好きを煮詰めた他人のぼくら
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
お昼休み中。友達のよっちゃんと向き合ってお喋りしてる。なんか昨日から呼び出しされかけることが増えた気がする。よっちゃんや烏丸くんやとっきーや奥寺くんが「要件はその場でどうぞ」って言ったら皆去っていくけど。
「私なにかしたかな」
「名前は何もしてないわ。隠岐先輩がいないだけ」
「孝ちゃん……」
「いい加減になれなさいよ」
「二日目ユニバだって。孝ちゃんと大阪いたときいっぱい行ったの」
「そうなんだ」
「二年生の先輩達いいなぁああ!」
「いっぱい行ったならいいじゃない」
「でも小学生までだし」
その間にエリアも変わっててすごく楽しそうだ。孝ちゃんとユニバデート。絶対楽しい。孝ちゃんパークの帽子被ってくれたの五年生くらいまでだったけど。逆に私のやつ選ぶのに夢中だったけど。
「あんたの卒業旅行に行けばいいじゃない」
「孝ちゃんの地元大阪だよ? 帰省になっちゃう」
「それもそうか」
「だから北海道か沖縄って決めてるの!」
「高いとこね」
「ボーダー隊員はお給料もらってますから! 孝ちゃんと一緒に旅行貯金してるの」
「じゃあそれまでの楽しみだと思ってたら?」
「そうする!」
そんな話をよっちゃんとしていたときだった。「名字さん」と話しかけられる。顔を上げるとそこにいたのはサッカー部の男の子。烏丸くんに次いで一年生で人気と評判だから顔を知っていた。でも部活動に縁なんてないので話したことはない。クラスも違うし。なんだろう?
「なんですか?」
「E組の沖夜だけど放課後時間くれないかな?」
「今日、訓練あるから無理かなぁ」
「あらら……じゃあ今でいいか。名字さんが好きです。俺のこと意識してくれないかな?」
ガシャーンと缶タイプのペンケースを落としてしまった。あわあわしながら拾ってると沖夜くんも屈んで拾ってくれて更に慌てる。消しゴムを取ろうとしたら手が重なって内心ぎゃー! と固まった。
「手ちっちゃくて可愛いなぁ」
「手、手をはずっはずしてください!」
「焦ってる顔可愛い」
「!?」
言葉が通じない!?
勢いよくシュ! とするとそんなに力が入ってなかったのかすぐに手は抜けた。へ、変な汗かいてきた。
「あの、私恋人がおりまして」
「知ってるよ? 隠岐先輩でしょ? だから俺付き合ってほしいとは言ってないよね?」
「……ん? たし、かに?」
「でしょ。意識してくださいって言っただけだから問題なくない?」
「問題な、い……?」
「うん問題ないよ。俺が勝手に名字さんのことが好きで、名字さんはそれを知ってるってだけだから」
「? ……? 、……?」
「あはは、やっぱ可愛いなぁ。じゃあそう言うことでまたね」
沖夜くんはそう言って手を振ってクラスから出て行った。途端にわき上がるクラスメート達。
「沖夜くん名前のこと好きだったの!?」
「名前には隠岐先輩いるじゃん!」
「名前ー! イケメンばっかり所有しよって!!」
「え? え? ……え?」
混乱しながらペンケースにシャーペンやマーカーを入れようとする。「あんた混乱しすぎて行動が逆に冷静だわ」よっちゃんに何か言われるけど頭に入ってこない。
「あ……ペンケース凹んでしまらなくなっちゃった」
「あの沖夜に弁償させたら? びっくりさせたのあいつだし」
「いや、初対面で……というか告白されました?」
「されたわね。まさか人前でやらかす奴現れるとは思ってなくて油断したわ」
「…………孝ちゃーんッ!!!」
「あんパンが頭のヒーローじゃないのよ隠岐先輩は。自分で何とか……は無理そうね。あの沖夜ってやつ口が達者そうで名前じゃ太刀打ち出来なさそう」
沖夜くん。サッカー部。E組。烏丸くんの次にモテる。それだけの情報しかないのに頭のなかでグルグル沖夜くんの顔が回っている。
「どうしよう! 頭の中が沖夜くんになってる!」
「単純思考には効くのね……隠岐先輩に電話して頭戻してもらいなさい!」
「はい! ……と思ったらちょうど孝ちゃんから電話!」
「盗聴器しかけられてない?」
「そんなわけないでしょ!」
タイミング良すぎて引いてるよっちゃんにツッコんで「はい!」と電話をとる。
『もしもし? 名前? 今大丈夫?』
「………孝ちゃーん……」
『何か泣きそうになってへん? どうした?』
あのね、と話そうとしたけど孝ちゃんは旅行中。余計な心配はかけたくない。ブンブンと顔を横に振って前をみる。
「ペンケース落としちゃって蓋が閉まらなくなったの」
『ずっと使っとったやつかぁ。それはショックやなぁ。どうするん?』
「髪ゴムで応急措置する」
『……あ、ちょうど名前の好きそうなペンケース売っとるわ。買うてくるから帰ってくるまで応急措置で頑張ってくれへん?』
「お土産はお守りだけでいいんだよ?」
『これ使うとる名前をおれが見たいんよ。絶対可愛いわぁ。な? プレゼントさせてくれへん?』
「孝ちゃん……」
好き。大好き。好きがあふれてくる。心がぽかぽかしてくる。さっきとは全然違う。さっきのは衝動的に叩かれたみたいなものだった。でも孝ちゃんは、孝ちゃんの話し方や私への気づかいはこんなにもホッとする。
「孝ちゃんありがとう」
『ん、ええよ。楽しみに待っとって』
「孝ちゃん大好き」
『おれも大好き。また合間ぬって電話するわ』
「そういえば電話禁止じゃなかったっけ?」
『グループと離れた体で電話しとる』
「はぐれたの?」
『すぐそこでお土産みとる』
「悪い子だ」
『修学旅行中は悪さするもんやで』
孝ちゃんの言葉に笑いがこぼれる。よし、もう大丈夫だ。
「ちょっと用事できたからもう切るね」
『うん。なんかあったら連絡してな? いつでもいいから』
「うんありがとう孝ちゃん。旅行楽しんでね」
そう言って電話を切った。そしてすぐに足を進める。
「どこ行くの?」
「E組! 断ってくる!」
「ひとりで大丈夫?」
「がんばる!」
E組について沖夜くんを呼んでもらって別の所に移動して頭を下げた。孝ちゃんが好きなので恋愛対象には見られません、と。そしたら沖夜くんは「やっぱりダメかぁ。空き巣みたいなことやってる自覚はあったんだけど」と苦笑した。
「でもしばらく片思いさせて? ちゃんと諦めるから」
「は、はい……と言うのも何か変……?」
「あはは、確かに。……俺が名字さん好きになった理由。中学生で学校見学に来たとき熱中症になってさ。すぐに気づいてくれたのが近くにいた名字さんだった。保健室の場所聞いてくれたり、ハンカチ濡らして渡してくれて、保健室まで連れて行ってくれた。俺が休んでる内に帰っちゃったけど」
「……あー! あのときの!」
「やっぱり覚えてなかった。同じ高校入って俺は運命感じてたけど既に名字さんには隠岐先輩がいたし。これでも俺モテるんだけどなぁ」
「す、すみません……」
「いいえ。……本当に好きだったよ名字さん」
そう言った沖夜くんの顔は切なそうで寂しそうで。何も返すことが出来なかった。