好きを煮詰めた他人のぼくら
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「孝ちゃーん……」
「一生会えないみたいな顔しないの」
「名前は寂しいよねぇ」
「宇井ちゃーん……」
「はいはいおいで~」
「宇井あんまり甘やかさないの」
宇井ちゃんに抱きつく。宇井ちゃんの優しい雰囲気で少し気持ちが落ち着いた。友達のよっちゃんからは「まだ修学旅行一日目でしょ」と突っ込まれたけど。
A組との合同体育中。バレーボールの順番待ちをしている。体育館で女子がバレー。外で男子がサッカーしてる。私たちはステージの上にのんびり座ってるけど、他の順番待ちの女の子達は入り口付近で烏丸くんの試合を見ていた。相変わらず大人気だ。体育の先生も「烏丸か……」と半ば諦めてる。
「さっき海くんとすれ違ったの」
「うんうん」
「孝ちゃんいなくて寂しくない? って聞いたらお土産楽しみ! って」
「男はそんなもんでしょ」
「むしろ名前並みに寂しがってる人は名前のライバルだね」
それはそうだ。
「孝ちゃんから猫の防犯ブザー貰ったの」
「心配症ね」
「ハチワレで可愛いの」
「よかったねぇ」
「知らない男から話しかけられたら引っ張れって」
「それは過剰では?」
「隠岐先輩も心配なんだねぇ」
孝ちゃんも心配。宇井ちゃんの言葉にハッとする。そうだ。孝ちゃんがいないときに何かあったら孝ちゃんは二度と旅行に行かないと言いかねない。むしろ来年私が修学旅行なのについて行くと言っちゃうかもしれない。急に背筋を伸ばした私によっちゃんと宇井ちゃんは不思議そうな顔をした。決意表明したのです。
「何事もなかったと言って旅行から帰った孝ちゃんをお迎えします!」
「逆に何かあったみたいに聞こえるよ?」
「普通に元気にしてたでいいわよ」
「孝ちゃんいないのに元気が出るかと言いますと……」
「振り出しに戻ったわ」
「と、とりあえずバレーからがんばる!」
堂々巡りな気がして気分を切り替える。よしがんばるぞ! と思っていたら顔面でボールを受け止めた。鼻血でた。全体的に痛い。
「ぎゃー! 名前ごめん!!」
「気にしないで~保健室行ってくるね」
「ついて行こうか?」
「大丈夫だよ。ありがとう」
幸先が悪い。でもがんばる。
先生から貰ったポケットティッシュを鼻に詰めて保健室に向かう。おでこヒリヒリする気がする。そんな事を思いつつ保健室の扉をスルスル開ける。
「先生~顔面ボールしました~」
「あらあら大変。今日は血が出る怪我する子多いわぁ」
「今日は?」
そう思ってると開きっぱなしの外に繋がっている洗い場から出てきた人がいた。知ってる人で目がぱちぱちになった。村上先輩だ。
「こんにちは村上先輩」
「こんにちは。名字は体育で怪我したのか。痛そうだな」
「鼻血よりおでこが痛いです」
「アイスノンで冷やしてね~。ここに鼻の詰め物置いておくわね」
「ありがとうございます!」
椅子に座っておでこと鼻にアイスノンを当てる。冷たくて気持ちいい。村上先輩は手当て用の椅子に座って先生に消毒液をポンポンされている。
「村上先輩はなんで怪我したんですか?」
「ノートに貼るプリントをカッターで切ってたらサクッとな」
「ひえ……痛そう……」
「思ったより血が出たな」
私だったら泣いてそうだけど村上先輩の顔はさらっとしている。痛くて来たんじゃなくて血が止まらなかったから来た感がする。
「そうだ、今日は本部に行くから一緒に行くか?」
「えっいいんですか?」
「ああ。それとカゲ達も誘おう。大勢いたほうが隠岐も安心だろ」
「! 村上先輩ありがとうございますっ!」
「後輩から頼まれたからな。そのくらい構わないよ」
穏やかに笑う村上先輩にぺこりと頭を下げる。孝ちゃん村上先輩にもお願いしてくれてたんだ。心が温かくなる。これは絶対に何事もありませんでした作戦を全うしなければならない。
「教室で待っててくれ。みんなで迎えに行くから」
「はいっ! ありがとうございます!」
保健室前で村上先輩と分かれた。……そういえば男の先輩の前で鼻ティッシュは恥ずかしく思うべきだったのでは? と少し思った。でも村上先輩はそんなの気にしないよね。私も孝ちゃんの前だったら恥ずかしいけど。
