好きを煮詰めた他人のぼくら
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何事もありませんでした作戦は二日目にして破綻した。早すぎる。赤くなった瞼をみる。冷やしたけど遅かったみたいだ。明らかに泣きましたって顔をしていてお母さんとお父さんに心配された。「孝二くんが修学旅行行ってるからね」と。孝ちゃんは関係してるけどそれだけで瞼腫れるくらい泣くと思われてる。一応小6の途中から中3の途中まで離れて暮らしてたんだけどな。近くにいるから前より耐性が減ってると思われてるのかもしれない。
「名前、大丈夫?」
「大丈夫! 行ってきます!」
心配そうな顔のお母さんに見送られて家を出た。孝ちゃんが修学旅行に行って三日目。今日は京都だって言ってた。お寺巡りをするらしい。お守りどんなの買ってきてくれるかな。楽しみだ。
通学路をひとりで歩く。昨日と今日、そして明日までひとり。いつも孝ちゃんと手を繋いで登校するから寂しいけど仕方ない。ふん! と気合いを入れた。
「あれ? いつもラブラブのねーちゃんだ。なんでひとり?」
「孝ちゃんは修学旅行行ってるの」
「ふーん、じゃあねーちゃん寂しいね」
転んだところを見かけて絆創膏をあげてから話すようになった小学生の男の子にそう言われた。小学生にもバレている……。
「駅まで一緒に行ってやるよ」
「えっありがとう。でもいいの?」
「通学路だから気にすんな」
この子モテるだろうなと思いつつお喋りしながら駅まで行った。全然話が途切れなかった。私の内面が幼いのかあの子のおしゃべりが上手なのか。後者だったらいいな。そう思いつつ改札を抜けて電車を待つ。自転車でも通える距離だから明日は自転車で行ってみようかな。明日の天気良かったし。孝ちゃんが帰ってくる日が晴れるのはよかったな。……そうだ、孝ちゃん帰ってくるから自転車で行ったら一緒に帰れないじゃん。自転車なし。
「あ、あの」
「はい?」
声のしたほうに顔を向けると六頴館の制服を着た男の子がいた。六頴館。進学校。華ちゃんや古寺くんが通ってる学校だ。
「いつも一緒にいる人はどうしたんですか? 昨日もひとりでしたけど」
「孝ちゃ、あの人は修学旅行に行ってるので。知り合いでしたか?」
「い、いえ! 失礼しました!」
そう言って別の電車口のところへ行ってしまった。なんだったんだろうと思いつつそのまま見ていると友達らしき人と合流して話してる。私に話しかけた人は肩を落として友達らしき人にポンポン肩を叩かれてた。なにかショックなことがあったのかな? そんなことを考えてたら電車がやってきた。
中に入って比較的空いてるところへ身体を入れ込む。うう……こういうとき孝ちゃんへの感謝がつのる。いつも私を壁側にしてくれて孝ちゃんが人の波を受けてくれているのだ。それか腕の中に入れて支えてくれている。だから電車は苦痛じゃなかったんだけど……。知らない人の肘が通学バッグに当たって睨まれる。小さい声で謝って身体の前にバッグをやって縮こまる。ゆらゆら揺れて人酔いしそうだ。
楽しいこと考えよう。今日は選択美術だ。木の板から作った卓上の収納ラックの色付けの日。制服が汚れないようにエプロンも持ってきた。孝ちゃんに選んでもらった可愛いやつ。着るだけでテンション上がるやつ。ラックはパステルカラーにしようと決めてる。孝ちゃんも私の勉強机に合うって言ってくれたし。……私の元気の素が孝ちゃんで溢れてる。溢れすぎ。……会いたいな。あまり心でも口にしないようにしてたことが頭に浮かんでしまった。昨日おやすみって直接言ってもらったでしょ。話聞いてもらったでしょ。我慢だ。
