好きを煮詰めた他人のぼくら
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「あれ、生徒手帳落ちてる」
名前の視線の方を向くと第一高校のカラーリングの生徒手帳が窓越しにポツリと落ちていた。名前は左右を伺うようにしてみて窓をガラリと開けた。片足を上げようとしたのを止める。
「こーら窓から出ない。パンツ見えてまうで」
「短パン履いてます!」
「それでもあかんの」
「だって雨降ったら濡れちゃう……」
「おれが行くから先生来んか見とってや」
「了解! ありがとう孝ちゃんっ」
ひょいと窓から出て生徒手帳を拾う。中に学年とクラスが書いてあるから持ち主はすぐに割れるだろう。何だったら事務室に落とし物として届けてもいい。そう思いつつ生徒手帳を開く。そしてピキリと固まった。
「孝ちゃん? 誰のか分かった?」
「あ、あー……おれと同じ学年やったわ」
「じゃあ届けてあげよ?」
「うーん……名前今日、防衛任務よな?」
「うん、そうだよ」
「そのときに一人で行くわ」
「私が見つけちゃったのに……いいの?」
「このくらいかまへんよ」
頭をくしゃりと撫でると名前はふんわり笑う。お願いします! と可愛い笑顔で頼まれる。まかされました、と返して生徒手帳は胸ポケットにしまい、手を繋いで歩き出した。どうしてやろうか、と頭で考えながら。
****
HRが終わって速攻で向かったのは隣のB組。もうB組はHRは終わっているようだったが何人か机に向かって何かしている。クラスに顔を出すとちょうど出水が紙パックのジュースを飲んでいるのが見える。向かいには米屋が頭を抱えて何か書いている。他の人間も補習かなにかだろうか。出水に向かって話しかける。
「音下くんおる?」
「音下? 隠岐知り合いだったっけ?」
「生徒手帳拾ってん」
「ああ、なるほど。音下ー! 隠岐が呼んでるー!」
びくりと肩を揺らしてバッ! と効果音が鳴りそうなくらい大げさにこちらを振り返った相手にニコリと笑いかけて生徒手帳を見せびらかす。音下と呼ばれた少年は自分の学ランのポケット全てに手を突っ込んだ後、サァーと顔色を無くして口元を押さえた。
「え? なにあの反応」
「心当たりあったようで何よりやわ」
「え? なんか隠岐怒ってね?」
「なになにオッキーなんかあったん?」
「おまえは補習してろ槍バカ」
同じボーダー隊員の二人の会話を後目にぷらぷら生徒手帳を振る。音下はもっと顔色を悪くした。
「こっち来てくれんかな? おれが行ってもええけど」
「む、向かいます……」
「ちょっとオッキー圧ありすぎだな」
「音下となにがあったんだよ」
ビクビクしながらこっちへやってくる音下に出水が問いかける。
「ここじゃアレやから違う場所いこか」
「ひぃ……っ!」
「カツアゲかな?」
「ちょっとこれは二人きりにできねーだろ。音下なぜか隠岐にびびってるし。おれらも行っていいか?」
「おれはええけど音下くんはええの?」
隠岐がそう訊ねると少し考えてからブンブン首を縦に振った。いいらしい。意外だったが、それくらい圧を出していたのかもしれない。
四人で向かったのは裏庭だった。
「で? これに挟んでた物について聞こうか?」
生徒手帳を顔の横にしてニッコリ笑うと音下は悲鳴を上げた。
「ちょ、隠岐! おまえその笑顔やめろ!」
「めちゃくちゃ怒ってんなー。オッキーが怒ってるっつーことは大抵名字ちゃんが関係してるとみた」
「大正解やわ」
米屋にそう言うと音下の生徒手帳をぱかりと開く。それをみた二人は「あー……」と声を出し、音下は両手で顔を隠した。
「名字ちゃんの写真挟んでんじゃん」
「そりゃ隠岐怒るわ」
「これいつの?」
「この服でこのポーズの名前は学校遠足のときの名前」
