好きを煮詰めた他人のぼくら
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「孝ちゃん……」
「名前……」
手を握る。ぎゅうっと離さないように。名前の目はうるうるしている。泣かんでや、と言いたいが、名前の泣く原因は隠岐が作っている。片方の手で頬を撫でる。すりすりとすり寄ってきた。
「こおちゃーん……」
「名前……」
「はいはい、一生会えんくなるわけやないんやから。修学旅行に行く顔やないねん。二人とも」
「真織先輩も会えなくなるの寂しいです……」
「えっ、う、ウチもそうやけど」
「空気に飲まれてるよーバス出発するよー」
里見の声にはっとした細井は「そうやった! あんた呼びに来たんやったわ!」と隠岐の首根っこを掴んだ。
「やっぱ防衛シフトの関係もあるしおれこっち残るわ」
「それは、主に大学生の先輩らがなんとかしてくれたやろ! あんたは名前ちゃんと離れたないだけやろ!」
「そうやけど」
「開き直ってるなぁ」
わちゃわちゃ話す2─Aの面々を前に片手で目をこすり、名前はニコッと笑顔を作った。
「孝ちゃん、お土産話楽しみにしてるね」
「名前平気なん?」
「寂しいけど孝ちゃんが楽しめることのが大事!」
名前と一緒なこと以上に楽しいことはないのだが、と思ったがそれを言うのは野暮だろう。名前も寂しい中こう言ってくれているのだから。
「行ってくるわ」
「行ってらっしゃい!」
最後にぎゅっと抱きしめて分かれた。
バスが出発する。名前は笑顔で手を振っていた。でもバスが立ち去ったあとはしょんぼりするのだろうな、と心が痛くなった。
「はよ帰りたいわ……」
「まだ着いてすらないよ」
「関西に修学旅行とかただの帰省やわ」
「去年は北海道だったのになー」
北海道だったらもっとテンションが上がっていたのだろうか。いや、名前を置いていくのに変わりはない。
「三泊四日……」
「トリオン兵の前でもそんな顔してるの見たことないんだけど」
里見の言葉にそれはそれは苦々しい顔をしているのだろうと思った。
「おれがおらん間、ちょっかいかける人間がおらんといいんやけど……」
「男? 女の子?」
「両方。後者は減っとるんやけど」
「一年生にも三年の先輩にもお願いしたんでしょ?」
「先輩らも名前の同学年の子らもほぼ快く引き受けてくれたわ」
「名字ちゃん好かれてるからね」
「香取ちゃんからは過保護すぎてキモイ言われたけどな」
「あはは言いそう。でも何だかんだ言って名字ちゃんと仲良くない?」
「人懐っこいタイプに弱いらしいわ香取ちゃん」
「それは名字ちゃんが特効だね」
「名前人懐っこくて可愛いから人攫いに会わんか心配や……」
「一応名字ちゃんもボーダー隊員だからね隠岐」
「あんたそんな顔しとったらバス酔いするで」
前の席の細井からそう言われる。
「修学旅行で浮かれとる子ぉばっかなんやから暗い顔もいい加減にしときや。名前ちゃんも楽しんでって言うとったやろ」
「……せやなぁ。名前への土産買うのに暗い顔しとる場合やないなぁ」
「修学旅行の目的の一つだけどメインになってるね」
「関西なんて地元やし。行くん観光名所やろ? やったら土産が第一やわ」
「まあ隠岐が楽しめるならいいか」
宅急便でどのくらい送れるか頭で算段をつける。各ホテルで手配できるだろう。食べものは宅急便で直接お願いされた御守りは手渡しであげよう。
「マリオ」
「なん」
「御守りって普通の御守りがええんかな? 見た目かわええやつがええんかな?」
「名前ちゃんはあんたから貰えたらなんでも喜ぶやろ」
「それもそうやな」