そう思いつつも寂しい気持ちは消えてくれなかった。
****
「この小物入れかわええ」
「それ持っても違和感ないのはイケメンだからか、彼女持ちだからか」
「買うてくるわ」
「おまえ延々と名前ちゃんへのお土産買ってない?」
「名前に似合いそうなのがいっぱいやからなぁ」
迷わず購入する。うさぎの絵付けの小物入れ。割れないように梱包してもらってバッグにいれた。清水寺までの参道で食べ歩きに買い物。お守りもみたがやはり寺で買ったほうが縁起がよさそうだ。
「清水寺でお守り買うの?」
「そうやなぁ。次金閣寺やろ? えらいキラキラしてそうやわ」
「確かに。女子向きなさそう。俺は姉ちゃんからあじさい寺? のお守り買ってきてって言われたけど。あじさいで可愛いらしい。御利益がなんだっけ……」
「あじさいで御利益? ピンと来おへんな」
「ああ、そうだ恋愛成就だ」
「恋愛成就かぁ」
「おまえは必要ないだろ」
「せやな」
「全面的に肯定されるのも微妙な気持ち」
そういえばお守りには御利益がつくものだ。そのあたりも考えないといけない。恋愛、学業、健康、交通安全。ぱっと思いつくのはこのくらい。この中だったら健康か交通安全。まとめて運上がるやつはないんかなぁ。そう思いつつ清水寺に着く。学生服だらけだ。
本堂を通りすぎて真っ直ぐに土産物屋に向かう隠岐に「おまえお寺さんの御利益とかどうでもよさそうだな」と言われる。そんなことはない。名前の為ならどんだけ御利益あっても困らない。そう答えると「なんか違う」と微妙な顔をされた。
ぱっと見回して最初に目に入ったのは桜の鈴だった。可愛い。名前も好きそうだ。鈴は魔除けの効果があるというし、名前に群がる魔を祓ってくれないだろうか。でも名前に初めて会うたの夏やしなぁ。そう思いつつ第一候補に置いて他も眺める。「勝」と書かれたお守りや恋愛成就の様々なお守り。キューピットなんてものもあった。これは大丈夫。愛を育てるという謳い文句のお守りもあったが、それは自分で頑張ります。そう返してさらに探す。そして目に入った「幸」という文字の白地のお守り。
「これ、どういう御利益です?」
「幸運招来、幸せを運ぶ、ですね」
「これ、青とピンクください」
お守りの紐が青とピンクのを購入する。クラスメートは朗らかな顔でお守りが入った袋を見る。
「幸せを運ぶっていいじゃん」
「健康運とか交通安全も賄ってくれそうなのがよかったわ。見た目も白に花柄でええし」
「え、なんか思ってた反応と違う。名前ちゃんの幸せを願ってとかじゃないの?」
「名前を幸せにするのはおれやしなぁ」
「お守りにも張り合うの……? この人……?」
「さすがに嘘だろ隠岐」
ドン引きしましたといった顔のクラスメート達に「おれがおらんときは助けてもらう用やな」と言うともっとドン引きされた。なぜだ。そう首を傾げる隠岐に「パワースポット行って気分転換しよう」とみんな一斉に動き出した。心なしか早足だった。
3本に分かれた筧のある場所。流れる水は延命長寿、恋愛成就、学業成就の御利益があるらしい。
「隠岐はどれにすんの?」
「延命長寿。名前と長生きせな」
「知ってたわぁその反応」
「恋愛も勉強も自分で頑張るもんやし」
「はい、恋愛成就、学業成就を願う全ての人間を敵に回しましたー!」
「恋愛を祈ってなにが悪いんですかー!」
「悪いとは言うとらんやろ」
「おまえらうるさい」
「金閣寺行く時間になったから行くぞー」
そんなこんなでいくつもの寺を回った。予想通り金閣寺はキラキラしたお守りが多かった。そして名前が決別した白い猫のお守りもあった。どこでも仕事しとるなこの猫と思った。