!」
「でも名前のペースやないと意味ないねん。おれだけがしたがっても意味ないやろ?」
「…………私たちつき合ってる?」
「うん? そう思っとるけど」
「…………初めてきいた」
ちょっと拗ねたような声で言う名前にえっ? となった。言ってなかった……か? 背中に冷や汗が流れる。いや、でも付き合ってなかったら毎日一緒に手をつないで登下校しないだろう。四六時中一緒にいたりしないだろう。追いかけてボーダーに入ったりしないだろう。そう思ったが相手はゆったりしている名前だ。これはちゃんと言ってなかった隠岐が悪い。
「名前」
「なに?」
「好きです。付き合ってください」
「……はい。よろしくお願いします」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
ふんわりと笑った名前につられて笑みが零れる。可愛い。ちゃんと意志疎通とらなあかんな。慢心しとったわ。少しの反省も交えつつ近づくと頬を染めた名前と目が合う。
「あの、孝ちゃん」
「うん?」
「キス……いいよ」
「え」
「私も孝ちゃんとキスしたい、です」
隠岐の可愛い子が可愛いこといっている。隠岐の都合のいいことを、いっている。思わず腕のなかにしまい込む。駄目やろこんな可愛い子野放しにしとったら。隠岐は本気でそう思った。
「孝ちゃん」
上目遣いの瞳。染まった頬。少し開いた口。ピンクの唇。キスする条件が完全に揃っていた。……揃っていたのだが。
ちゅ。
名前の額に寄せた唇。わっと声を出して背筋が伸びた名前に苦笑する。やっぱりまだ早かった。おでこのキスでゆでだこちゃん完成だ。そもそもお互いにトリオン体である。はじめては生身がいい。
「ここはまた今度な?」
指で唇をなぞると情けない声で「ふぁい」と返事が返ってきた。とりあえず一歩前進である。それはそれとして名前に口を挟んだ相手は探すことにする。