「特定早くて怖いわ」
学校遠足。入学した一年を歓迎するといった名目で学年ごちゃ混ぜにして三カ所に別れて私服で遠足に行くというイベントが春にあったのだ。ミュージカル、遊園地、動物園とあって名前はミュージカルがいい! と言うので隠岐も同じのを選んで一緒に行動した。そのときの名前。卒業アルバムの写真にもなるのでカメラマンも同行していた。番号が振られた写真も三週間ほど学校の下駄箱の広い空間に貼ってあった。
「名前の写真買ってまうのは分かるわ。かわええし、癒されるし、元気がでるし。俺も全部買うたしな?」
「ひぃいい!」
「片思いもしゃーないと思うわ。かわええし、いい子やし、優しいし、明るくて一緒におって楽しいし?」
「これノロケか?」
「牽制だろ」
米屋と出水の声を背後に一歩音下に近づいた。音下は一歩下がった。しかし関係ない。
「でも写真持ち歩くのはちゃうと思うねん。危うく名前がこの写真見てまう所やったんやで? ──それで名前が怖がったりしたらどうしてくれるん? なぁ、音下くん?」
「ごごごごめんなさいーっ!!」
音下は90度頭を下げた。その勢いに目をぱちりとする。意外に話の通じる相手だった。頭の中で考えていた話が通じなかったパターンの対応を数十個消して、ふぅと息をついた。
「謝ってくれるならええわ。もう持ち歩いたりせんといてな?」
「彼女の写真持たれてるのイヤじゃねーの?」
「おれがもし片思いやったら写真持ちたくなる気持ちは分かる。そんくらいはって思ってしまう」
有り得ない話だが。心の中で付け加えたが「片思いはありえねーって顔してるぞ隠岐」と出水に言われた。顔に出ていたらしい。
「じゃあ返すわ」
「っ、名字さんに好意を持ってるのには何も言わないの……?」
「恋愛は自由やろ。人を好きになるのは制御なんか効かんしそこまで口に出す権利おれにはないしなぁ」
「隠岐くん……」
「名前にちょっかいかけたら話は別やけど」
「ひぃいいッ!」
「顔、顔こえーぞーオッキー」
「笑ってんのにな」
そんなこんなで名前の写真事件は幕を下ろした。音下はペコペコしながら裏庭から去っていった。
「……遠足の写真で一番可愛く写っとる名前の写真選んで見る目あるわぁ音下くん」
「褒めてどうする」
「ライバル登場じゃん」
「名前可愛いし、いい子やし、優しいし、明るくて何でも喜んでくれる子やから、」
「やから?」
「ライバルは何人もおるやろ。多分同級生に多いとみた。おれのおらんかった時期にも惚れた奴はおるわ絶対」
「「ああー」」
出水と米屋の納得したような声。まあそういうことである。これから入ってくる後輩にも頭を悩ませないといけない。隠岐はどうやっても先に卒業してしまうのだから。
「でもお前らみてたら一生片思いだなって諦めるしかねーと思うけどなー」
「三年の女の先輩とかは隠岐のこと諦めたのか? 一年間、名字ちゃんのいない状態の隠岐を知ってしまったばっかりに狂っちまった人達」
「同学年は隠岐が名字ちゃんにデレデレなのみて目ぇ覚めたのが多いのにな」
「最近は特に何もないなぁ。一昨日告られたくらいやわ」
「何もなくねーじゃん」
「名前に何もなかったならそれでええよ」
「本当にお前のモテ要素が無駄すぎる」
出水に小突かれて米屋には笑いながら叩かれて苦笑する。そう言われても隠岐の唯一は変わらないのだから仕方ない。
「今日一緒に帰れんかったから名前要素が足りんなぁ」
「たまにはいいんじゃね」
「どうせ電話するんだろ?」
「するけど」
「べったりだなー」
「よく飽きねーわ」
いくら一緒にいても飽きは来ないと言ったら何と言われるか。苦笑しながら「めっちゃ好きやからなぁ」と返すと「知ってる」と声を揃えて返された。