好きを煮詰めた他人のぼくら
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「隠岐えらく可愛いシャーペンつかってんね」
「名前のやねん」
天辺がくまの顔になっている茶色のシャーペン。天辺ではなく持ち手を指先でカチカチ押してシャー芯を出すタイプのシャーペンなので特に顔自体に支障はない。可愛いだけである。
「何で名字ちゃんのシャーペン?」
「名前の不得意な科目の小テストらしいねん。おれのシャーペン使ってたら元気でるからって」
「それで交換かぁ相変わらず仲良しだね」
名前は隠岐のシンプルなシャーペンを持って行った。全然可愛くないで? と言ったのだが「孝ちゃんのだからそれだけでいいの!」と笑顔で言われてしまった。
「本当に可愛い彼女さんだこと」
「なんやねん急に前高」
同じクラスで前の席の前高がこちらを振り返りながら言う。少し嫌みがかっているように聞こえてしまって警戒する。隠岐に興味などないようにみえたたが、と思ったところで「本当に可愛いよね……隠岐の彼女……」と繰り返した。
「いっつも笑顔で孝ちゃん孝ちゃん。目も態度も言葉も隠岐が大好きだって恥ずかしげもなく言えて、反応が素直だし、というか顔も可愛いし、愛嬌もあって最強か?」
「ど、どうしたの前高」
錯乱したように話す前高に里見が恐る恐る話しかける。前高はバッ! と隠岐を見据えた。
「隠岐の彼女が可愛いから私の可愛げのなさが露呈したのよ~っ!」
うわーん! と顔を覆う前高に隠岐と里見は顔を見合わせる。
「とりあえず、話聞こか?」
曰わく。素直になれない質の前高と恋人の仲が最近ギクシャクし出したらしい。相手は幼なじみで気心知れた仲だから前高の性格も熟知しているはずなのに。はずなのに、
「隠岐の彼女っていいよな。素直で、愛情表現が豊富で、隠岐のこと大好きって感じが可愛くて。……いいなぁ」
ポロリと零した言葉は思った以上に二人に亀裂が入った。付き合って三年目。マンネリの時期でもあった。言ってしまえば噛み合わせが悪くなってしまったのだ。
「名前が可愛いのはこの世の常識として、」
「慰めろバカップルの片割れ!」
「しゃーないやろ可愛いんやから。隣の芝は青いって言葉知らんのその彼氏。自重せえよ」
「隣の芝はどうでもいいうちの芝が一番やの隠岐には分からないでしょうが! 時には違うものも知りたくなるのは分かっちゃうの! 私が可愛げないのも相まって!」
「それでも彼女が傷つくようなこと言う必要あらへんやろ。マンネリでもなんでも」
「それはそうだよなぁ。思ってても言っちゃいけないことってあるよな。前高それでこうなっちゃったんだし」
「隠岐……里見……」
じーんとした顔の前高に名前からおすそ分けされた飴を渡す。疲れたときには甘いものだ。猫ががんばれ! と言っているやつだ。
「あんた持ってる飴まで可愛いの……」
「名前にもらってん」
「名前ちゃん……」
縋るように名前の名前を呼ぶ前高。
「お師匠様って呼んでいい?」
「誰を?」
「名前ちゃん」
「なんでやねん」
「可愛いを教えてほしい……」
前もあったなこんなこと。そんなことを思いつつスマホを開いて名前にメッセージを送った。
****
「孝ちゃん!」
「名前」
「朝ぶり~っ」
放課後。隠岐の教室にやってきた名前の一年ぶりに会ったみたいな反応に和みつつ、名前に前高を紹介する。
「同じクラスで前の席の前高」
「は、じめまして前高です」
「名字名前です。はじめまして」
にこにこ笑顔の名前と反対に前高は顔が引きつっている。お師匠様といってた癖になんだその態度と思っていたら「近くでみたらすでに可愛かった……」と蚊の鳴くような声で呟いていた。名前には聞こえなかったようで何で紹介されたんだろ? といった顔をしている。
「前高が名前と友達になりたいらしいねん」
「えっ! 本当に!? ですか!?」
「う、あは、はい……」
「美人の先輩とお友達になるの緊張します! でも嬉しいですっ」
「コミュ強……」
「前高も嬉しいって言うとるで」
