好きを煮詰めた他人のぼくら
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「隠岐先輩ってカッコいいね」
友だちのよっちゃんがそう言う。ご飯を食べていたのですぐに返答出来なかったけどゴクンと飲みこんで口を開いた。
「カッコいいよ! 孝ちゃんは昔からずっとカッコいいの!」
「でも烏丸くんみたいに真っ当にモテなさそう」
「!?」
よっちゃんの手のひら返しにびっくりしてお箸落とすかと思った。孝ちゃんがモテない。かっこよくて優しくて穏やかで背も高い。あれ? モテる要素しかないぞ? 確かに烏丸くんのモテ度は凄まじいけど。ファンクラブがあるくらいだ。でも孝ちゃんだってカッコいい。不思議そうな顔になっていたんだろう。よっちゃんが言葉を続けた。
「だって名前にべったりじゃない」
「? 私がべったりしてるんだよ?」
「自覚なしか……」
「自覚とは」
「ずっと一緒にいたなら鈍くなるのかな」
「? でも中学三年生まで会えなかったよ?」
「電話とかしてたんでしょ?」
「毎日してた」
「年季入ってるわこれ」
よっちゃんの言葉が難しい。とりあえず孝ちゃんはモテないわけがないと主張しなければ。そう思っていたら「名字さんだよね?」と声をかえられた。振り返ると知らない女の子がいた。だれ? と思って上靴を見たら三年生だった。三年生。先輩だ。でも知らない人。そもそも私の上下の交友関係はボーダーしかない。
「どちら様ですか?」
「ちょっと話があるんだけど」
「どうぞ?」
「ここじゃちょっと。裏庭まで来てくれる?」
「えっ」
「人前で話せない話するつもりですか? 初対面で。失礼だと思いますけど」
びっくりしてるうちによっちゃんが先輩に釘をさした。たしかに。失礼だ。うんうん強く頷いていたら先輩はうっ……といった顔をした。
「隠岐くんのことだけど」
「孝ちゃん?」
「孝ちゃん……」
先輩の目が鋭くなった。えっなに。
「どういう関係なの? いつもベタベタしてるけど」
なんか口調がトゲトゲしてる気がする。でも初対面だから判断がつかない。そういう話し方をする人なのかもしれないし。答えようとしたら「初対面の先輩に言う必要あります?」とよっちゃんが言葉を被せた。た、たしかに! 言う必要ない!
「内緒です」
「っ、言っておくけど、あんたはみんなから──」
「みんなからなに?」
背後から大好きな声がしてすぐさま振り返る。孝ちゃんだ!
「孝ちゃん! なんで私の教室にいるの?」
「ちょっと用事があってん。でも名前ちょっと静かにしとってな。おれこの人と話があんねん」
「? 了解です?」
「うん。ありがとぉな。……で? みんながなに?」
「いや、その……」
「その他大勢に否定される関係とちゃうんやけど。それ分かっとらんよな」
孝ちゃんが怒ってる……! あの穏やかな孝ちゃんが! 初めてみた! これは一大事だ! しかも先輩相手! でも静かにしててって言われたし!
おろおろと困ってよっちゃんと目を合わせたらよっちゃんはうんうんと頷いていた。どういう頷きなのそれ!
「あんたらは赤の他人。わきまえてくれへんか? お仲間にも言うとってや。この子になんかしたら絶対許さん」
「っ!」
孝ちゃんに怒られてた先輩は顔をぎゅっとして走って去っていった。どうしたらいいか分からず手をわさわさ動かしてたら「なにしとるん」と孝ちゃんに両手をぎゅっとされた。声が戻ってる。いつもの孝ちゃんだ。
「孝ちゃんを怒らせるなんて何したのあの先輩……」
「相変わらずゆったりしとるなぁ。烏丸くん達連絡してくれてありがとう」
「いえ。来るの早すぎてびっくりしました」
「走ってきてん」
私の席の後ろでまとまってご飯食べていた烏丸くん、奥寺くん、とっきーにお礼を言ってる孝ちゃん。なんでお礼?
