好きを煮詰めた他人のぼくら
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なにかあったな。通話の切れたスマホを手に隠岐は考える。電話先の名前の様子が変だった。最初は泣きそうな、こちらにすがってきそうな雰囲気があったのだが、何か言ってくることはなく、途中からはいつものように「孝ちゃん大好き」と言ってくれた。何がきっかけでいつもの名前に戻ったのか分からなかった。できる限りいつも通りに話していたつもりだったが、それが良かったのだろうか。分からない。用事があると言っていたし、無理やり聞くのもよくないだろう。
とりあえず名前にプレゼントする猫の身体の形をしたペンケースを手に取る。黒猫モチーフのそれは尻尾がチャックの持ち手になっていてとても可愛らしい。手触りはもちもちふわふわしている。名前気に入ってくれるとええな。そう思いつつ会計をすませた。
あとは入れ物が可愛いクッキーなどが喜ぶだろうと見た目重視で買う。隊のメンバーのはデカい箱物にした。作戦室のお菓子は皆がたむろするので消費が大きいのだ。それにあの面々は見た目など気にしないだろう。あとは名前のことをお願いした人々には三日目の京都で和菓子など買おう。ああでも和菓子が苦手な人間もいるからここでも買っておくか。まあまあの量になったがホテルで宅急便で送ればいいかと算段をつける。帰りは混むから昼に土産を買って全員まとめてロッカーに入れとく計画だったのだが、他のメンバーはもう買えただろうか。そう思ってたら全員同時に現れた。なぜかみんな神妙な顔をしている。
「隠岐様」
「なんで様づけやねん」
「怒るなよ?」
「なにが」
「怒るなよ?」
「分かったからはよ言い」
ただし名前が関わってなかったら。心で注釈をつける。
「女子が騒いでたんです。一年生で二番目にモテる男がいて、ある子に告白したと後輩から連絡が回ってきたと」
「それで?」
「そのある子というのが……」
「名前とか言わんよな」
「…………」
「名前とか言わんよな?」
「やっぱり怒ったじゃん! だから言うの止めようって言ったんだよ!」
うわああん! と他の男子に泣きつく同じグループのクラスメート。スマホを取り出したが、既に授業の時間になっている。
「舌打ちしそうな顔したぁ! いつも穏やか隠岐くんがぁ!」
「ちなみに振られたって聞いたから安心していいぞ」
「そんなん当たり前やろ。そこは心配しとらんよ」
「あ? そんなん? じゃあ何で連絡しようとしたんだよ」
「相手を振るほうもキツいやろ。名前の性格からして平気なわけないし、名前が落ち込んどるのに何も出来んのが腹立つわ」
「安定のバカップルでなんか安心したわ」
泣きつく男子を適当にあやしながら言うクラスメートに安心できるとこなんかないわ、と心で返す。
様子がおかしかった理由は分かった。名前の中学も一緒だった友達曰わく名前は中学のときから孝ちゃん孝ちゃんと言っていたらしいので、もしかしたら告白されたのは隠岐以外で初めてかもしれない。中学生のときはボーダーが出来立てで周りは最初は伺うようにして名前をみていたというらしいし。今は隠岐包囲網が敷かれて告白など許されていないので。
「修学旅行……」
「こんなに憎々しげに修学旅行って言う奴初めてみたわ」
「あと二日あるからね隠岐さん」
「隠岐怖いぃいい!」
「とりあえずアトラクション乗ってストレス発散するべ」
「急がば回れだぞ隠岐」
「あとで名前ちゃん困らせたおまえの敵の写真を女子から貰っとくからそれに怨念とかストレスとか全部込めとけ」
「写真は頼むわ」
「これお礼参りするときの顔じゃねーだろうな」
戦々恐々するクラスメート達と絶叫系を乗り回した。
****
今日は電話していいからと言われて食事後に洗面所にこもって名前に電話することにした。しばらくコール音が鳴って電話が繋がった。
『もしもし? 孝ちゃん?』
ああ、やっぱり元気ないわ。
なんで直接顔を見て話してあげられないのだろうと思いつつ、口を開く。
「名前、おれに話したいことない?」
『………』
「愚痴でも不安でも何でもええよ。名前の気持ちが軽くなるなら」
『……今日、告白されてね、』
「うん」
『私、分かってなかったなぁって思ったの』
「なにを?」
『振られるってどうなるか。……今まで孝ちゃんに告白してきた人達にね、ずっとヤキモチ妬いてたし、孝ちゃんには私がいるのになんでって思ってた』
「うん」
『でも好きになったらどうしようもないんだって分かって。伝えずにはいられないんだって知って、でも告白して振られて、でも恋はすぐに消えてくれないのに、私はそれにほっとしてたの。私の孝ちゃんだからって。相手の気持ち、全然、考えないで……っ……それが分かったのに、やっぱり私の孝ちゃんだからやめてって思っちゃう私が、孝ちゃんがそんな私を嫌いになっちゃうかもって、自分のことだけ考えちゃう私が、すごく嫌……っ』