急にコミュ障になった前高のフォローをしながら三人で座る。名前が前高に部活や好きなものや普段使ってる化粧メーカーやクラスでの隠岐の話やら話しかけている。前高はそれにしどろもどろに返していたが隠岐の話題だけは「教室でもひとりでバカップルやってるわ」とハキハキ答えたのだけは解せなかった。
しばらく話してコミュ障も解消されたらしく前高は神妙な顔を作って名前に話しかけた。
「名前ちゃん」
「はい」
「相談があるのですが」
「私でよかったらどうぞ!」
「彼氏に可愛げないって言われたらどうする?」
名前は隠岐の方を見て「私、可愛げない?」としょんぼりして聞いてきたので「世界一可愛いで」と速攻で返した。
「仮で! 隠岐じゃない場合!」
「孝ちゃんじゃない彼氏に……?」
「そんなやつ生まれる予定が永遠にないなぁ」
「隠岐は黙ってて!」
「はいはい」
引き合わせたのは隠岐なのに理不尽なものである。名前は一生懸命想像しているようだ。隠岐じゃない彼氏のことを。なんとも不愉快な文字の並びである。
「う、うーん可愛げないって直接言われたら、ですか?」
「おまえは可愛げないって遠まわしに言われたみたいな感じなの」
「それは言う方が悪いと思います。それに悩んでいるならちゃんと話し合う形で言うべきですし」
「彼女が可愛げない方が悪くない……?」
「そもそも可愛げないってどういう所を言ってるんです?」
「素直になれないところとか、人にあたっちゃうところとか」
「うーん、前高先輩そんな風に見えないけどなぁ」
「それは名前ちゃんが素直な子だから張り合っても仕方ないし……だから名前ちゃんみたいになりたいなって」
そう言われた名前はびっくりした様子で目をまん丸にして自分を指さした。隠岐と前高が頷くと「えーっ!?」と立ち上がった。
「私は駄目ですよ! 甘ったれですし騙されやすくてよく能天気って言われます!」
「それ全部可愛くて好きやけどなぁ」
隠岐にとったら全部好きな場所だ。そう言うと名前は照れたような顔をして「ありがとう孝ちゃん」と言った。
「言うとって思ったんやけど前高」
「なによ」
「彼氏に好きとか言うとる?」
「ななななんでっ」
「あーやっぱ言うてへんやろ。だったら話は変わるわ。前高の彼氏は名前のこと可愛いって思ったというより名前のおれへの態度が羨ましかったんやろ。名前はすぐにおれに好きって言うてくれるから」
「私の可愛げないところが嫌と思ったんじゃなくて……?」
「嫌とうらやましいは別物やろ。付き合い長いからこそ言葉にせんとあかんよ。どんなに付き合っとっても相手のこと100パーセント分かるわけやないんやから」
「……そうね。そうよね、ちゃんと言わないと分からないよね」
隠岐の言葉に前高は吹っ切れたように前を向いた。
「悩み解決です?」
「うん。ありがとう名前ちゃん」
「どっちかと言うと孝ちゃんでは……?」
「……隠岐くんありがとうございます」
「腑に落ちん顔しとるなぁ」
笑いながら言うと「ありがとうございました!」とヤケクソ気味に言われた。
後日、焼き菓子の詰め合わせを前高から貰った。やはり、名前のことが云々ではなくてただ羨ましかったとのこと。謝られてお互いに話し合って上手くいったらしい。
「よかったね」
「せやなぁ」
「私も孝ちゃんへの気持ちちゃんと伝えないとなぁ」
「十分伝わっとるで」
「それでも!」
手を繋いだまま隠岐の前に回る名前。視線を上にして隠岐と目を合わせてくる。
「孝ちゃんいつも優しくしてくれてありがとう。手を繋いで引っ張ってくれてありがとう。いつも見守ってくれてありがとう。好きになってくれてありがとう。ずっと大好きだよ」
頬を染めて笑う名前に自然と腕が動いていた。小さな身体を自分の身体にしまう。背中にぎゅっと回ってきた手が温かい。
「名前がおったら何でもできる。勇気がでる。毎日が楽しくて、愛おしくてたまらん。名前がおらんやったらって考えたら頭が真っ白になる。ずっと愛しとる。ずっとやで」
自然と視線が絡み合う。顔を寄せて口づける。温かくて、心地よくて、愛おしくて、なぜか泣きそうになった。
「孝ちゃん大好き」
「おれも愛しとるよ」
何回聞けるのだろうか。何回伝えられるのだろうか。一回一回を大切にしよう。そう心に誓って再び口づけた。