「それに淀山が全部言い返してましたし」
「淀山さんもありがとう」
「いいえ。あの先輩の物言いが普通にムカついたので」
「それでも助かったわぁ。名前ゆったりしとるし」
「それは否定しません」
「名前はいい友達持ったなぁ」
「うん! よっちゃんは親友!」
よっちゃんを褒められて嬉しくてにこにこして言うとよっちゃんは少し照れたように眉を下げて、孝ちゃんは「そうやなぁ」と朗らかに笑った。
「名前、今日も迎えに来るまで教室おってな? 知らん人にはついていったらあかんで?」
「もちろんです」
「さっきの先輩についていこうとしたでしょ」
「…………」
「名前? 気ぃつけてな?」
両手を握って視線をばっちり合わせて言い聞かせてくる孝ちゃんに重々しく頷いた。たしかにあの先輩は知らない人だ……。同じ学校のひとでも適用されると脳内でアップデートした。
「この2人みて隠岐先輩いけるって思う人は脳みそ入ってないのよ」
「淀山いいすぎ」
***
「名字ちゃん大丈夫だった?」
「おー。お友達と烏丸くん達が守ってくれとったわ」
「それはよかった! 隠岐も安心しただろー」
そういって里見はパンをかじり付く。隠岐も食べるのを中断した弁当を食べる。これは名前の母親が持たせてくれたものだ。最初は遠慮していたのだが名前がにこにこしながら「お弁当おそろいだね!」と言ってくるものだから食費だけ渡すようになってしまった。あの笑顔には勝てなかった。名前の母も「もううちの子みたいなものでしょう?」と笑いながら言ってくるのだ。嬉しいやら恥ずかしいやらで複雑な隠岐だった。
「一年生と二年生は名字ちゃんと隠岐の関係知ってるから大丈夫だけど三年生はなーいまいち浸透してないというか。まあそれも少数派だと思うけど」
「毎日手ぇ繋いで登下校しとる意味が通じん相手やで? 最初から聞く気ないんやろ」
「おおーブラック隠岐がでてる」
「こんなんブラックのうちに入らんよ」
名字名前は隠岐孝二の彼女。それが第一高校の認識だ。それを無視してる里見曰わく少数派は名前も隠岐も舐めているし侮っているということだ。全くもって面倒くさい。隠岐の唯一は十年前から決まっているというのに。
「どないしたらええんやろ。烏丸くん達もずっと名前のこと見とくわけにもいかんやろうし」
「うーん、名字ちゃんもちょーっと鈍いところあるからなぁ。戦ってるときはあの子ピリッとしてるのに」
「人の悪意に敏感にならんでええよ。そこは名前のええところやし」
「でも危ない目にあうかもしれないし」
そこなのだ。まさに堂々巡り。
「……名前の家に世話になるんのはなぁ」
「おっ。ついに同棲?」
「提案されとるだけ。それに名前の家族もおるから同居やし。でもそこまで話回ったらさすがに諦めるやろうなぁって思てん」
名前の家に住まないか。それは三門に来たときから名前の家族から提案されていた。名前の為にこっちに来たと思われているため、なにかと気を回してくれるのだ。しかし隠岐の気持ちも知ってるだろうに年頃の男女を一緒にして親としては複雑じゃないのだろうかと思うのだが、先ほどでたとおり「孝二くんはもううちの子でしょ」理論が発動するらしい。何より名前が喜ぶから。まあ名前には話は通ってないのだが。ぬか喜びされるわけにもいかず、もし名前がこのことを知ってしまったら全力で隠岐に進めてくるだろうから、そして名前に甘えられたら隠岐が断れないことを知っているから、名前の両親と隠岐だけの話になっている。里見には話していたが。
「まあ三年生が卒業するまで待つのもありだよね」
「それが一番かもしれんなぁ」
名前の家特製の甘い卵焼きを食べながら息をついた。