名前の嗚咽が聞こえる。なんで側にいてやれないのだろう。こんなに隠岐のことを愛おしいと言って泣いて、嫌われることを怖がってる子に寄り添ってあげられないのだろう。名前に告白した男を恨んだ。名前は知らなくていいのだ。隠岐に告白してくる相手は名前の想像通りの人間は少ない。ただ隠岐に気持ちを押し付けて、自分だけが可愛くて、隠岐のことをアクセサリーかなにかだと思っている人間が多いのだ。じゃないと隠岐が大切だと断言している名前を蔑ろにしてくる言葉を平気で言ってくるわけがない。自分が隠岐に相応しいなど言ってくるわけがない。
名前に告白した男は間男のような所行をしておきながら、真っ直ぐに名前に愛を伝えたらしい。だからこんなに名前の心に響いた。ああ、と思う。全部。全部だ。名前の心を動かすものは全部隠岐だったらいいのに。
名前は自分のことだけを考えてると言うがそんなの隠岐だって同じだ。むしろ全部欲しがっている隠岐のほうが勝手だ。恋敵の気持ちを考えていられる名前は十分優しい。それに名前は隠岐は自分のものと言える立場と権利がある。泣く必要なんてないのだ。怖がる必要なんてないのだ。隠岐だってそれを望んでいるのだから。
「名前、名前。愛しとるよ。嫌になんて思わんよ。名前は言うてええんやから。おれは名前ので、名前はおれのなんやから。名前愛しとる。この気持ちは子供のときから一切揺らいだことあらへんよ。愛しとる。愛しとるよ」
愛を伝えるしか出来ないのが歯がゆい。涙を拭ってやることが出来ない。抱きしめてやることが出来ない。頭を撫でてやることが出来ない。名前に会いたい。
「名前愛しとる」
馬鹿のように愛の言葉を口にする。名前が泣きやむまで言葉を紡ぎ続けた。
『ぐすっ……こんなに泣いたの侵攻のとき以来』
ティッシュをとる音が聞こえる。スピーカーに代えたらしい。それにしても侵攻時にそんなに泣いてたのは聞いていない。……隠岐が泣いたからそれどころじゃなかったのか。中一の自分のふがいなさに落ち込む。いや、今は名前のことを考えろ。
「名前、目ごしごししたら赤くなるからしたらあかんよ?」
『手遅れです……』
「ならアイスノンで冷やし」
『うん。とってくる』
ぱたぱた歩く音がしてしばらく経って。再びぱたぱた歩く音が返ってきた。
『とってきたー』
「おかえり」
『ただいま。ペンギンの可愛いやつなの』
「ええなぁ」
だいぶ落ちついたようでほっとする。名前もその自覚があるようで「いっぱい泣いてごめんね?」と謝ってきた。
「我慢させるより泣いてもらったほうがええよ」
『ものには限度が……』
「名前のことなら気にせんよ。言うたやろ? 愛しとるって」
『……うん。私も好き。大好き』
「うん、ありがとう」
『……そしてこの話し合い? で思った結果なんですが』
「うん」
『私は結局妬いちゃうし、孝ちゃんは私のって思い続けると思います』
「それでええよ。逆の立場ならおれも妬くし名前はおれのってなる」
本当は告白した相手をどうしてやろうかと考えるぐらいだが、さすがにそれは口にしない。
『まだ、ほんのちょっと自己嫌悪残ってるけど、孝ちゃんに言ってもらった言葉を大事にしたいです』
「うん」
『だから前向きにがんばります! ……でいいですか?』
「うん。ええよ」
ああ、こういうところが好きやなぁ。心からにじむようにそう思う。落ち込んで迷子になっても手を引っ張っていくつもりでいるが、名前はこうやって自分で前を向ける。ちゃんと進もうと頑張ろうと努力する。少し寂しい気持ちがないとは言わないが、それ以上に愛おしく感じる。
『孝ちゃん、話を聞いてくれてありがとう。好きっていっぱい伝えてくれてありがとう』
そしてありがとうを忘れない。隠岐にとっては当たり前のことでも感謝を伝えてくれる。だからこっちも顔がほころんでしまう。嬉しくなってしまう。
「うん。名前の力になれたならよかった」
心からそう思って笑うと名前も笑ってくれた。
コンコンコン!
「隠岐! 先生きた! もう隠せない!」
「あ、忘れとったわ」
「俺達の努力を忘れないで!?」
扉越しの悲鳴は名前にも届いたらしい。
『もうおやすみだね』
「せやな。今日は直接言えてよかったわ。おやすみ名前」
『おやすみ孝ちゃん』
ピッと切る。スマホをポケットに入れて扉を開ける。言葉の通り教師がいた。
「腹の調子が悪いって聞いたが大丈夫か?」
「はい、もう治りました」
「そうか。調子悪くなったら先生達の部屋に来いよ?」
「はい、ありがとうございます」
そう返すと教師は部屋から出て行った。クラスメート達は「はあああ」と大きなため息をついた。
「堪忍なぁ」
「ほんとだよ! おまえの“愛してる”聞こえまくってるから先生を入口で押さえるのにどんだけ必死だったか!」
「愛してるっていいながら腹痛ってやべー奴になるからな」
「名前ちゃん大丈夫だった?」
「うん。落ちついたわ」
「それならよかった」
「んじゃ寝るぞー」
その言葉に従って寝床に横になる。名前がゆっくり眠れたらいいなぁ。そう思いつつ目を閉じた。