好きを煮詰めた他人のぼくら
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四日目は体験学習だった。匂い袋作りやガラス工芸やパワーストーンブレスレットや扇子の絵付けやお守りストラップ作りやらで好きなのを前もって選択して応募を出していた。名前にどれがほしい? と聞いたら「孝ちゃんがしたいのやらないと!」と言われたので細井に頼んで名前だったらどれを選ぶか聞いてもらったところ、パワーストーンブレスレットだと言っていたのでそれに応募した。男子は隠岐と隠岐に付き合った同じグループの男子のみ。「めちゃくちゃ浮いてる……」とやや後悔していた。
「姉ちゃんにやるわ。あじさい寺行かなかったし」
「あじさいっぽく色わけしたら喜ぶんやない?」
「ここであじさい感出すな! って切れるタイプだよ俺の姉は」
「それは怖いなぁ」
そう言いつつ使うパワーストーンを選ぶ。誕生日石一覧があったのでそれを参考に名前の好きな色を組み合わせる。
「おまえ色選ぶセンスあるなぁ」
「あと厄除け祈願もいれるわ」
「おまえ安定してるなぁ精神が」
厄除けは大事だろう。そういったら「厄ってそういう意味じゃないと思います」と真顔で言われた。気の持ちようである。隠岐の念も込めておこう。
ボードに石を並べて色の配置を決める。すっぽ抜けないように手首周りの長さを調整して(何で手首周りの長さ分かるんだよと引かれた)、石を減らしたり変えたりして決まってから透明なゴムに通していく。全部通しきってから三回結んだ。完成だ。
「可愛いじゃん」
「我ながら上手くいったわ」
「名前ちゃん喜ぶだろうな」
「やったらええなぁ」
プレゼントしたときの顔を思い浮かべると顔がほころんだ。
「早く帰りたいわ」
「まだ俺が作り終わってないし、体験学習の時間も余ってるんですよ隠岐くん」
「お姉さん恋愛祈願のお守り欲しがっとったならその石いれたらどうなん?」
「いいよ。健康運とかで。大事だろ、健康」
「投げやりやな」
「弟から恋愛祈願のパワーストーンもらうのキモイ! って言われる可能性が残っているからな」
「おっかないお姉さんもっとるな」
「世の中の姉なんてこんなもんだろ」
些か偏った姉像を持つ友人のパワーストーンブレスレットも時間内に終わり、ホテルに帰って食事をとり帰宅となった。バスで里見と細井と再会する。
「おっなんか久しぶり~」
「班違ったからなぁ」
「なんか名字ちゃんのことで、というかその相手のことで女の子達が賑わってたけど大丈夫だった?」
「名前は大丈夫やで。男の方は出方次第やなぁ」
「笑顔なんだけどなぁなんかあるよね圧が」
「あんたあんま無茶なことせんときや。名前ちゃん気にするで」
「名前にバレんようにするから大丈夫やで。マリオ」
「大丈夫の意味知っとる!?」
「あはは」
「結構怒ってるね。まあいないときにやられたら怒るか」
そのとおり。
写真で顔もばっちり把握している。女子が騒ぐように顔は整っていた。これはモテただろう。まあ名前は顔でなびくタイプの人間ではないし、隠岐への気持ちも十分分かっている。……が、それはそれとして面白くないのが心情である。烏丸からの定期連絡で名前に話しかけようとした人間は増加傾向にあったというし、帰ったら見せつけないといかんなぁと思う。名前の相手が誰なのかを。付け入る隙間などないということを。
バスで駅まで行き、新幹線に乗ってから三門に帰ったのは夕方だった。学校のグラウンドで解散するまでが嫌に長く感じた。一階の渡り廊下でこっちを見ている姿が見えていたからなおさら。