そんなことを思いつつ授業をこなして放課後になった。先輩達を待っていると「名前」と名前を呼ばれる。声のした方をみると葉子ちゃんが教室の入り口にいた。走って葉子ちゃんの元に行く。
「葉子ちゃん! めずらし……くはないか。でも烏丸くん、もう帰っちゃったよ?」
「別に。用があったのは……」
「用があったのは?」
「……あんたこそ1人で何してんのよ。他の人間帰ってるじゃない」
「村上先輩達を待ってるの。一緒に本部行ってくれるって」
「あっそ」
そういって葉子ちゃんは踵を返して帰っていってしまった。もうちょっと話したかったな。でも葉子ちゃんだからなぁ。気まぐれやさんだから。
「名字さん」
すると背後から声をかけられる。振り返ると見覚えのない男の子がいた。上履きをみると同じ色だったから同い年だ。
「なんですか?」
「あの、ちょっと時間もらってもいい?」
「待ち合わせしてるからそれまでなら」
「う、うん。それで大丈夫」
そう言って一歩距離をつめてくる。なんか距離近くないかな……? と思ってさり気なく下がった。でも男の子はさらに距離を縮めてきた。
「え、あの……」
「俺、大切にするから」
「?」
なにを? と返そうとしたときだった。男の子の背後にすっと立つ四人組が現れた。村上先輩に影浦先輩に穂刈先輩に水上先輩。全員顔が無表情で肩がびくりとした。いや、水上先輩は無表情多いんだけども。みなさん身長あるから圧迫感がある。
「あ、いや怖がらせたいんじゃなくて、俺ずっと前から……」
「ずっと前からなんだぁ?」
「!?」
影浦先輩の問いかけに男の子は肩を揺らして振り返る。そして無表情の四人組にさらに肩を揺らしていた。
「鬼の居ぬ間にか。正しくは隠岐だけどな」
「こういうやり方は正しくないと思うぞ」
「隠岐がおったら言えんのなら最初から言わんでもええってことちゃうの?」
「で、それでも言いたいことあるならここで言えや」
「い、いえっ! 大丈夫です!」
男の子は足を震わせながら走っていった。こけそうだな。そんなことを思いつつ後ろ姿を見つめる。
「何だったんだろう……?」
「気にしなくていい。遅れてごめんな、HRが長引いた」
「いえっそんなに待ってませんよ!」
「そんなに待ってへんのにこれなん? 隠岐の心配、杞憂やろて思っとったけど全然杞憂ちゃうやん」
「これとは?」
「絡まれてんじゃねー!」
「この場合名字は悪くないだろ。カゲ」
影浦先輩に頭をぐちゃぐちゃにされる。疑問符が止まらない。普段なら孝ちゃんに可愛いと思ってほしいから髪型のセットは気にするところだけど、孝ちゃんはいない。まあいいか、となった。
「名字、防衛任務があるときはひとりで本部に行くことになるが、」
「? 日佐人と一緒ですよ?」
「ああ、そうか。笹森がいたな」
「鋼、心配しすぎだろ」
「まあ心配にもなるやろ。これの出番ないに越したことないしな」
そう言って私の通学バッグについている猫の防犯ブザーを触る水上先輩。ハチワレ猫ちゃんと水上先輩。全く似合わなくてふふ、と笑い声が出てしまった。
「ケラケラ笑ってのん気だなてめー」
「隊員は一年が多いしな。なんとかなるだろ」
「同じクラスは誰だ?」
「烏丸、時枝、奥寺。今日全員防衛任務やわ」
「だからか」
「この4日間で再び全員被るってことはないだろ。さすがに」
「このバカに過保護なの移ってんぞてめーら」
ぼふぼふ頭を叩かれる。また影浦先輩にバカって言われた。むむ、としてると水上先輩に顔を見られてため息をつかれた。なんでですか。
「一応隊の後輩の頼みやからなぁ」
「隠岐に頼まれてるからな」
「同じく」
「あいつ年上巻き込むのに躊躇なさすぎだろ」
影浦先輩はけっと吐き捨てて「さっさと行くぞ」と靴箱の方に歩き出した。そして靴箱で会って話しかけてきた同じ委員会の男の子になぜか威嚇していた。
「このアホのどこがいいんだ!」
そう嘆きながら。すごくバカにされてる気がしたけど村上先輩が「名字はいい子だからな」と褒めてくれたのでえへへと普通に機嫌はなおった。