「解決早いわ!」
「おそろいにするわ」
多分それが一番喜ぶ。隠岐は見た目が可愛い御守りでも気にしないので名前に合うものを買おうと心に決めた。
****
一日目、大阪。早速の地元である。ホテルに荷物を置いて大阪ミナミで自由行動。隠岐案内してー! とクラスメートに頼まれて少し多めの団体行動になった。
「何食いたいん?」
「お好み焼き!」
「たこ焼き!」
「豚まん!」
「見事バラバラやなぁ」
まあ適当に近いところから行くか。と足を進めようとしたときだった。「孝二?」と声をかけられた。振り返るとそこにいたのは中学までの同級生の女の子。
「やっぱ孝二やん! なんでこっちおるん!?」
「修学旅行やねん。そっちはサボリ中?」
「テスト期間やわ。大阪に修学旅行とかただの帰省やん」
「おれもそう思ったわぁ」
そう言うと楽しげに肩を叩かれる。ノリの懐かしさに笑っていると「隠岐くん」と声がかかる。顔を向けると神妙な顔をしたクラスメート達。細井はスマホを向けていた。なんでやねん。
「浮気ですか?」
「あんなに仰々しくお別れしたのに?」
「名前ちゃんに写真送ってええか?」
「絶対にやめてや」
細井のスマホを奪おうとしていたら中学の同級生が「あはは!」と笑う。
「名前ちゃんて名字名前ちゃんやろ? うち小学校から一緒やったからよく知っとるよ。いっつも孝二と一緒やから孝二の嫁さんや~て皆言うとったし、孝二もデレデレやし二人の仲邪魔しようとする人間なんておらんかったよ」
やから私はただの幼なじみやね、と続ける。
「孝二が三門に行くんも嫁さんに会いに行ったなーて皆で言うとったしな」
「隠岐、おまえ昔からそうなの……?」
「お嫁さん扱いされるくらい名前ちゃんとくっ付いてたの……?」
「小さい頃からそんななのにまだ倦怠期きてないの……?」
「なんでどん引きされとるんやおれは」
「みんなあんたの名前ちゃんへの気持ちが重すぎて引いてんねん」
今さらすぎないか? と首を捻っていたら「あんた三門行っても変わらんみたいやねぇ」としみじみと言われた。
「名前ちゃん元気?」
「元気やで。修学旅行で離れるからちょっと元気なくしてたけど」
「名前ちゃんも相変わらず孝二大好きみたいでなんかよかったわ」
「?」
「三門市大変なことになったやろ? 皆心配しとったんやで。これでも」
眉を下げる幼なじみに苦笑を返す。親や親戚達からも言われたことだ。今までにない苦労をすることになる、と。それでも決めたのだ。名前と一緒にいると。
「まあ楽とは言わんけど楽しくやっとるで」
「……せやったら良かったわ。がんばってな」
「ありがとな」
「…………初恋の男がくたばったら後味悪いからほんまにがんばってや!」
ばしん!
隠岐の肩を叩いて幼なじみは走っていった。初恋の男。その言葉に固まっていたら「ふーーん」と背後から声がする。
「やっぱり浮気ですかぁ?」
「初恋泥棒ってことですかぁ?」
「隠岐くん大丈夫ですかぁ? ここ地元ですけど初恋の君~って囲まれたりするかも~」
「名前ちゃんに顔向けできんくなるようなことしなや」
「するわけないやろ」
細井の言葉にだけやっと返せた。全然気づかんかったわ。心の中でそう呟いて幼なじみが去っていった方をしばらく見て、クラスメート達に向き合う。
「ここからやったらたこ焼きやなぁ」
「そうだった! 早くしねーと集合時間になる!」
「カリカリのやつが食べたいです!」
「たこデカいやつ!」
「はいはい。人多いからはぐれんでな?」
そう言って歩きはじめた。懐かしい街並みに愛郷心はわいたが、やはり頭に浮かぶのは名前の顔だった。