「よし、真っ直ぐ帰れよー」
その瞬間勢いよく立ち上がった隠岐に「はいはいお疲れ様でした」「班の人間に言うことはないんかい」「ないんだろうなぁ」「よく我慢したな隠岐」「名前ちゃんによろしく」と言ってくるグループのクラスメート達に軽く手をあげてからその場を立ち去った。キャリーケースを持ち上げて走る。そちらに向かっていることに気づいた影も走って隠岐の元にやってくる。
「孝ちゃん!」
「名前!」
腕に入り込んだ身体を抱きしめる。隠岐にぴったりしがみつく小さな身体。愛おしさがあふれ出る唯一の存在。頭を撫でると「孝ちゃーん……」と弱々しい声で胸に頭を擦り付けてきた。
「寂しかったよー……」
「おれも。ずっと会いたかったわ」
「好き大好き」
「おれも大好き」
顔を見合わせる。名前が背伸びして隠岐の胸に手をついた。めずらしい。少し離れているがまだ人がグラウンドにいるのに。でも隠岐も気持ちは同じだ。名前の頬に手をやって口づけようとした。……が、名前の背後に人の気配がしてそちらに顔をチラリと向ける。
(あいつかい)
それは名前に告白したという男。確か名前は沖夜。少し自分に名前が似てるのが地味に腹が立つ。沖夜は抱き合ってる隠岐達をみて顔を歪めた。……まあ二日で恋心が消えるわけないわな。心でそう返して名前に口づけた。沖夜に分かるように。
隠岐は名前のように恋敵に気づかう優しさは持ち合わせていない。むしろ粉々になって消えてしまえばいいとさえ思っている。おれの名前。その一心でちゅ、ちゅ、と唇を重ねる。名前の腕が隠岐の首に回る。これもめずらしい。それほど寂しくさせていたのだと実感する。口を開いて深く交わるキスをする。名前はびっくりしたように背中を震わせたが嫌ではないようで、ぎゅっと腕に力を入れた。軽く唇で唇を食みながらリップ音を鳴り響かせて顔をすり寄せてまたキスする。それを繰り返した。
「孝ちゃん……すき」
「おれも大好きやで」
「おかえり孝ちゃん」
「ただいま名前」
最後にちゅ、とキスをして離れた。名前の唇がてらてらと光っている。自分もそうだろうと思いつつ名前の背後をみると沖夜の姿はなかった。それはそうか。まあいたらいたでもう一回見せつけるだけだ。名前のキス顔は見せんけどな。そう心で呟いてハンカチで名前の唇をぽんぽん拭く。名前は照れたように顔を赤らめた。
「む、夢中だったから、でもなんかさっきのちゅー……ちょっとえっちだった……」
もっとえっちなのあるけどなぁ。まあそれはまた今度。そう思いつつ自分の唇も拭いた。名前はそっちの方が恥ずかしかったらしく目をそらしていた。可愛い。
「名前、お土産のお守り買ってきたで」
「わあっありがとう!」
「おそろいにしたわ」
「えっやったっ嬉しい!」
やっぱりおそろいの方が喜んだ。お守りはすぐに渡そうと学ランのポケットに入れていたのですぐに出せた。パワーストーンブレスレットはキャリーケースの中で他の数々のお土産は宅配便で届く予定だ。「孝ちゃん買いすぎ!」と言われる量だ。後日名前から絶対にツッコミが入るだろう。隠岐としては名前に似合う物が世の中に溢れてるから仕方ないのだ。ピンクの紐の方のお守りを名前に渡す。名前は宝物のように両手で受け取った。
「幸って書いてある! 白くて花柄で可愛い~!」
「幸運招来、幸せを運ぶって意味らしいで」
「それは素敵だね。孝ちゃんとおそろいでよかった! 孝ちゃんに幸せをいっぱい運んでね」
そう言って隠岐の方の青い紐のお守りを撫でる名前。もういっぱいもらっとるよ。そう思いつつ笑みがこぼれて名前の頭を撫でた。ただいま、名前。